相談屋お筆は腕の中で眠る
「おうお筆ちゃん。探したぜえ」
休んで力が回復したことで、わたしは無事に猫の姿になることができた。
鈴と櫛は、一日中はしゃいで疲れたのか、寝てしまったようだ。
もう夜遅いので店に帰ろう、と猫又と連れ立って歩き出そうとした瞬間、呼び止められた。
『あら、誰かと思ったら狸じゃないの』
『こんばんは、団三郎さん』
姿を現したのは、団三郎という人間の姿をとった妖である。
狸の妖で、生まれは北の方だと言っていた。
「おう、猫又も一緒だったか。今から店に帰るつもりかい?」
『はい、団三郎さんはこちらへ御用ですか?』
たしか彼は、店の近所に住んでいるはずだ。
それがどうしてこんなところにいるんだろう。
すると団三郎は肩をすぼめた。
「御用もなにもお筆ちゃん、お前さんを探しに来たんだよ」
『わたしを、ですか?』
「八兵衛さんに頼まれてなあ。あの人、朝からお筆ちゃんがいないって探し回っていて、夜にはもう日暮れなのにお筆ちゃんが帰ってこないって大騒ぎしてるんだぜ」
それで、妖の常連客で探していたってわけさ。お前さん、相当愛されてるぜえ。
参ったもんだぜ。
そう言いながら楽しそうに笑みを浮かべる狸は、やはり妖だと感じる。
そしてわたしも、少し反省した。
周りの妖に、出かけることを言っておくべきだったか。
『団三郎さんすみません、お手間をかけました』
「いやいやいいってことよ。夜はおれたちの縄張りだからなあ。
それよりもお前さん、さっさと帰った方がいいぜ」
団三郎はわたしたちを見つけて連れて来てくれた、という風にしてくれるらしい。
気を取り直して、1人と2匹で歩き出した。
寺を出て、日本橋に向かう道を歩く。
「というかお筆ちゃん、なんでこんなに遅くなったんだい?今日出かける日だっていうのは猫又から聞いてたがよお」
『なんでもなにも、あのバカ商人のせいだわ!』
「…ほう?八兵衛さんかい?」
聞き返した団三郎の声がなんだか低い。
止めた方がいい気がする。
『猫又さん、それはもういいですから…』
『いーえ、話さないと私の気が収まらなくてよ』
彼女は止まらなかった。止めるのは無理だったか。
猫又が事情を話していると、道の向こうに人影が見えた。
団三郎は人の気配に気付くと口をつぐんで、ただ頷くだけになった。
猫と話す人間とは思われたくないのだろう。
彼にも人間性というものがあるのだ。
「おや、そこにいるのは団三郎さんではありませんか?」
向こうから来た人間が声をかけてきた。
余談だが、わたしたち妖は念と声を分けているため、人間か妖かというのはなんとなくわかる。
だからこそ、夜であっても相手が人間だということもわかるのだ。
「おや、回向院のお坊様でないかい。こんばんは」
聞き覚えのある声だなと思っていると、彼はさっき八兵衛といた坊主であった。
わたしを八兵衛に譲った人間である。
団三郎はわたしたちの前に出て坊主と相対した。
「こんなに遅くに、寺になにか御用でしたか?」
「いやいや、用があったのは寺でなくてこいつらさ」
「そちらの、猫2匹ですか?」
「おう、こいつらを飼い主が探しててなあ。この辺で見たって言ったやつが居たもんで、寺の中に迷い込んでやしないかと思ってね」
「なぉん」
猫又が団三郎に被せるように鳴いた。
坊主は事情を聞いて合点がいった顔をした。
「そうでしたか、見つかってようございましたね。夜も遅いですから、気を付けてお帰りなすってください」
「おう、坊様もなあ」
挨拶を交わしてすれ違い、わたしたちはまた歩き出した。
「ははあ、さっきのやつがお筆ちゃんを八兵衛さんに譲ったんだな?」
『そういうことよ』
「なんとなくだが、われらを認識してそうではあるよなあ」
『それが微妙なのよねえ。というか狸、なんであんた笑ってたのよ』
「おや、おれはこういう顔だぜ」
『さっきあいつとすれ違ったとき、にたーって笑ってたじゃない』
そうだっただろうか。
猫又は周りをよく見ている。
団三郎がはぐらかしたのを猫又はそれ以上追及することはなかった。
そしてさっきの説明の続きを始めた。
『と、いうわけなのよ』
団三郎は訳知り顔で頷いた。
「知らずに本体を否定された、ねえ…。そりゃ、さぞかし辛かっただろうよ」
だが、と彼は笑う。
「あの人も悪気はねえだろうさ。もしお筆ちゃんだって知ったら、案外考えが変わるかもしれねえぜ」
それにお前さんだって、あの人には猫として可愛がられた方が嬉しいんじゃないかい?
