ミイとおばあちゃん
最初に出会ったのは、冬の夕方だった。
雪がちらつく路地裏、段ボールの中で震えていた仔猫を、おばあちゃんはそっと抱き上げた。
「寒かったねぇ……もう、大丈夫だよ」
それが、ミイとの始まりだった。
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おばあちゃんは一人暮らしだった。
旦那さんはずいぶん前に亡くなり、子どもたちは街を離れていた。
ミイは最初、警戒心が強かったけれど、やがてこたつの中で丸くなり、夕食の支度をするおばあちゃんの足元をついて歩くようになった。
「まるで、人間みたいだね」
そう言っておばあちゃんは笑った。
ミイは返事をするように「にゃあ」と鳴いた。
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季節は流れ、5年が過ぎた。
おばあちゃんは、よく話しかけるようになった。
テレビのニュースにひとこと文句を言ったり、スーパーの値段の愚痴を言ったり。
でも、そんな中に、ときどき混じる。
「もし、私がいなくなったら、ミイはどうするのかねぇ……」
ミイは何も答えず、ただ隣に座っていた。
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その日も、いつも通りの朝だった。
おばあちゃんは仏壇に手を合わせ、お茶をすすり、洗濯物を干して――
午後、こたつでうたた寝をしたまま、静かに息を引き取った。
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最初に気づいたのはミイだった。
こたつから出て、おばあちゃんの顔を覗き込む。
何度も前足で顔をトントンと触る。
でも、起きなかった。
その晩、ミイはおばあちゃんの胸の上に乗って、動かなかった。
そのまま、朝を迎えても。
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数日後、訪ねてきた娘さんが、涙をこぼしながら言った。
「最後まで一人で……でも、ミイがいてくれてよかった」
遺体が運ばれるその瞬間、ミイは小さく鳴いて、おばあちゃんの後ろを追おうとした。
「ダメよ、ミイ。ここにいて」
娘さんに抱かれても、ミイはおばあちゃんの布団から離れようとしなかった。
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それから、ミイはその布団の上で眠るようになった。
夜は仏壇の前に座り、おばあちゃんの写真を見つめていた。
時折、小さく「にゃあ」と鳴く声が、仏間に響いた。
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春が来て、桜が咲いたある日。
ミイはいつものように、こたつ布団の上で静かに目を閉じたまま、動かなくなっていた。
おばあちゃんの隣に帰っていくように。
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仏壇の花のそばに、ふたつの小さな写真立て。
ひとつは、笑顔のおばあちゃん。
もうひとつは、ミイがこたつの中から顔を出している写真だった。