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筆だって自分で文字が書きたい~人になりたいのに、異世界で神にされました。~  作者: 嶋田愛那
出会い~江戸編

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19/32

相談屋お筆は味覚が芽生える



翌朝。



『おう、そろそろじゃねえか?』


『筆さん、そろそろ起きてください。もうすぐ猫又さんがいらっしゃいますよ』



外に出るのが楽しみな鈴と櫛は、寝ているわたしを気遣って静かにしていたもののそわそわしていたようだ。

昨晩もわたしが寝る直前まで弾んだ声で話をしていた。



そういえば今日は出かける日だったと思い出した。



余談であるが、わたしたち妖怪にも「寝る」という行為はある。

もちろん寝ない種族もいるようだが、基本的に寝た方が力の巡りがよいらしい。



わたしも長い間眠っていたようなものだが、妖となってから初めて眠ったあと、とてもすっきりした気分になれた。

猫又が普段寝ているのも納得できるというものである。



移動できる妖の中には、寝るだけでなく風呂に入ると妖術がうまく使いやすいという者もいるらしい。

店の常連の狐と狸が言っていた。



そんなわけで、楽しみで早くに目が覚めたふたつに起こされていると。



『おはようつくも神三人衆たち。私が来てあげたわよ』


『ほらな、すぐに来たろ?おはようさん、猫又さんよ』


『おはようございます猫又さん。ふふ、今日はよろしくお願いしますね』


『…おはようございます』



わたしが最後にあいさつすると、猫又は意外そうにこちらを見た。



『あら筆、あなたもしかして楽しみで寝られなかったの?』


『楽しみではありましたが、なぜですか?』


『いつもの生意気さがないからねえ。私と出かけるのが楽しみで寝不足なのかと思ったのさ』


『…どっちかというと、鈴さんと櫛さんが元気なんだと思いますよ』



そう言うと、なぜか猫又は満足そうにした。



『筆、あんたさては朝に弱くなってきたのね?着々と猫に近づいてきたじゃない』



嬉しくないが。

わたしは筆なのだ。



だが、猫として過ごすうちに猫の習性に近づくことはあるのかもしれない。



『じゃあ行くわよ』



猫又はしなやかに蔵へと歩き出した。



わたしはその背を追いながら、はたと思いついたことがあった。



『…猫又さん』


『あら、なによ筆』


『猫又さんだって朝に弱いのに、どうしてこんなに早く来られたんです?貴女、たいてい朝は不機嫌じゃないですか』



猫又はぴたりと足を止めた。次いで急ぎ足になった。

すると、鈴と櫛も面白がるように念を上げた。



『あらあら筆さん、乙女心というものがあるのですよ?』


『そうだぜ筆。猫又の姐さんにも乙女心はあるんだぞ』


『うるっさいわねあんたたち!ほら早く行くわよ!』



どうやら猫又も楽しみで早く起きた口らしい。



それにしても、鈴の「猫又の姐さん」という呼び方はなんなのだろう。

たまにその呼び方をするので聞いてみると、強くて格好いい女性には姐さんという言葉を使うらしいのだ。



『姐さん、ちょっと待ってくださいよ。速いです』


『ちゃっちゃとついてきなさいよ筆…ってなによ姐さんって!』


『いえ、鈴さんがそう言っていたので…』


『…鈴?あんたわかってるでしょうね』


『あらあら、猫又さんも恥ずかしがっちゃって、ふふ』


『櫛からもなんか言ってよ!』




ちょっとしたひと悶着はあったが、わたしたちは早朝の江戸を歩き始めた。




朝早いというのに、江戸の町はそこそこにぎやかだ。

店を開く前の品出しや荷運びなどが、もう動いている。



人間とは勤勉なものである。

いや、時々妖が手代に化けた姿も見かけるので、妖にも勤勉なものはいるのだ。



猫又に連れてこられたのは、朝市と呼ばれるところであった。

猫又は朝市に来る人間と顔見知りのようで、わたしたちはすぐに囲まれた。



「あらおしろちゃん、今日はお友達もつれているの?」


「おや、この子は八兵衛(はちべえ)さんところのお筆ちゃんじゃないかい?」


「ああ、あの店主さんが可愛がってる看板猫ちゃんねえ。確かに可愛いわねえ」


「首輪につけた鈴と櫛が最高に可愛いわぁ」


「本当ねえ。おしろちゃんにお筆ちゃん、朝ご飯はもう食べた?よかったら煮干しとかつお節をあげるわ」



