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第3話「俺は猫?を解剖する」(1)

 空を見上げた瞬間、巨大な影に息を呑んだ。島の空を覆い尽くすほどの大きさ――神格級の聖獣だ。毒瘴が渦を巻き、島の魔力が引き寄せられるようにその巨体へと流れ込んでいく。空気が歪み、肌に刺さるような感覚が広がった。


「全隊員、撤退! 神格級が現れた以上、禁忌者どころではない!」

 リヴィアの鋭い声が森中に響く。指揮官としての冷徹な判断が、セクリオン部隊をその場から退かせた。


「隊長、しかし禁忌者が――」

「命令だ! 島の安全が最優先だ!」

 その声に、部隊は渋々従って撤退していく。


「神格級……。」

 魔物――アルカナには、その力や影響力に応じた「等級」という分類がある。アルト・レムリアで生きる者たちには常識だ。


 俺は巨体を見上げ、息を整えた。その姿は空そのものを裂くように、毒瘴の渦を従えて漂っている。神格級が現れるのは滅多にない。だが一度その巨影が空を覆えば、その影響はアルト・レムリア全土に及ぶ。


 神格級が現れると、毒瘴が異様に濃密になり、島を支える魔力の柱にまで干渉を及ぼす危険がある――。つまり、存在そのものが島の崩壊を招く可能性があるということだ。人間では到底歯が立たない。戦うなど、ありえない。


「くそ……どうして今なんだ。」

 低く呟きながら、俺は毒瘴の重さに足元を押しつぶされそうになる体を支えた。

 

「これ以上、こいつが動き回ったら……島そのものが終わる。」

 恐怖が膝を震わせるのを感じた。だが、俺にはそれ以上に守らなければならないものがある。アイシャ――俺の妹だ。


 袖口を引く小さな力に気づき、足元を見る。アイシャが俺の服を掴み、怯えた目でこちらを見上げていた。その顔を見ると、震えていた膝がぴたりと止まる。


「大丈夫だ。」

 俺はアイシャの肩に手を置き、無理やり笑みを作った。「俺たちは逃げ切れる。」


 その言葉が、自分に向けたものだったのか、アイシャに向けたものだったのか――分からない。ただ、俺は毒瘴の渦を裂くように歩き出した。


「こないだの聖獣が小さく見える……島に何か起きているのか?」

 俺はアイシャの手を握りしめる。彼女もその威圧感を感じ取ったのか、小さく震えながら俺の袖を掴んでいた。


 俺たちが逃げ込んだ森は、毒瘴が濃く漂っている。この環境で動けるのは、俺たちがアルカナコアを取り込んだからだ。あの禁忌の結晶が、俺たちの体に耐性を作り出している。ただ、それがいつまで持つのかはわからない。


「……ここを抜ければ、追っ手に気をつけながら進んでも、旧アルト・レムリアまで5日くらいで着けるはずだ。」

 

「無理はさせられないけど、急がなきゃな……。」


 自分にも言い聞かせるように呟き、アイシャの手を引く。


 突然、森の奥から低い唸り声が聞こえた。


「待て……何かいる。」

 俺は足を止め、アイシャを背後に庇う。


 霧の中から現れたのは、小型の聖獣だった。その名前は「フェラゴ」。猫ほどの大きさだが、鱗に覆われた体と光る赤い目が、見た目以上に恐ろしさを感じさせる。


 フェラゴは聖獣の中では最下級に位置するが、群れで行動することで強大な敵となる。特に毒瘴を使った幻影や攪乱能力が特徴だ。一対一ならともかく、複数体に囲まれると厄介極まりない。


「隠れていろ。俺が何とかする。」

 アイシャを茂みに押し込み、俺はフェラゴに向き直った。


 幸い、まだフェラゴは目の前の一匹だけだ。今なら難なく倒せるかもしれない。ついこないだまで、聖獣を倒すことへの葛藤はあった。だが、今の俺にはそんな躊躇いは微塵も残っていない。この手を汚してでも、アイシャを守る。それだけだ。


