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ずいぶん遠くへ来たものだ。
忘れもしない。ある時代に流行した映画の主人公の名セリフだ。
僕の頭の中でメリーゴーランドのように、どこかで耳にしたことのあるメロディーが流れ、ぐるぐると回転木馬のようにそのフレーズが駆け巡る。
次第に増す旋律。やがて僕の口から吐いて出た言葉が、今の心境とは似て似つかわしくもないその名セリフだった。
小説を読まなくなって九つの季節が過ぎ去った真実を、その言葉を口にしてほんの数秒後、脳の全細胞を捉えては離さなかった。
今では珍しい木造作りの机には引き出しはひとつもなく、ただ机の上には幼い頃、母に買ってもらった深い赤色に身を包んだ円形の目覚まし時計が置かれてある。
そして数冊の本。
六畳一間の洋室に照明は二つ存在するものの、その役割を見事に果たしているのは、そもそもこの部屋が作られたであろう時代から備え付けられているに違いない、天井から吊られている埃まみれとなった年代ものだ。
無造作に片手を伸ばして、カチッと卓上の電気を点けてみた。
接触が悪いのだろうか・・・。
やはり使うべきものを使わないと消耗の激しさとは矛盾して、劣化の進行具合は速度を増してしまうのだろうか。
二三度、カチッカチッと照明スイッチを押してみる。
天井の照明の灯りに負けじとばかりに、机の木目ひとつひとつまでくっきりと鮮やかに浮かび上がらせてしまう光を机一面に自慢気に見せつけた。
長年連れ添った友人の存在同様に、無意味にも置かれているような数冊の小説。
本棚に陳列されたあらゆるジャンルの書籍たちとは思い入れが違うのは明らかであり、僕は十年来の友人に数年ぶりに再会した瞬間の嬉しさを味わっては、二度と失うことのない感覚にまで意識は陥っていた。
ドフトエフスキーのカラマーゾフの兄弟や村上春樹のスプートニクの恋人、彼らの作品に魅了され、いつしか僕自身が作家として生活を送ることになった。