『花の乙女と七人の勇者』
父上から自分の秘密を聞かされた日。
既に体の一部となっていた 中指に嵌めている金の指輪を外すと白い煙が体を覆い、本当に女の体になっていた。
性別入替の指輪…
父上は禁術だと言っていたが、どうやってその指輪を手にしたのかは話さなかった。俺としても、大変に混乱していたので、そこまで頭が回らなかったと云うほうが正しい。回らないどころか、割れるような痛みに耐えていると、どこからか声が聴こえてきた。
ぐわんぐわんと不規則に響く異音の中で、小さな声は 段々明瞭になり、やがてハッキリと聞こえた。
(…どうして、私の推しは死ぬのか?…)
その声を皮切りに、凄まじい情報が頭の中に流れてくる。藤沢 蘭として生きた一生。沢山の小説、漫画、ゲーム…。余りの情報量に押し潰されそうになる。しかし、その中で見逃せない話があったのだ。
それは藤沢 蘭がやっていたスマホゲーム、『花の乙女と七人の勇者』だ。
これは乙女ゲームと呼ばれるジャンルで、魔法学園へ入学する所から始まる。ヒロインはピンク色の髪の可愛らしい女の子、ジュリア(公式名)プレイヤーはヒロインの名前を任意の名前に変えられる。
七人の勇者とある様に、攻略対象者は七人。その内の誰かを選び、好感度やミッションをクリアしながら、数あるハッピーエンドを目指す。このゲームは、まず最初に攻略対象者を選ぶ事から始める。流れの中で好感度が高い人物のルートに入る方式ではないのだ。
勿論、バッドエンドも隠しエンドもある。
攻略対象者は、第一王子アルフレッド・デ・バスクード。騎士団の副団長ルーカス・アンダーソン。魔術師ルシア・ラーダー。後輩ルイス・シュナウザー。生徒会長レック・マダラ。クラスメイト リーフ・ファトソン。そして…この俺、三大公爵の一柱 レイモンド・アクアベート。
藤沢 蘭は、このゲームをまだ副団長ルートと王子ルートしかやっていなかった。何故なら、王子ルート中にオスカーと出会ったからだ。何とかオスカーを幸せにしたかったが、オスカーは攻略対象者では無い。それ所か、最終章で倒さねばならぬ。なんと言う不条理…、やや抜けている王子に愛想を尽かし好感度ゼロでやれば、魔王と化したオスカーを救えるかと思ったが、結局 王子と三大公爵に倒され、その戦いで王子も死んだ。見事なバッドエンドであった。
何とか生かす方法は無いかと、攻略本やサイトを読み漁ったが そもそも攻略対象者じゃ無いので 情報が少ない。有るのは二次創作(腐)ばかり。それはオイシク頂いたが…
ああ、理不尽…。
分かったのは、他のルートには余り出て来ないという事。第一王子と第二王子の確執をメインストーリーにしてるから、王子ルートだと出て来るのだ。
悲しかったが、珍しく主人公を好きになった時ですら、その主人公が死んだので(主人公なのに!)静かに瞳を閉じて冥福を祈った。
そう、ゲームであったら どうしようも無かった事だが、ここはそのゲームの世界だと思われる。どんな理屈かは知らないが、異世界転生が流行っていると言うことは、行って来た人が居るのでは?
そして、それが今まさに、自分の身の上に起きているのではないか?
ああ!この世界なら、オスカーを救う事が出来るんじゃ無いのか!
藤沢 蘭の気持ちを思い出すと、何とも不思議な気持ちになる。俺、レイモンドにとってオスカーは、幼い頃からの顔馴染みで、一人だけ三大公爵の血が入っていない事を気にしてて(元を辿れば全て血縁なんだが)、皮肉屋で、顔が良くて、人と居るのは嫌なのに 孤独を嫌う子供だ。
『花の乙女と七人の勇者』の中のオスカーは、第一王子に複雑な思いがある上に、花の乙女と呼ばれる聖女に出会い 心惹かれるものの、彼女は第一王子と懇意になってしまう(しょうがないよね、攻略対象者だもん)。そして、第一王子を排除し、王座に座ろうとするが 失敗して魔王と成り果て討伐されてしまう。
あのオスカーが、一人の令嬢に そこまで入れあげるとは とても信じられないが、聖女と云う事らしいので、それも有りうる話なのかも知れない。何か不思議な魅力があるんだろう。
だから、俺はオスカーが出来るだけ魔王化しないように、気分を変えてやる様にすれば良いのでは無いか?
後は、馬鹿な真似をしないように、オスカー派をうまく操らねばならない。これは、今に始まった事では無いし、オスカー派だけでなく アルフレッド派やダニエル派の動向にも目を光らせている。これも父上の指導によるものだ。
昨日の魔法学園の入学式、それとなく見回してみたが、聖女なる花の乙女が居るのかどうか、分からなかった。
なにぶんこちらも混乱していたので、正常な判断も出来なかったし、ピンク色の髪の子は意外と多いし、あのゲームではヒロインの顔がぼかされているか、映らないようになっていたので(プレイヤーが感情移入しやすいようにだろう)、誰がヒロインか分からなかったのだ。
そもそも、この世界が『花の乙女と七人の勇者』で無い場合もある。異世界転生物では、似てる世界や、その後の世界なんてのもある。それ所か、物語に強制力や修正力が働いて、思い通りに真実を話せない なんて事まである。
仮にこの世界が、『花の乙女と七人の勇者』だった場合、ヒロインが誰を選ぶかも重要な要素になる。
王子ルートを選ぶなら、オスカーは魔王化してしまうし、他のルートは副団長のやつしか知らない。それ以外を選ばれたら対処のしようがない。まてよ…確か、副団長ルートの最後で魔王を討伐したな…。
突然現れた魔王だと言われていたけど、まさか、アレもオスカーだったのか…?
そうなると、全てのルートで最終的に魔王を倒す事になるのか…?
そうか、タイトルに勇者が入ってると云う事は、魔王を倒す事が前提となるのか…!
そして、まさか…全ての魔王は…。
なんて事だ!このゲームの制作者は何を考えているんだ?ちゃんとそれぞれの魔王を考えんかい!オスカーの魔王化を使い回すんじゃない!
そんな恐ろしい推測に至ってしまった。俺はオスカーの魔王化を防げるのだろうか…?