相談屋お筆は違和感に気付く(遅い)
落とし物をしたという人間に着いて行った先は、通りから少し外れた水路近くであった。
どこか薄暗い雰囲気のところで、昼間だというのに人通りが少ない。
暑さは落ち着いたものの、まだ夏であるから、虫が多い。
わたしは筆なので刺されはしないのだが、うっとうしいのだ。
ここは人と妖でにぎわう江戸の真ん中だというのに、ずいぶんと異様だ。
彼に連れて来られ、この辺で落としたということか、と聞いたときには、もうその人はいなかった。
頼んだ置いていきなり消えるってなんだ。
こういうの、すごく困る。
わたしは心底そう思った。
猫又だったら、きっと顔を盛大にしかめてひげを揺らすだろう。
『困りましたね、これでは探しものがなにかわかりませんよ』
すると首についている鈴と櫛が、恐怖に震えながら呆れた声を出すという器用なことをした。
『困ったっていうか、これで怖がらないおめえさんってなんなんだよ…』
『探しものうんぬんより、この状況を訝しみましょうよ…』
そう言われても。
『透けていても人ですし。妖ではなかったでしょう?』
そう、わたしたち妖は、相手が人か妖かすぐにわかる。
さっきまで一緒にいたのは、紛れもなく人間だ。
ちょっと透けていて話が通じないだけで。
『いや完全に人ってわけではないだろ』
『というかあれ、ほぼ確実に幽霊じゃないですか!!』
ゆうれい。
わたしはぽかんとした。
『ゆうれいという人もいるんですか?』
つくも神に筆や鈴があるように、人間にも透けている者といない者がいるんだろうか。
ふたつは、そこからか、と途方に暮れた。
筆はいつも丁寧で礼儀正しいが、変なところで常識が欠けていることがある。
『え、ここまで知っててこれ知らへんの?うそやろ?』
と狐に素で驚かれるくらいに。
あのお方が京都弁出すの初めて見た。
付き合いの長い狸でさえ驚愕していた。
『幽霊っていうのは、あ~…死んだ人間がなるもんだよ』
『だいたいは、この世に未練があってあの世に行けない人間がなりますねえ』
なるほど、とわたしは納得した。
あの人間が透けていたり同じことしかしゃべらなかったりしたのは、死んだ人間であったためか。
確かに、同じ人間なのに誰にも見られていないことに違和感を覚えていたが。
だけど。
『そんなに怯えることですか?』
われわれだって化け物には違いないだろうに。
『お前さんは感じないのかい?こう、ぞわっとするような。大半の妖は、話が通じないのが嫌なのと、嫌な感じがするっていうが』
『毛羽立つ感じはちょっとしましたが、特に嫌な感じはないですね』
『筆さんは危機感がなさすぎですよぅ。話が通じないので、何されるかわからないのが怖いんです』
わたしは首をかしげた。
そこまで嫌な気配を感じなかった。
頭で考えるものではなく、感性の問題なのだろうか。
『それに、死んだ人間っていうのはタチが悪いんだぜえ。無駄に意思が強いやつなんかは悪霊になりかねんからな』
『望みを叶えないと呪うとか、祟るとかあるんですよ』
『…妖も同じでは?』
『妖はほら、話通じるし』
『ここらにいるのは大人しいですし』
わたしは彼の姿を思い出した。
落とし物をした、と言っていたか。
鈴と櫛が正しければ、あの人間は死んでいて、魂だけになっている。
そして、その「落とし物」とやらが原因で成仏できない。
どうしてかはわからないが、わたしを訪ねてここへ連れて来たということは、この薄暗い場所にそれがあるのだろう。
『鈴さん、櫛さん』
『なんだい、お前さんまさか』
『も、もう帰りましょう?あの人もういませんし…』
鈴と櫛には大変申し訳ないと思う。
身動きが取れない状態でわたしに巻き込まれるのだ。
でも。
『探すだけ探してみてもいいですか?』
これだけは譲れない。
わざわざ猫の姿をしたわたしを頼ってきたのだ。
それだけ切羽詰まっているのだろう。
そういう人を見捨てるのは嫌だ。
藁というか、猫にもすがる思いで声をかけたかもしれないのに。
それに。
彼はわたしと念で会話ができていた。
会話は成立しなかったが。
もし、死んだ人間と話すことができるのだとしたら、話してみたい。
そういう下心もある。
鈴と櫛は、こうなると思ったとため息をついた。
『いいぜ、ここまで来たんだ。探すだけ探そうぜ』
『もし探さなかったら呪われたりするかもしれませんし…』
不承不承ではあるが、ふたつから了承は得た。
この薄暗い中で探すには苦労しそうだが、頑張って落とし物とやらを探そう。
とりあえずあたりを見回し、なにか落ちてないかを確認する。
『筆さん、探すにしても、落とし物ってどういうものでしょうねぇ?』
『うーん、未練になるほどの物といったら、高級そうなものでしょうか』
『巾着とかか?あの格好、どっかの手代だっただろ。仕事道具なんかも考えられないかい?』
『どこのお店でしょうね』
『あの紋、どこかで見たことあるんですが、覚えてないですねえ』
一同、首を捻るばかりだ。
『あ』
櫛がなにかを思いついて念を上げた。
『なにか気付きましたか?』
『ああいえ、ここ水路の近くでしたよね?』
だったら、水の中に落としたのかもしれないと彼女は言う。
たしかに。
でも、さすがに水路に落ちたら、流れて行ってしまいそうだ。
『軽いものなら流されそうだなあ』
『でもこのあたりは流れがゆっくりじゃないですか?』
見てみる価値はあるかもしれない。
重いものであったら、川底に沈んでいるだろうし。
もし見つからなければ、河童を頼ろう。
そう思って、落ちるぎりぎりまで水路に近づいてみた。
建物と水路の間であるし、この辺は水路を使う人間もあまりいないようだ。
日がだいぶ経っているし、水路の周辺は真っ暗であった。
『なにもありませんね』
『虫がうっとうしいねえ』
『筆さん、くれぐれも落ちないでくださいよ』
などと声をかけあっていると。
ざわ
背筋がぞわりとした気がする。
『鈴さん、櫛さん』
『あ!?おいあれ』
『——ひっ』
櫛が小さく悲鳴を上げるのを聞きながら、わたしは念を失っていた。
水路を見下ろした先。
暗くてあまり見えないが、大きな影があった。
見間違いではないはずだ。
人が浮いていたのである。




