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序章

「……またか。」


 私の名前は、藤沢 欄(ふじさわ らん)。四十二歳 女性 会社員。いつものようにソファに寝そべって読んでいた小説を閉じた。目を瞑る。そして深いため息をついた。

「ああ〜!!どうして私の推しは死んでしまうのか?!」


 世の中には一定数居ると言われる『脇役推し』。

 そう、ヒーローを盛り上げ、イベントを巻き起こす役目を担っているのに決してヒーローには慣れない、それが脇役。当て馬、かませ犬……そんな人を心から愛する『脇役推し』。

 私もその中の一人だ。


 大変残念な事に、物語が進むとそんな脇役は出番を失い、ヒーローとヒロインの恋物語が話の中心となる。出番を失う…それだけならまだ良いが、今回の様にヒーローを守って死んでしまう事も珍しくないのだ。闇堕ちして、ヒーローやヒロインに倒されたり…なんと不憫な事か…。

 しかし、脇役だからと言って必ず死んでしまう訳では無いのだ。良きサポーターになったり、影から支えたり…そうなればスピンオフになると云う奇跡を起こす事も出来る。人気のある脇役は将来性があるので素晴らしい。

 だが、私の推しは、何故が前半中盤で死ぬ。

 生き延びた!と思っても、終盤で死ぬ。今回はそれだったので、絶望が深い。ハラハラしながら中盤を通過し、最終章まで辿り着けた時はガッツポーズをした。

ああ、それなのに!敵からヒーローを護るため、言葉通りその体を盾にしたのだ…。崩れ落ちる傷ついた体、叫ぶヒーロー、何とかしようとするヒロイン…しかし、ああ、しかし、無情にも推しは天に召され、それによってヒーローは新たなる力が目覚め敵を一掃する…めでたしめでたし、で終わった訳だ。

 ああ〜、辛い。どうして死ぬ必要があったのか?

 最終章まで行ったんだ!何故、ハッピーエンドまで連れて行ってくれないのか? そもそもヒーローよ、そんな力があるなら どうして、さっさと覚醒してくれなかったのか?

 分かっている…、この山場を作る為に推しがずっと側にいた事を…。ああ…。

こんな事は、何も初めてでは無い。何故か、私の推しは死んでしまう。ヒーローが好きになれない弊害か…。キラキラ真っ直ぐ太陽みたいなヒーローには、心が惹かれないんだからしょうがない。

 気を取り直して、スマホを開いた。悪役令嬢物を読む為だ。最初は異世界転生してヒロインになる、と云う読物だったけど、いつの間にか悪役令嬢に転生したり、モブに転生したりする物も増えて、とても面白い。

 これは脇役推しの同士が作った流れなのかも知れない。そうだよね!脇役もヒーローになって欲しいよね!しかし、脇役がヒーローになっている場合、何故か更に脇役が好きになるので、あまり意味は無いのかもしれない。完全に私の性癖のせいだ。

 


 ◇◇◇

「おはようございます。レイモンド様。」

 従僕のロイがカーテンを開けてから、豪華なベッドに眠る三大公爵家の嫡男レイモンド・アクアベートに声をかけた。

「おはよう、ロイ」

 ゆっくりと瞼を開き 深い海のような青に、金粉を散らした瞳が現れる。挨拶を返すと、ロイはすぐに紅茶の準備を始める。体を起こしながら、レイモンドは呆然としていた。

「レイモンド様、こちらをどうぞ。」

 白い陶器のカップにはバラ色の紅茶が湯気をたてている。受け取って一口飲むと、体の隅々まで行き渡るような感覚がして、深いため息をついてしまった。

「…」

 ロイは物言いたげにこちらを微笑んで見ている。分かってる。昨日の事について知りたいんだよな?ロイは俺の従僕だ。朝から晩まで、それこそ二十四時間三百六十五日一緒と言っても過言では無い。『二十四時間三百六十五日』は、()()での言い方か…と思ってまたため息がもれる。

「……」

 ロイの顔が近くなった。分かってる。話しておく必要があるのは分かっている。ただ、何と説明したら良いのか…。項垂れ(うなだ)ているとロイが話しかけて来た。

「私がこんな事を言うのは、差し出がましい事と承知しておりますが、私は貴方様の従僕です。知らない事があるといざと言う時に、貴方様を護る事が出来ないかも知れません。」

 生まれた時から一緒いるロイが こんな丁寧語を使い出したのは、最近だ。魔法学園に入学する事が決まり、主従関係を明確にする為だったが、ずっと気安く話して何もかも打ち明ける間柄だったのに、言葉使いひとつで遠くなったような気がして酷く寂しさを感じた。

