第3話「俺は猫?を解剖する」(2)
「くそ……囲まれたか。」
霧の中に浮かび上がるフェラゴたちの影。毒瘴に包まれたその体は、鋭い牙と赤く光る瞳を不気味に輝かせている。完全に包囲されていた。
「アイシャ……!」
俺は彼女の元へ駆け寄り、倒れ込んだ体を抱き上げる。意識を失っているのか、青白い顔の彼女は微かな吐息を繰り返しているだけだった。
「頼むから……しっかりしてくれ。」
彼女を茂みに隠すと、俺は立ち上がった。ナイフを握り直し、周囲の獣たちに向けて構える。
「俺がやるしかない……!」
鋭い唸り声が響き、フェラゴたちが一斉に動き出した。その瞬間、アイシャの体が青白い光を放った。
「……何だ?」
柔らかな光が俺たちを包み込み、毒瘴をかき消すように風を巻き起こした。フェラゴたちは一瞬動きを止め、その瞳には明らかな恐怖が浮かんでいる。
「今の……アイシャがやったのか?」
振り返ると、彼女の体から溢れていた光が徐々に収束していく。だが、彼女の体は力を失い、ぐったりと崩れた。
「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」
声を掛けても、彼女は反応しない。その体温が急激に冷たくなっていることに気づく。焦りが胸を締め付けた。
「くそ……!」
俺はアイシャを再び茂みに隠すと、ナイフを構え直した。毒瘴の中からフェラゴたちが再び姿を現し、牙を剥いて襲いかかる準備を整えている。
「聖獣だろうが何だろうが……俺が倒す!」
ナイフを握る手に力を込めたその時だった。鋭い音が空気を裂き、矢が毒瘴を切り裂いてフェラゴの頭部を貫いた。
「危ないところだったね。」
霧の向こうから軽やかな声が聞こえた。現れたのは、弓を手にした男だった。
「……誰だ?」
俺はナイフを構えたまま、冷たい視線を向けた。
「まあまあ、そんな怖い顔するなよ。」
男は矢筒から新たな矢を引き抜き、弓に掛けながら肩をすくめる。
「こっちは助けてやったんだぜ。感謝くらいしてくれよな。」
霧がわずかに動き、次のフェラゴの群れが現れた。その数はさっきよりも多く、さらに動きも俊敏だ。
「来たか……!」
俺は再び構え直したが、男が肩越しにこちらを見て笑った。
「心配いらないさ。君は休んでなよ。」
その言葉が終わるより早く、男が弓を引き絞り、矢を放つ。次の瞬間、先頭のフェラゴが急停止し、その頭部に正確に矢が突き刺さっていた。
群れはひるむことなく突進を続けるが、男の手は止まらない。矢を次々と装填し、素早く放つ動作は無駄がなく滑らかだった。
「……一瞬の隙もない……!」
俺は息を呑みながらその動きを見つめた。フェラゴたちは次々と矢に貫かれ、霧の中で動きを止めていく。
「ほら、次はそっちだ。」
男は矢を構えたまま軽く指差す。そこには、迂回しようとしていたフェラゴが一匹。
弓が放たれると同時に、矢が毒瘴を切り裂いてそのフェラゴを仕留めた。まるで彼に逃げ場など最初からないと言わんばかりだった。
数秒のうちに群れは壊滅し、霧の中には静寂だけが残った。
「これで全部かな?」
男は最後に矢筒を確認すると、満足げに頷いて弓を下ろした。その動きには緊張感のかけらもなく、余裕が漂っている。
「……何なんだ、お前。」
俺はナイフを下ろすことも忘れたまま、呆然と呟いた。
「僕? 名前はユーユ。‘クラレス’の射手さ。」
男は矢筒を背中に戻しながら、いたずらっぽく笑みを浮かべた。茶色い短髪は無造作に整えられ、鋭い目つきがその軽口とは裏腹に冷静さを物語っている。日焼けした肌には小さな傷跡がいくつも走り、長い放浪の跡を感じさせた。
「……クラレス!?」
「お、いい反応だね。その通り。どうも、国家反逆者です〜。」
彼の腕に刻まれたタトゥーには蔦が絡み合うような紋様が走っている。彼はにやりと笑い、矢を弓に掛けて言う。
「君たち、禁忌者だろ? いやあ、ちょっと興味深い“秘密”を抱えてるみたいじゃないか。」
彼は矢を手にしながら、わざとらしく俺とアイシャを交互に見やる。その視線には、ただの好奇心以上のものがあった。
「なんで、助けてくれたんだ?」
俺がさらに問い詰めると、彼は笑みを深めた。
「クラレスは逃げ場のない人には寛容なんだ。それに……君たちを放っておくと、何か面倒なことになりそうだからね。」
彼の言葉には軽さがあったが、その視線には鋭さが宿っていた。
「……案内してくれないか。クラレスまで。」
俺はアイシャを抱き上げ、深く息をつく。ユーユが矢を弓に掛けながら振り返り、霧の中を先導する。
「もちろん。さあ、ついてきなよ。この先も安全とは限らないけどね。」