猫又は丁重に拒否される
「この姿であなたを使ってあげてもよくてよ」
『いえ、慎んで遠慮させていただきます』
即答すると、人の姿をした猫又はまなじりを吊り上げた。
美人が怒ると恐いというのは本当らしい。
下手したら猫のときよりも恐いのではないだろうか。
しかし、わたしにも筆に生まれたという誇りはあるのだ。
どうせなら妖に使われるのではなく、人間の道具として扱われたい。
「はあ!?なんでよ、私ほどの美人に使ってもらえるのよ。普通は光栄に思うもんでしょ?自慢じゃないけど字は上手だもの!」
猫又は白い肌を真っ赤にしてまくし立てた。
怒鳴っていてもきれいな声なのだから、美人とは得なものだ。
『…あの、失礼ですが』
「なによ」
『猫又さんの趣味をとやかく言うつもりはないのですが』
「は?だからなによ。さっさと言いなさい」
『…猫又さんは、もしわたしが人に化けたとして、わたしに飼われたいですか?』
「はあ!?」
わたしが尋ねると、今度は彼女の顔が青くなった。心なしか肌がぶつぶつしている。人間はこうやって鳥肌が立つのか。
赤くなったり青くなったり、今日の猫又はなんだかせわしない。
「あ、あんた、なにいきなり気持ち悪いこと言ってるの!?あんたに飼われるなんて嫌に決まってるじゃない!」
『それと同じことを、いま言われたのですが…』
わたしもきっと、肌があったら鳥肌が立っていただろう。
鳥肌は立っていないが、わたしは筆先に墨が残っているような、妙な心地になった。
さすがにそこまで拒絶されると、わたしも傷つくが。
お互い様か。
きっと猫又も、わたしと同じように、妖には妖として接してほしいのだ。
人間に飼われる猫、人間に使われる筆ではなく。
『…貴女に使われるのは、なんだか違う気がするんです』
たとえ人の姿をとっていても、彼女は猫又なのだから。
「…いや、そういう意味で言ったわけじゃないわよ!こう、ただなんとなく、使ってみたくなったというか…。というか、あんたを使うのと私が飼われるのではまったく違うじゃない」
どうやら、まだ諦めていなかったらしい。
たまに出るこの方のしぶとさは、本当に厄介だ。
これが猫というものなのだろう。
『あの、もしなにか書きたいなら普通の筆を使われてはいかがですか?
もしくは、誰か使わせてくれるつくも神を探してはどうでしょう。
わたしは絶対に嫌ですが』
「…ちょっとだけでも?」
『はい』
猫又が食い下がるのにそうはっきりと答えると、ようやく諦めたのか、首をゆるく振った。
きれいに結った髪の毛が揺れた。
「ふん。あんたもなかなかに意思表示できるようになったじゃない」
猫又がそう言うのを、わたしは褒めているんだか憎まれ口なんだかわからないな、とぼんやりと聞いていた。
そのときだった。
「おい、中に誰かいるのか?」
男の声がした。聞き覚えのある声だ。
荷馬車のすぐ外にいるようだ。
もしかすると泥棒かもしれない、と近くにいる人を呼び、男は焦った様子で2,3度声をかけた。
少し騒ぎすぎたらしい。主に猫又が。
そう思いながら彼女に意識を向けると、いっそかわいそうなくらいに慌てていた。
美人が台無しである。
『猫又さん、早く猫に戻った方が…』
『わ、わかってるわよ。にゃんにゃごにゃぁ~、にゃんにゃごにゃぁ~…』
猫又は人の姿でさっきの猫又流踊りを披露した。さっきよりも格段に動きが素早い。
……なんだか、残念なものを見ている気分である。
「…誰もいないのか?おかしいな、確かに声がしたんだが」
「一応、開けてみよう」
猫又は「に“ゃっ」と鳴いて元に戻った。
ぼふん。




