筆は異世界で目が覚める②
『ちょっとぉ!』
さっきのうるさい奴の声がした。
上半身を起こしたまま、あたりを見回してみる。
誰もいない。
「念」だろう。
『黙って聞いてれば筆ちゃん、うるさいうるさいって失礼じゃない!?状況がわかってないみたいだから、親切に教えてあげようと思って「念話」つなげてあげたのにぃ!
ひどくな~い!?』
やはり「念」であるようだ。
ひどいという割に、そこまで怒っていなそうだ。
このうるさ…阿保みたいな声で起こされれば、誰だってそう思うはずであるが。
『しょうがないじゃなぁい。いつまでも寝てる筆ちゃんが悪いのよぉ』
好きで寝ていたわけではないのだが。
そもそも、あなたはどちら様ですか?
『私はこの世界、モンディーノの守護神よぉ!筆ちゃんをこの世界に連れてきて、人型をあげたの。少しくらい感謝してくれてもいいのよ~?』
なるほど。
この方がわたしにこの身体をくれたのか。
感謝してもしきれないだろう。それが念願だったのだ。
どうしてか光ってはいるが。
おのれの「手」をじっと眺め、握ったり開いたりと感触を確かめてみる。動く!
「足」には変な形をした草履を履いている。
身につけている着物も、草履も、知っているものではないが、確かに人が身に着けているものとわかる。
どれもこれも初めての感覚だ。
自分の「目」を通して見る景色は、
自分の「耳」を通して聞く音は、
思っていた以上にわたしの心を彩っている。
見たことのない生物がたくさんいて、すごく怖いが。
竜(仮)とか。
それよりも今は、人になれたということが嬉しい。
踊りだしたい気分である。
願いを叶えてくれた女神に、なんとお礼を言えばいいのだろうか。
この世に神や仏はちゃんといるのだと。
意志を持つ筆なんていう不思議なものが言うのもなんであるが。
今はっきりとそう思っ『ああそうそう、あなたは人になったわけではないわよ』
————は?
『この美しくてきらびやかで実力のある女神ちゃんが直々に連れて来たのよぉ?
人間なんて低俗な生き物にさせるわけがないじゃなぁい。
女神の名に傷がついちゃうわよぉ!』
では。
ではわたしはなにになったのだ?
『神よぉ♡』
「え」
待て。待ってほしい。
『だってぇ、あなた元の世界…エド?では神って呼ばれてたみたいじゃなぁい』
確かに、わたしは筆からつくも神になった身だ。
しかしつくも神の「神」は神格を持っているという意味ではない、はずだ。
詳しくは知らないが。
『まー正確には神のなりそこないみたいな?で、かわいそーってなったわけぇ。
「神」なんて呼ばれているのに、実際は違うんだもの。私は寛大な女神様だからぁ、あなたを哀れんだのよぉ。
だからぁ、この女神ちゃんが、ちょちょーっと神格を授けてあげたのよぉ。
ついでに人になりたいーって言ってたから、人型の依り代もつけてあげちゃったわぁ!
私みたいなカリスマあふれるスーパー神ほどではないけどぉ。ちゃんと神よぉ!』
ねぇ嬉しいでしょぉ?ねぇ?
感謝なさいよぉ!!
という女神(自称)の能天気な言葉にめまいがした。
ところどころ意味がわからなかったが、おおよその事情は理解できた。
どうしてか光る身体は、おそらく神になったからなのだろう。
時々胸が熱くなるのも、たぶんそのせいだ。
たしかに、たしかにわたしはつくも「神」だ。
人になりたいとも願っていた。
神はこの2つを理解し、折衷案としてこの姿にしたのだ。
それは理解できる。
だがしかし。
しかしだ。
その上であの神に物申したい。
無礼など知ったことか。
人間を「低俗」などと馬鹿にしたことが許せない。
人間とは素晴らしいものなのだ。
だがしかし、初めて息を盛大に吸ったとき、思ったこととは異なる事が口をついて出た。
自分は人と成ることを望んでいた。
神などめんどくさ…恐れ多いものになどなりたくない。
そう、わたしが最初に言いたいのはこれなのだ。
生まれて数百年、わたしは初めて「喉」を震わせて叫んだ。
「人になりたいって言ってるでしょう!神になってどうするんですかーっ!!」
初めて「声」を使ってしゃべった長い台詞とともに、もう限界だったわたしは目の前が真っ暗になった。
そして長い、長い夢を見た。
ついさっきまで江戸にいたのに、なぜか変な気分だ。
江戸が、なんだかひどく遠くに感じた。
ここから江戸編いきます。




