第9話 六六六。
迷宮なんてものも碌なものじゃない。
例えばそう、一番分かりやすいのがこの六六六層。
ここは、迷宮の中でも一般的な落とし穴の罠にかかると、一定の確率で落ちる最悪な場所。
通常の階層とは違い、ここに落ちるとほぼ固定の迷宮内を散策する事になる。
地表は紅く、壁も血が通っているのかどこか毒々しい。
昔は赤い壁が脈を打つ姿が神々しいとかいう馬鹿が何人かいたりもしたが、そういった輩は精神汚染されて、最終的にはここにいる有象無象の何かに変わり果てていく。
まるで生きているかの様な禍々しい場所でもあるが、深層を突き進む者達にすれば慣れてしまう場所でもある。なぜなら、ここはどこの階層からでも穴に落ちて行き来できる場所だからだ。
一応確立があるので運が悪いと。付け加えるならだが。
深層を目指してる途中で、ここに来ると人によってはやる気を削がれたり、一旦戻って小休止する者もいるが、迷宮に魅入られた者は大抵また深層を目指す。
ので、ここのフロアは初級から上級、さらに廃人などの探索者と出くわすときもある。ただし、敵が多いので滅多に会話する機会もない。
六六六層を進めば、必ずと言って良いほど敵は悪魔とご対面する。
交渉? そんなものは無い。
出会えば即戦闘、先手必勝の心構えでぶつかり合うしかない。
俺はそんな階層の中で口笛を吹きながら、顔面蒼白な二人の前を歩く。
歩いているフロア内を魔法で確認しながら、先ほどから悪魔的な何かと会敵している。
そりゃそうだ。悪魔が沢山出てくる場所で口笛なんて吹いてるのだがら。
『悪魔さんどうぞ出てきてください』なんてやる呼び込みの儀式も真っ青だ。
歩いてると先々でご丁寧に前方の地面に召喚陣が現れて真っ黒な敵が出てくる。
黒いシルエットから彼ら、悪魔達の姿が確定する前にこちらが動く。
出会うたびに先手必勝、手加減無用の悪即斬。
この階層において、出てくる敵は大抵知り尽くしてるからな。
相手に何かをされる前に、口笛にのせた灰に変える魔法で消滅を図る。
見るからに大柄の翼を持った悪魔も、ずる賢そうな小さな悪魔も、大きな目玉のような化け物も、見敵必殺だ。
正体が分かる前に灰にしていく。
崩れ去った悪魔の残骸からは、その場に宝箱や、素材となる悪魔だった物が落ちるが、そんな物に目配せしている暇は無い。
今は依頼が先だからだ。
しかしながら、戦闘も知らない子供達をつれて、こんな場所に来るイカレタ魔法使いが何処にいるだろうか? 多分、過去を探しても俺くらいだろう。
転移の魔法でここまで楽をして来た訳だが、本来は落とし穴でしかここには来れないし、少し苛立たしいのは六六六層において、一箇所でしか転移の魔法が通らない。
なので、帰りに転移の魔法を利用するなら、その一箇所なのだが、この六六六層は悪魔が多く出てくるため、帰りも考えるならこちらで調整をしなきゃならない。
ここの悪魔は一定数狩り尽くせば、一時的に出現しなくなるからな。
パーティで挑むなら、先に支援魔法を掛けてから穴に落ちると良いかもしれない。
一見さんお断りの悪魔パニックに肝を冷やすかもしれないが。
あと、ここの敵は生命搾取をしてくるので性質が悪い。
悪魔なんてのは生命力奪ってナンボの者でもあるわけだから、仕方が無いかもしれないが。
「ここが六六六層。
ルーンとリーンの母親が居る場所だ。
悪魔が多くてかなわない」
「ここにお母さんが居るの?」
「なんか怖いよココ……」
二人の反応に思わず俺は笑う。
「ははは、それが一般の感覚だろうな。
まあ、それで良い。
ここが一般的に思えてきたら末期だからな」
そう、末期になると冒険者達はここで金稼ぎをしはじめる。
狂気の産物を我が物顔で回収して、仲間が死のうが、自分が死のうがお構い無しにだ。どっちが悪魔なのか分からない事この上ない。
悪魔だって馬鹿じゃない。何度も倒されていけば、それ相応に強くなる。
そうなってくる前に撤退するのがオススメだが、ギリギリまで冒険者達に金銀財宝を落とすわけだから、のめり込んで敗北なんてのは当たり前にある。
それでも、六六六層のルールによって、悪魔達には魔法が絶対に効くので魔力が切れない限り困りはしないが。
ちなみにこいつらに接近戦のみで挑むのはオススメしない。
精神異常の魔法が多過ぎるからな。