 フェラゴは周囲を駆け回りながら、毒瘴を使って幻影を生み出している。かつて父さんから聞いたフェラゴの習性を思い出しながら、俺は冷静に状況を分析する。


「毒瘴で光を屈折させて……なるほど。だからこんなにも影が鮮明なんだな。」

 毒瘴の濃度を測るように空気を嗅ぎ、感覚を研ぎ澄ませる。本体はどこかにいるはずだ。


 霧の中、いくつもの幻影が同じように跳ね回る。けれど、ふと気づいた。動きのリズムが一瞬だけズレる瞬間がある。


「そうか……幻影と本体の動きが完全に一致していない!」

 俺はナイフを構え直し、目を凝らした。本体は必ず見分けられる――動きの微妙なズレ、そのわずかな違和感が鍵だ。


「いた……!」

 すかさずバッグを開け、即席の罠を作り始める。湿った枝葉を集め、薬液を撒き、火をつける。白い煙が一気に立ち上り、毒瘴を拡散させ始めた。


「これで幻影は消える……!」

 煙が霧を一掃するように広がり、周囲に漂っていた幻影が次々と消えていく。目の前に残ったのは、鋭い爪を光らせた本体のフェラゴだ。


 フェラゴが低い唸り声を上げながら、鋭い爪で俺に飛びかかってくる。その瞬間を見計らい、俺は体を捻ってかわした。


「今だ……!」

 懐に飛び込むと同時に、手にしていたナイフを振り抜いた。フェラゴの側面を深く切り裂き、毒瘴を纏った体から黒い血が飛び散る。


 フェラゴは苦しげな咆哮を上げ、再び体勢を立て直そうとしたが、俺はその隙を与えなかった。飛びかかるようにしてナイフをその胸元へ突き立てる。


「ここだ……アルカナコアはこの位置にあるはずだ!」


 ナイフを深く差し込み、フェラゴの体内から青白く輝く結晶体を探る。毒瘴にまみれた体液がナイフにまとわりつき、手が滑りそうになるが、俺は力を込めて動きを止めなかった。


「よし……見つけた!」

 力を込めてナイフをひねると、アルカナコアが光を放ちながら露出する。その輝きは、一瞬だが周囲を明るく照らし、霧を一部押し返すように見えた。


 フェラゴの動きが完全に止まり、巨体が地面に崩れ落ちる。俺は素早くアルカナコアを引き抜き、手近な布で拭きながらバッグに収めた。


「やった……!何かに使えるかもしれない。」

 そう呟きながら、さらにフェラゴの死体を観察する。鋭い爪や鱗、毛皮――どれもこの過酷な旅の中で役立つ可能性がある。


「この毛皮は防寒に使える。臓器は……保存できるものはないか?」

 小さなナイフで素早く切り分け、使えそうな部分を袋や瓶に詰め込んだ。その間もアイシャの方へ視線を向け、周囲を警戒するのを忘れない。


「よし、これで――」

 安堵したのも束の間、再び低い唸り声が響く。


「……嘘だろ。」

 霧の奥から複数の目が光り始めた。フェラゴの群れだ――その数は一匹や二匹ではない。


「囲まれてる……。」

 俺はアイシャの元へ急ぎ戻り、彼女を背中に庇うように立ちはだかった。手の中のナイフを握り直しながら、押し寄せる群れに向き合った。






_____


1. 神格級(Divine Class)

アルカナ(魔物)の中で最も強大な存在。毒瘴を自在に操るだけでなく、浮遊島アルト・レムリア全体に影響を及ぼす力を持つ。魔力の柱を崩壊させる危険性があり、人間では太刀打ちできない。


---


2. フェラゴ(Ferago)

最下級のアルカナで、毒瘴を利用して幻影を作り出す特性を持つ。素早い動きと分身で敵をかく乱する戦術を使う。


---


3. アルカナの等級(Ranks of Arcana)

魔物の力や影響力に基づいて分けられた分類。低級、中級、高位級、神格級の4段階があり、ランクが上がるほど脅威が増す。等級はアルカナの毒瘴の濃度や破壊力に比例し、島や人々の生活に直接的な影響を与える。

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