相談屋お筆は死体を見つける
2026年2月19日 本文一部訂正しました。
幽霊に連れて来られて「落とし物」を探していたら、水辺に死体が浮いていた。
鈴や櫛はもはや恐怖のあまり言葉も出ないようで、先ほどから念が感じられない。
気絶しているのだろうか。
わたしも人の死体は初めて見るので、どうすればいいのかと途方に暮れた。
あの人間の言う「落とし物」とは、この死体で間違いないのだろうか。
うつぶせになって浮いているから顔はわからないが、着物が似ている、気がする。
そこまで見てないからわからない。
すると、死体の方から念が聞こえた。
思わずびくっとして後ずさった。
『おやあ、大川の太郎と仲がいい子じゃないか?
こんなところでどうしたんだい』
老齢の女性のような声だ。
どきどきしながらそちらをうかがうと、水面に見知った顔があった。
よかった。死体がしゃべったわけではなかった。
『河童さん、ですか?お会いしたことがありますね』
『そうさ。あたしはここらの川にいるおめどってもんだよ。あんた、よく覚えているねえ』
彼女は若い人間の姿をとっている河童だ。
女性の姿には少々不釣り合いな低い声をしていて、鈴が「姐さん」呼びをする妖のひとりである。
たしか彼女とは、太郎と話しているときに少し話したことがある。
面識がある河童はあまりいないので、誰かわかるのだ。
いやそれよりも。
今は、あの死体が先だ。
『おめど姐さんは、どうしてここに?』
『ああ、そうだったよ。さっきここを通ってねえ。この死んだ人間を回収しに来たのさ。
まったく嫌なもんだねえ、あたしらのことも考えてほしいよ。ここらの水が濁っちまう。
あんた、この死体を見ていたのかい?物好きだねえ』
『いえ、死体を見る趣味はないですね。実は…』
わたしはおめどに、ここに来た経緯を話した。
わたしたちが話しているのが聞こえたためか、首元にいるふたつも話に加わってきた。
ちょっと意識が飛んだらしい。
刺激が強かったのだろう。
『そういうわけで、何かないかと探していたら、死体があったんです』
『そうだったのかい。それじゃ、こいつが探している「落とし物」かもしれないんだね?』
『はい、確証はないですが…あの方も、せめてなにを落としたのか言ってくれればいいのに』
思わず愚痴をこぼす。言ってから消えればいいのに。
すると首元からぼそぼそと声が聞こえた。
『幽霊にそんなこと言えるの、筆さんくらいでは?』
『筆もなかなかずれてるよなあ』
『おや、聞こえていますよ』
そんなやりとりに、おめどは笑った。
『ははは!小さい見た目によらず度胸があるねえ。いいよ、とりあえずこいつを陸に上げよう。ちょっとどいておくれな』
おめどはわたしが離れたのを確認して、軽々と死体を陸に置いた。
さすが相撲が得意な河童である。
力持ちだ。
『ひええ、すげえなあ』
『あんな重そうな死体を軽々と、すごいですぅ』
みっつでひたすら感心しながら死体に近づいて、わたしは固まった。
鈴と櫛も、『ひっ』『ぴぎゃっ』と言ったきりなにも言わなくなった。
かわいそうに、また気絶したのだろうか。
わたしは気絶こそしなかったが、その死体の見た目とそれに群がる虫に毛がぞわぞわした。
おめども、よくこれに触れたものだ。
そう考えるに至るほど、おぞましい姿だった。
妖が死人におびえるのも納得がいくというものだ。
水死体とはこんなに醜い姿であったのか。
見える肌は水を吸い込んで膨れ上がっているし、なにより肌の色が生きている人間のものではなくなっている。
人間は暑いと赤くなって、寒いと青くなる。
肌が紫になっているこの死体は、それだけ水が寒かったということだろう。
『さて、その幽霊とこいつは似ているのかい?』
思考をぶった切るようにおめどの念が割って入り、わたしは我に返った。
そうだ。死体に衝撃を受けている場合ではない。
今は「落とし物」について考えなければ。
わたしは、嫌な気持ちを抑えながら死体を眺めた。
背格好からして男で間違いない。
肌は腫れて顔もわからなくなっているが、血が出ているわけではなかった。
おめどがひっくり返してくれたので、着物の紋が見えるようになった。
わたしは鈴と櫛を前足で揺らして起こした。
自分の記憶が正しいとは限らないのだ。確認してもらわなければならない。
『うーん…死体…死体が…』
『怖いよう…怖いよう…』
『起こしてすみません。この人の着物、これってあの幽霊と同じでしょうか?』
それだけ答えてほしい。あとは気を失って構わないから。
懇願すると、ふたつは同じだと思うと言った。
そしてわたしの言葉通りに気絶した。
黙って見守っていたおめどに、確認したことを話した。
『同じみたいです。『落とし物をしたから探してくれ』っていうのは、死体が落ちているから拾ってほしいってことだったんでしょうか』
彼女はわたしの言葉に頷いた。
『幽霊っていうのは魂だからね。魂にとって身体は「落とし物」かもしれないね。死体を回収して、供養してくれってことじゃないかい?』
わたしは、そういうことだったのかと納得した。
そして、覚悟を決めて死体に一歩近づいた。
怖いのはそうだが、寺にいた身としては、経のひとつでも上げてやりたいと思ったのだ。
だって、自分みたいな猫に助けを求めるほど、寒くて暗くて苦しかったに違いない。
この人間がどうして死んだのだろう?