そう彼は続けた。
それはそうだ。
今さら筆として扱われるより、彼には猫として接してほしい。
「だろう?だったらなにも気に病むことはないだろうよ」
すとん。
彼の言葉が心に収まった。
さっきは猫又に、今は団三郎に。
それぞれの考えを教えられた。
まだ気持ちはざらついているが。
でも、ようやくわかった。
『…どちらも同じ自分だと思っても、いいんですね』
その言葉に、団三郎と猫又は笑った。
彼らは思う。
そういうことを考えるようになったということは、筆が妖として板についてきたということだ。
だからこそ、味を感じられるようになったし、こうした悩みも生まれる。
江戸に来たときから、ずいぶんと成長したものだ。
「そういうことさ。ほら、もうすぐ着くぜ」
団三郎に言われて我に返ると、見慣れた店の風景が見えて来ていた。
たぶん八兵衛はもう寝てしまっているだろう。
今日はさっさと蔵に行って休もう。
能天気に歩くわたしを、猫又は目を細めて見ていた。
たぶん商人は起きてるし、こいつは休めないだろうなと思いながら。
そして、筆を送り届けたら自分は退散しよう、と心に決めた。
「おうい八兵衛さん、見つけてきたぜ」
「お筆ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
「あぶねっ」
団三郎が店の方に声をかけた。
と同時に、八兵衛が中から飛び出してきた。
泣きながら提灯を持って突っ込んでくる姿は、なんというか妖よりも怖い。
「に“ゃっ」
勢いよく飛び出してきた店主を見て、猫又はいち早く逃げた。
さすがだ。
こういうときの見極めはピカイチである。
「うぅぅ…ぐすっ…お筆ちゃん、よかった、無事でよかったよぉ…」
わたしは改めて八兵衛と向き合った。
ああ、こんなに顔をぐしゃぐしゃにして。
頼もしい商人の顔が台無しではないか。
「にゃあ」
「お、お筆ちゃん…!?」
わたしは商人の頬をなめた。
しょっぱい。
そうか、涙とはしょっぱいものなのか。
だが、それだけではない。
なんだか甘い気もする。
どうしてだろうと内心首を傾げていると、いつの間にか涙は止まっていた。
びっくりしたのだろうか?
人は驚くと涙が止まると聞いたことがある。
心なしか顔も赤い。なにかぶつぶつ呟いている。
大丈夫だろうか?
「ん“っ、ん”ん“」
しばらく一連の流れを見ていた団三郎は、楽しそうに笑みを浮かべながら咳払いした。
それにはっとして、八兵衛は団三郎にお礼を言った。
「見つけてくださってありがとうございます、団三郎さん」
「いいってことよ。もう遅い、早く寝るといいさ」
「ええ、おやすみなさい。お筆ちゃん、中に入ろうね」
わたしは八兵衛に抱き上げられて店の奥へと入った。
用意していたらしい布巾で足を拭かれ、そのまま寝室へと運ばれた。
わたしは、さて事も済んだし、蔵に戻ろうと腕から出ようともがいたが、出ることができない。
彼はそのまま離すつもりがないらしかった。
腕をひっかいて出てやってもいいが。
心配をかけた手前、強く出られないわたしは、諦めて寝ることにした。
猫のように身体を丸めて八兵衛へとすり寄る。
なにかうめき声が聞こえる気がするが、知ったことではない。
彼の腕の中は、あたたかかった。
筆のときには味わったことのない温度であった。
書いていて「なんか恋愛っぽいな…」とか思いましたが恋愛要素はないです。
筆ちゃんがイケメン猫ンコムーブかましているだけです。




