ツキのない街 (2)
結局私たちが宿泊した施設は大浴場と朝食付きで一人当たり六千デルという、なかなかよいところだった。
夕食を近くの店で済ませ、ふろ上がりの一杯を喉に流し込んでいた時の姉の顔……。殴っても怒られないような気がした。
「それで、姉はさっきのお店で何かかんじた?」
私は先ほど麻雀をプレイしていた店の違和感を確認したくて質問した。
「特に何も感じなかったわね。ただ、全体的に鈍よりと停滞した空気感があったわね」
「やっぱりそうだよね。にもかかわらず、誰も気にしていない。そうであることが自然であるかのような振舞だったよね」
「それと、いかさましている人も今日のメンツの中にはいなかったわね」
姉には先の能力を用いて、周囲の調査をお願いしている。生命体に変化できる能力は虫のような微小な生き物にも対応可能である。
テレパシーなどの能力があればより効果的な活用ができるだろうが、私たちは備えていないし、おそらくは規制対象の能力であろう。
認めてしまえば国内に送り込んだスパイなどと足が付かない連絡が容易になるであろうし。
そのため私たちは初めて訪れた賭場に関しては、分析を行い共有する。
ルール上いかさまは指摘されなければ黙認されている。無印(能力を使用しない)のいかさまであれば論理的に証明の使用もあるが能力の発動は基本的に感知できず、明らかな変化をもたらす効果であっても発動の証明をすることは非常に困難である。
それゆえ、周囲を観察し能力もちかを判別したうえで、対策を施すことまでしかできない。
姉曰く、本日対局したメンツの中には目に見えて危険な人物はいなかったという。実際私が戦った相手は非常に凡で脅威とは感じなかった。
しかし、私たちは何かしら「感じた」場所を選ぶ。今日行ったそこは、たしかに特異な空気を放っていたのだが、今日はどうも不発だったようだ。
「ひとまず明日もあそこに行こうと思う。少し不穏なそれでいて追い風が吹いている気がするから。と、その前に……明日の午前中は住宅街のほうに行ってみようと思う」
歓楽街は夜の街である。日中に営業している店はむしろお洒落なカフェが中心であり、そういうのに無頓着な私たち(主に私)には無関係な場所である。
それよりはこのまちの異常性を解明すべく、今は闇に包まれている街中へ行くほうが良いだろう。
翌朝、ホテルについていたビュッフェ形式の朝食をすませ外へ出る。
朝でもそれなりに賑わっているが、昨晩ほどの喧騒はない。いかにも夜の街という感じだ。
人の属性もかなり変わっている。周囲に大きな駅がここにしかないこともあり、通勤・通学の人が目立っている。
朝夕で人口の住み分けがされている印象だ。これが日中になるとマダムやお洒落な女学生などが集うのだろう。ある種きれいな循環型社会のように思える。
これが中心部を離れるとどうなるだろうか。ひとまず駅を背に直進してみる。しばらくはチェーンの飲食店や複合商業施設などが立ち並んでいる。そう考えるとここは相当都会のようである。
しかし二キロも歩けば突如として平穏な住宅街へと風景が移り変わる。まるで、見えない壁が明確に世界を分絶しているように。
「妙ね。ここまで急激に世界観が変わるなんて考えられる?これほどの大都会であれば住宅街といえど、高級な雰囲気が漂うはずだと思わない?」
「そうね結衣ちゃんの言うとおりだと思うわ。ただ、そういうところがあってもおかしくはないんじゃないかな。それよりも、街灯どころか電気線するないことのほうがよっぽど気懸りだわ」
噂通り、この住宅街に入った瞬間目立った明かりを灯すものがなくなっている。電線自体はあるからこそ余計に奇妙である。
なぜこのような街づくりになっているのか。それを知るためには街の資料館へ行くのが手っ取り早い。
街と駅前の境目からさほど遠くない場所に図書館が建っている。二階建ての建物で図書館としては小規模かもしれない。この図書館の二階部分の一部が資料室として充てられているらしい。
実際に入ってみれば、中は至って変わり映えもなく文庫から雑誌、子供の読み物などあらゆる書籍が蔵書されている。
午前中ということもあって高齢の方が多い印象だが、それなりに利用客はいるようだ。
一回は文庫や雑誌など大衆向けの書籍が並んでいる。読書スペースなども設けられており、快適に使用できる空間が整っている。
私たちはさっそく二階に上がるが、二階は専門書や辞典など学術書が多く書架されている。その一番右奥に展示スペースが設置されている。
仕切りなどはなくオープンスペースとなっているが、人は誰もいない。順路が指定されており、指示通り進んでいくとこの街の変遷を辿れるようになっている。
街自体は比較的新しく、数百年前に荒野であったところを開拓し、小さな村が形成された。当時の帝国が都を遷都させたさい、旧都と新都の中間に位置するようになり急速に発展したようだ。
いまから百数年前の写真も展示されていたが、電灯でないにしろガス灯だろうか、いずれにせよ明かりを確保する設備が整っていたのだ。
それが約三十年前の写真となると突然街灯がなくなってしまうのだ。
「あら、つい最近まではしっかりと整備されていなのね」
「そうだね。三十年前、ちょうど町長が現代に代わったのもその時期のようね」
就任時の写真も展示されている。そこにはうら若き女性が、軽装をまといなぜか片手に雀牌を持っていた。到底、公人とは思えない。
私たちがまじまじ資料室を閲覧していると、背後から声がかかる。どうやらここの職員の方らしい。
「あら、ここを利用されるなんて珍しいお客さんですね。この街に興味があおりですか?」
話し方から柔和な感じがする、老年の方である。この年齢層であれば転換期を経験しているだろう。話を聞く価値はありそうだ。私は彼女の問いかけに首肯する。
「見てのとおり以前は普通の街並みを呈していました。しかし現在の町長に代わった途端、街から街灯が消えました。彼女は夜の街を完全な闇と光に分断しました。そして、誘蛾灯のごとく歓楽街を金の降る街へと変革させました。その結果として街はいびつな形で発展し、現在に至ります。住民としては全く賛同できることではありませんが、まるで魔法がかかったように彼女に反抗できないのです」
そこまで話を聞き、私は説明してくれた職員の方にお礼を伝える。
話を聞く限り、街長は間違いなく能力持ちである。禁忌として制限されないが、何かしら人の行動を制限する力を持っている。
彼女がどんな意図をもって二極化させたのかは定かではない。私は政治家でも評論家ではないため、政治の良し悪しを解くことはできない。だが、明らかに適切な政策ではないことはわかる。
彼女に会って話をしてみたいところだ。ただ純粋な興味本位として。
私たちに説明をして満足そうに去る職員の方を呼び止め質問をする。彼女はどこにいるかと。
職員は少々困惑しながらも、
「正確な場所は知る由もないけれど、「バリーズ」という賭場にいるとは聞いたことがあります。彼女自身かなりのギャンブラーなようでして……」
改めて職員の方にお礼を伝える。そして姉のほうに目を配る。
「何も言わなくても結衣ちゃんの考えていることはわかるわ。会いに行きたいんでしょ?」
さすが姉だ。私のことをよくわかっている。言葉にせずに満面の笑みをたたえると、姉は若干呆れた表情をしながらも私についていく意を表した。
最後までお読みいただきありがとうございます。
麻雀回はいつになることやら……。私にも制御できない方向に話が進んでいるような気がします。(もはや旅もの)
また来週投稿できるように頑張りますので何卒よろしくお願いします。