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筆だって自分で文字が書きたい~人になりたいのに、異世界で神にされました。~  作者: 嶋田愛那
出会い~江戸編

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商人はドン引きされる



「おや河童じゃないか。人の姿なのは珍しいねえ。お筆ちゃんも相変わらず仲がいいこと」


河童に抱き上げられながら店までの道を歩いていると、おふさ()に声をかけられた。

河童の身体がびくつくのがわかる。


「聞いたよぉ、死体を見つけたんだって?」


「は、はいっす。お筆ちゃんに助けを求めてきて、身体のところまで連れてったらしいっすよ」


「あれま。お筆ちゃんも災難だったねえ」



そう言いながらもおふさは、狐らしいいびつな笑みを浮かべた。

妖はこの手の不謹慎な話が好きなのだ。



『見つけてあげられてよかったです。わたしはあまりお役に立てませんでしたが…』



でも、魂が肉体を見つけてくれと頼んできて、自分はそこへ行っただけだ。

死体を陸に上げたのは河童のおめどであったし、太郎が人手を呼んできたために、事は収束しそうだった。


実質、わたしは散歩しただけなのだ。



「そんなことないっすよ!お筆ちゃんはあの人間に経を読んであげたじゃないっすか。あれがなければどこに死体があるかはわかりませんでしたよ」


河童が擁護してくれるが、わたしの経は効果がない。

だから、人を成仏させたりもできないのだ。



猫又にもそう言われた。

まあ、効力がないからこそ、妖が嫌がらないのかもしれないが。



するとおふさは低い声で笑った。


「効力があるなしに関わらず、お筆ちゃんは良い声してるからねえ。その死人ももしかしたら、毎日経を唱えている念に惹かれてお筆ちゃんのところに来たのかもしれないよ」


「そ、そういうことってあるんすか?」



河童が聞くと、おふさはいつものあっけらかんとした顔で、さあと言った。



「そんなことは聞いたことがないねえ。けど、お筆ちゃんの声、というか念だったら、魂が引き寄せられてもおかしくないと思うのさ」


もしかしたら、今後も頼られるかもしれないねえ?

と笑う彼女は、やはり妖だなと思う。



「とにかく気を付けることだね。お筆ちゃん、たまには経じゃなくてあたしと歌ってみないかい?じゃあ、また店でね」



彼女は言うだけ言って去っていった。

嵐のようだったなと思っていると、河童が詰めていた息を吐き出した。



「ふー、やっぱりあの方と話すのは緊張するっす…」


『ああ、おふささんは綺麗な方ですからねえ』


「いやそれもまああるんすけど、大妖の雰囲気があるんすよ。初めてお会いしたときは失神しそうになったくらいっす」


わたしはよくわからないが、やはりあの方はすごい妖であるらしい。

わたしのような小さいものからすると、大きすぎるものは認識できないということだろう。



そうこうしていると、店に着いた。

いつぞやのように店主が飛び出してくるかと身構えたが、そういう気配はない。

安心した。



わたしの心中をしらない河童は、特に気負いなく扉を開けた。



「こんにちはっすー、お筆ちゃんをお届けに上がりましたよー」


「おや太郎さんじゃないか。ありがとうね、いつも帰ってくる時間にいないから心配していたんだよ」



ここ何年かで、八兵衛も大人になったものだ。

きちんと心配を抑えることができている。



「いやあびっくりしたっすよー、道を歩いてたらお筆ちゃんが死体の前を通りすがってたもんですからねー」


『ちょっと太郎さん!?』



なにを言っているんだこいつは。

また過保護が増してしまうじゃないか。


思わず抗議すると、器用に念で返ってくる。


『仕方ないっすよ、人間に見られてましたし,お筆ちゃんに気付いた人間もいましたから』


あとでばれる方が危険だということか。


でも、極力ばれたくなかったのだ。

どこからただの猫ではないと知れるかわからないのだから。


そっと八兵衛を見ると、案の定口を開けて硬直していた。

いつもは血色のいい肌が青ざめている。


さっきの死体のようだなと思った。



「お筆ちゃん、死体に行き会ったなんて本当なのかい!?詳しく聞かせておくれ!」


「あー、裏通りの方で水に浮かんでた死体が見つかったらしくて。人が集まってるところにお筆ちゃんが来ちゃったらしいんですね。それで、もう時間も遅いんで連れて来たんす」