 将来、王家を支える三大公爵の一柱として君臨しなくてはならない立場で、何を弱気なと思わないでも無かったが、寂しいものは寂しい。

「分かっているよ…。あー、昨夜父上に呼ばれたのはな…」

 ガシガシと金の髪を掻きながら、三大公爵の一柱、ライザー・アクアベートに書斎に呼び出された事を思い返した。



「お前に言っておかなくてはならない事がある。」

 広い書斎の中のソファに向かい合って座ると、ただならぬ気迫の父上が両手を組み合わせ 祈るかのようなポーズで話始めた。

魔法学園への入学が明日に迫った今、何を言われるのかと自然と腹に力が入る。父上は、やがて自分と同じくアクアベート公爵を継ぐ俺に、とても厳しかった。勿論、それは俺を愛しいるからこそ、数々の困難に直面した時の為に自分を護れるようにと思っているからに過ぎない。自らも通った(みち)なのだ。


 この国、バスクード王国は魔力と共に発展して来た。人々は皆、魔力を宿し、これを行使する事で暮らしている。その中でも強い魔力を持つバスクード王家、そして、その王家を助力する三大公爵家、水魔法の使い手 アクアベート、火魔法の使い手 シュナウザー、草魔法の使い手 ラーダー。そしてその下に控える五大侯爵家、貴族や平民に至るまで魔力保持には個人差があるが、皆 魔法が使える。

 その為、十二歳になると魔法学園に通い、その使い方や抑え方、人間関係などを学ぶ為に入園する。

 基本的には寮に入る事になるが、王家の者と三大公爵家の者は警護の観点から通いとなる。十二歳から二十歳までの九年の間に、何かあってからでは遅いのだから。


 レイモンドは通いの為、他の子と違い そう準備する事もなく、こんな風に父に呼び出される理由が分からなかった。

「…お前は、その指輪を今まで外した事はないな?」

 重苦しい声で父上が口を開いた。

疑問形ではあるが、それは断定の響きを含んでいた。ふと右手の中指にハマった金色の指輪を見る。これは物心着く前から嵌っていて、体が成長してもキツくなることも無く、普段は意識さえしていない体の一部のような物だ。

「はい。如何なる理由でも決して外してはならない、との仰せでしたので…」

 何の話かと、レイモンドの美しい顔が疑惑に歪む。父はため息をついて視線を逸らした。

「出来れば…一生言わずに置いた方がいいのかも知れん。しかし…お前には知る資格があると思う。」

 観念したように低い声で話し出す父上。こんな声音を聞いたのは初めてだ。いつも冷静で感情を表に出す事も稀なのに。ゴクリと喉がなる。何か、飛んでもない話を聞かされる予感がして、背中が寒くなった。


「ローランドは先月、三歳になったな。」

 ローランドは、俺とは母親が違う十歳下の弟だ。何故、ここでローランドの話が出るのかと困惑した。ローランドは生まれながらに病弱で、ちゃんと育つか心配されていたが、ここ半年程は歩いたり走ったり出来る程、順調に成長している。

「ええ、バースデーパーティでは初めてケーキを食べて喜んで居ましたね…ま、まさか!ローランドに何か?」

 小さい口にケーキを入れてやると、可愛らしいほっぺたを両手で押えて、キャッキャと騒ぐローランドが思い浮かんだが、もしや何か病気にでもなったのでは無いかと不安になった。

「いや!そうでは無い。ローランドの健康状態は良好だ。そうでは無いが、ローランドが元気である、と云う事にお前が関係があるのだ…」

「それは…どういう事でしょう?」

 困惑を通り過ぎて最早、混乱している。父上は何が言いたいのだろうか?


「私はミリアを心から愛していた。」

 また話が飛んだ。ミリアは俺の母上の名だ。俺を産んですぐに亡くってしまったので、どんな人だったのか知らない。

「当時、私は父を亡くし、当主となる事が決まっていた。その後、お前が生まれ喜びに包まれたと云うのに、今度はミリアを亡くしてしまった。周りはすぐに後妻を迎えるべきだと騒いだし、私もそうするべきだと思ったが、度重なる悲しみで私は心が弱っていたのだろう。結局、後妻を受け入れたのは随分経ってからになってしまった…。」

「……」

 なんと返せば良いのか分からずに黙り込む。話が見えない。王家は血を守る為に 沢山の側姫を娶る事を義務付けられているが、三大公爵もこれに漏れず 血を守るべきとされている。三大公爵も王家の血筋だからだ。


「…レイモンド、お前がつけている指輪だが…」

 いつも理路整然と話す父上とは思えない、随分と歯切れの悪い話方だ。一体、どうしたと云うのだろう?

「…その指輪は禁術で出来ている」

「禁術…」

 思わず繰り返してしまった。

「死者を復活させる禁術と同じだ。まあ、どんな物を用いても死者を復活させた者などいないが…その指輪は本物だ。」

「本物…まさか、俺は死んで、蘇った…とでも?」

 そんな馬鹿な、と顔が歪む。

「そうではないが…それに近しい事ではある。」

「えっ、ちょっと待って下さい!どう云う事ですか⁈この指輪は何なんです⁈」

 思わずソファから立ち上がりかける。

「…その指輪は…」

「指輪は⁈」

とても言いにくそうに父上が答える。

「…その指輪は…、性別を入れ替える…。」

 

 

 

 

 

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