「にゃ~ん」


「にゃお」



猫又は人間に「おしろ」と呼ばれているらしい。



猫好きなご婦人方が干し魚やかつお節をくれたのを、猫又はご満悦で食べている。

わたしはそれを眺めながら、毛づくろいをするふりをした。



『ふふ、可愛いですって、鈴さん』


『おう、褒められるのは悪い気がしないなあ。おや筆よ、お前さんは食べないのかい?』


『食べられないこともないですが、味を感じられないんです』


『それはもう大丈夫よ。ほらさっさと食べてみなさい』



大丈夫とはなんだろうか。味は感じないと思うが。

ふたつと1匹の無言の圧力に負け、わたしはぱくりとかつお節を口にした。






おいしい。





思わず軸が折れそうになるくらいの衝撃が走った。


とうとうわたしも、おいしいが分かるようになったのだ。



化けるのが板についてきたということだろうか。

最初に食べたときとは大違いだ。



かつお節も煮干しも、旨味がぎゅっと押し込まれていて、舌に乗った瞬間にその旨味が解放され、口の中が幸せになるのだ。


それにかりかりとした噛み応えもたまらない。これは癖になる。


こんなにおいしいものであったのか。



そのまま夢中で食べ始めたわたしを見て、人間たちも寄って来た。



「あらこの子、すごい勢いで食べてるわよ。よほどおいしいのねえ」


「もっと食べる?なら干し魚もあげちゃうわ」


「こりゃあ可愛いねえ。おしろちゃんも隅に置けねえなあ」


「これ、そんなにおいしいなら私もいただこうかしら」


「そうねえ、わたしはこれが気になるわ。おしろちゃんも食べる?」



「にゃお」

『ええいただくわ。筆ったら全部食べようとしているんだもの』



一心不乱に食べるわたしに追加でえさをくれる者や、猫又にえさを買ってあげる者。


猫がそんなに気に入ったのならおいしいに違いないと自分たちも買って行く者など、朝市は稀に見る賑わいを見せていた。



やっと我に返ったわたしに、猫又はどうだったと聞いた。


『あんなにおいしいものだとは知りませんでした』


『ふふん、でしょう』



『鈴さん鈴さん、これは痴話げんかというものですか?』


『いや櫛、これはいちゃいちゃって言うんだぜって待てまってちりちりしないでえええ』



鈴も懲りないものである。








一方その頃。



「お筆ちゃん、お筆ちゃんや~~」



筆の飼い主である店主、八兵衛は愛猫の姿を探して回っていた。


いつもならとっくに起きている時間であるが、なぜか今日はいないのだ。



お筆ちゃんに出会ってから、ずいぶんと変わったねと言われる彼。


それまでは「真面目すぎる」「まだ若いのにねえ」と難癖をつけていた近所の商人たちでさえ、若干引くような溺愛ぶりである。


そんな彼はもはや、「お筆ちゃん」を中心に生活しているといっても過言ではない。

彼女がいれば、自分は嫌なことだって率先してやる。そういう覚悟のある男だ。


そして今、その可愛がっている猫の姿がないので、大変焦っていた。


まさか、誘拐でもされたのだろうか。

そんな考えが頭をよぎる。


岡っ引きに頼むにしても、猫さがしを手伝ってくれる者などいないだろう。



『おや八兵衛さんじゃないか。そんなに慌ててどうしたんだい?』



そんなとき、店の常連客が声をかけてきた。



『あ、これは団三郎(だんざぶろう)さん。実は、お筆ちゃんがいなくなってしまって…見かけませんでしたか?』


『ああ、それならいつも一緒にいる白猫とそっちに歩いて行ったよ。今日は遊びに行く日なんじゃないかい?』


『そうでしたか。おしろちゃんが一緒にいるなら安心でしょうが…ああ、やっぱり不安です。彼女は可愛いので、かどわかされたりしないでしょうか』



すると団三郎は低く笑った。



『それは大丈夫だろうよ、おしろは強いからねえ。なにがあっても守り抜くだろうさ』



まあでも、2匹を見かけた奴がいたら知らせるよと言って彼は去っていった。



八兵衛は筆を心配しながら、自分がどれだけ彼女に救われてきたかを改めて思うのだった。





そんなことはつゆ知らず。



『わあ、とてもきれいな水ですねえ』


『本当だあ。こんないい景色があったんだなあ』


『ふふん、こんなもんじゃないわよ、もっといい所に連れて行くんだから』



当の本人、いや本ものたち(筆と猫又一行)はお出かけを満喫していた。




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