「そうだったのかい。お筆ちゃん、あんまり危ないところに行ってはだめだよ。私は心配で心配で、夜も眠れなくなってしまう」


「なお」


前言撤回、この店主は大人になったというより、より心配性になったといえる。

上手く取りつくろって、人前では泣かなくなったが。

これは店が終わったら、しばらく泣かれるだろうな。



不穏な空気を察したのか、太郎はそこでさっと手を挙げた。


「じゃ、じゃあ自分はこれで!また店に寄りますんで!」



猫又といい河童といい、危機管理能力に長けているものだ。

わたしはこの瞬間、心を無にすることを決意した。



店を早めに閉めたあと。



「うおおおおおおんお筆ちゃあああん、急に居なくなったと思ったらそんなっ!そんな危険なところに行って!!死体なんて近づいちゃいけませんよおおお」


「…にゃあ」



さっきまで有能な店主だった八兵衛は今、飼い猫を抱きしめながらおいおいと泣いていた。



『こりゃあ、最近ますます酷くなってるなあ』


『起き抜けでこれは、さすがに心臓に悪いですねえ』


『…おはようございます。もう少し寝ていた方がいいかもしれないですよ』


みっつそろって乾いた笑いを浮かべつつ、わたしはされるがままになった。



その晩はいつもより念入りに手入れをされ、念入りに念入りを重ねて構われた。



どこにも行かないでくれ。お筆ちゃんを縛りたいわけじゃあないんだが心配で仕事も手に付かないしご飯も喉を通らなくなるしもう私は君がいないと生きていけないんだ。こんな私をどうか許しておくれ。私がどれだけお筆ちゃんに助けられていることか。この柔らかい毛並みもほどよい暖かさも、こんな私に呆れず話を聞いてくれるのも君だけなんだ。もう君の他にはなにもいらないからいなくならないでくれ。君がいないと私は死んじまうよ。それほど君を愛しているんだ。


云々。



説教のような違うような言葉をお経のように囁かれ、わたしはすこんと寝てしまった。

反省もあと悔もしていないが、こうも延々と話されると子守唄のようになるのだ。



『…うっとうしいを通り越して、いっそ怖えなこの店主…』


『…それを流して寝れる筆さんもすごいですよねぇ…

鈴さん、店主さんってもしかしてあれでは』


『皆まで言うな櫛。こんなん恋人とか伴侶とかにいう言葉だろとか言うな』


『ご自分で言ってるじゃないですか。いっそ筆さんが人間になれたらおいしい展開なんですけどねえ』


『櫛、わかってると思うが、それ筆には言うなよ』


『ええ、わかってますよ。筆さんは純真ですからね、ええわかっていますとも。さすがに猫相手に無茶するような方ではないと思いますし』



たぶんわかってねえな。

妄想が九割を占めているなと思いつつ、鈴は黙っていた。

こういうときの女に口出しすると、あとが怖いのだ。





そしてその頃。



『ちょっと河童、筆が幽霊に連れていかれたってどういうことよ!!』


『姐さん落ち着いてくださいっす!お筆ちゃんは無事っすから!』


『それは当たり前でしょうが!!』



川辺では一波乱起きていた。






自分で書いておいてなんですが、八兵衛さんのお筆ちゃんへの愛の言葉が215文字とかになってて引いてます。

ケモナーとかではないつもりです。たぶん。

ご不快になった方はすみません。

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