自分で川に飛び込んだのだろうか。
それとも、誰かに投げ込まれたのか。
どちらにしろ、幽霊になっているのだから、死にたくなんてなかっただろう。
おめどは、筆がなにかをする気であることを察し、面白そうに見た。
死体に怯えて震えたかと思ったら、今度は近づくのだ。
太郎が気に入るのもわかるというものだ。
そしてわたしは念を強く出して経を上げた。
わたしは僧侶ではないし、寺で修行する妖でもない。
だからきっと、あの人を供養できるほどの経は読むことができない。
でも。
それでも、彼に助けを求められた身として、精一杯の弔いをしてあげたい。
そんな思いをこめて読み上げ、ふと目を上げると。
なぜだかおめどは驚いて、目を見開いていた。
どうしたんだろう?
つくも神が僧侶のまねごとをするのが珍しかったのだろうか。
首をかしげていると、遠くから聞き慣れた声がした。
『ああ、いたいた!おめどの姐さん、岡っ引きを連れてきましたよ!』
「こっちか!?」
「あっちです!あっちに死体がありました!」
『おや、太郎がやっと来たみたいだね』
おめどは、さっきの興奮をごまかすように、死体を見つけたときに頼んどいたのさ、あいつは化けるのがうまいからねと笑い、水の中へと姿を消した。
ちょっと気持ちを落ち着かせたいと思った。
そんなことを知らない筆は、やっぱり彼女は姐さんという呼び名がちょうどいいなとぼんやり思った。
駆けつけた河童の太郎は、いつもは本来の格好をしている。
今日は人間に声をかけるため、人間の姿になっている。
「これはひどい」
「おい、近くの寺に運ぶぞ」
「だれか担架もってこい」
「おや、そこにいるのは八兵衛さんとこの猫か?」
「にゃあ」
人間がやってきたことで、これまで静かだった場所はうるさくなった。
わたしに気付いた人間に鳴き声で返すと、太郎はわたしをひょいと抱き上げ、そそくさと人ごみを離れた。
「お筆ちゃん、八兵衛さんが探してましたよー。帰りましょうねー」
「おう、しっかり届けてやれよー」
『これでおれはお役御免っすね』
『太郎さん、助かりました。わたしだけでは、人間に助けを求められませんから…。
それにしても、よくここが分かりましたね』
感心していると、太郎はああ、と声を上げた。
『あんな心地いい経を読むのはお筆ちゃんくらいっすからね。すぐわかりましたよ』
『心地いい、ですか?』
『はい、ずっと聞いていたいっすよ。本来妖に経は忌み嫌われるんですけどねえ』
『へえ、不思議ですねえ』
『あとここだけの話、あいつらの半分は妖なんすよ。そんな感じしたでしょ?』
太郎にそう言われ、わたしは首をかしげた。
いた気もするし、いなかった気もする。
『お筆ちゃんがわからないなんて、相当参ってたんですねえ。こりゃあ今頃お怒りだろうなあ…』
どこか不穏な呟きをする太郎を見ると、なんでもないと笑った。
ところで。
『河童さん』
『はい?』
『いつまでわたしを抱っこしてるんですか?』
『…もうちょっともふらせてくださいよ』
普通の猫だと、魚と間違われて嚙みつかれるんです。
旨そうみたいで…
しょんぼりと言う彼に、わたしはそのまま大人しくすることにした。
仕方ない。さすがにかわいそうだ。
でも顔はうずめるな。うっとうしい。