逆にそうだな……。精神魔法を反射する装備一式があるのであれば、楽かもしれない。ただそれも、何時かは看破されるとおもうが。
相手は悪魔だからな、いつの時代も彼らは悪知恵をつかってくる。
ローブにしがみついてくる二人がいて若干歩きづらい。
それでもパニックに成らず、二人は周囲をしっかり見ている。
二人が精神汚染されないか、目を見張ってはいるが、やはり迷宮との何かしらの契約をしている様な気がする。
悪魔を見てもビビったりせず、周囲を見ても意識をしっかり保っている。
子供にしては冷静すぎる気がする。
そこそこの冒険者だって、ここではかなりビビりになるからな。
本人達は何を契約したのかを理解はしていないとは思うが、俺ともつながりの様なものを若干感じる様な気もする。
できれば、それが俺の縁を取るだけの理由にして欲しいものだ。
「なんで悪魔はすぐに崩れちゃうの?」
「先手必勝の魔法をぶつけているからな」
「なんで口笛を吹いて悪魔を呼ぶの?」
「その方が手っ取り早いからな」
歩きながら何か思うところがあるのか、子供達が疑問を投げかける。
「悪魔が落とした財宝は取らないの?」
「価値はあるだろうな。ただ、今やることじゃないだろ」
「お母さん見つかる?」
「魔法使いだからな? まあ、任せておけ」
****
ゆっくりと確実に進み、悪魔達を潰しながら、迷宮を突き進むと、突き当たりのところで扉が見えてきた。
なんとも気色の悪い扉だが、ここがこの階層においての安全な場所の一つだ。
本来はこの扉は開いているのだが、誰かが入ると閉まる仕組みになっている。
現在では別に罠とかがあるわけでもなく、内側からも外側からも開けることは出来るのだが、ここには悪魔が入れないようになっている。
まあ、聖域みたいなものだ。
実際のところは、かなり前の時代にここに偶然上級悪魔が出現して、それを冒険者が討伐して、このフロアを封印したのが発端だったりする。
今でも聖域が活性化してるのは、冒険者達にとっては助かる事でもあるが、ここからどう脱出すれば良いのかは……。まあ、外が悪魔だらけであれば、どうしようもないきもする。
念のため、扉を開ける前に罠感知の魔法と、対悪魔用の魔法を掛けておく。
ゆっくりと扉を押して中を軽く覗く。
「……おやおや、これはもう年貢の納め時かい?
可愛い子供達が迎えにきてくれてるじゃないか」
そこに壁にもたれかかって、息をするのも厳しい獣人の女冒険者が居た。
左足を折っているのか、あらぬ方向に曲がっているのが痛ましい。
腹部も何かに攻撃されたのか少し赤く濡れているが、そこは止血したみたいだな。
「お母さん!」
「しっかりしてお母さん!」
子供達がかけよって母親らしき人物を支える。
「幻覚にしては結構嬉しい事してくれるじゃないか。
こういう最期なら歓迎だよアタシはね」
「魔物だったらこんな結末を用意なんてしてくれないさ。
アンタは運が良かった。ただ、それだけの事だ。
俺はこの子達に雇われた魔法使いだ。
見たところ、結構ダメージが酷そうだが、回復をしても?」
「へぇ。迷宮ってのは親切じゃないのかい?。
まあ、そりゃそうか。迷宮なんて碌なものじゃない。
じゃあ、アタシは何を見てるんだい?」
目が空ろな冒険者を見て、俺は許可を貰わずに足に手を添えた。
「アンタは運が良かったんだ。
誇って良いぞ。運が良い冒険者には現実が待ってるからな」
治癒の魔法が足を覆い、曲がった足が戻っていく。
続いて腹部の治療。痛みが引いて少しだけ表情が和らいだ。
「現実って言う天国ってのは……良い所なのかい?
痛みが……引いていくよ……」
「お母さん帰ろう!」
「こんな怖いところに居ちゃだめだよ」
「そうだね……帰ろう……アタシ達の……」
二人の声に反応して母親が意識を失う。
精神的にかなり辛かったのだろうな。
一人でここじゃ頭もおかしくなる。
「休ませてやれ、もう疲れてたんだ。
帰りは俺が背負って行けば良い」
「お母さん大丈夫?」
「お母さんは助かる?」
二人の心配に俺は不敵に笑った。
「大丈夫だ。足も腹も治した。
さっさとここから帰るぞ」
「また、怖いところ通っていくの?」
「危ない道通るの?」
「いや?
帰りは魔法だ。
俺は魔法使いだからな?」
周囲に光が集まって、俺たちは消えた。
そこで何事も無かったかのように。