プロローグ「禁忌の医術」
「俺は妹に心臓を移植した。ただの心臓じゃない。魔物の心臓を――」
暗闇を切り裂くように、青白い光が部屋全体を照らし出す。その源――アルカナコアが、手のひらの中で微かに脈打っていた。触れるだけで全身に冷たい痺れが広がる。この結晶体は、生きている。
血の匂いが鼻を突き、床には赤黒い液体が広がっている。ナイフを握った手が震えているのは、恐怖のせいか、それとも覚悟の重さか――もはや分からなかった。
目の前には聖獣の胸部が裂かれ、深い亀裂の中からアルカナコアが異様な輝きを放っている。その光はただ美しいだけではない。触れた者を侵食し、毒する力を秘めている。それを知っていても、俺は手を止めることができなかった。
選択肢なんて、最初からなかったんだ。
どんなに禁忌だろうと、アイシャを救うためなら、俺は何だってやる――たとえ、それが俺の命を削ることになろうとも。
「お兄ちゃん……ごめんね……。」
アイシャのか細い声が耳の奥に響く。記憶の中の彼女は、病に蝕まれながらも笑顔を絶やさなかった。その笑顔が、今も俺の心を締め付ける。
震える指先を見つめながら、俺は胸の中で問いかける。
「これが本当に正しい選択なのか……?」
答えなんて分かるはずがない。ただ一つだけ確かなのは、この心臓を移植しなければ、アイシャは確実に命を落とすということ――それだけだ。
「アイシャ……お前を失うわけにはいかない。」
俺は震える手でナイフを握り直し、深く息を吸った。アルカナコアの輝きは、希望の光か、それとも絶望の序章か――その答えは、まだ分からない。
手を伸ばし、結晶体を掴むと、全身に電流のような痛みが駆け抜けた。意識が僅かに揺らぐ。それでも俺は力を込める。
「たとえ、これが禁忌の医術でも……。」
ナイフの刃が再び動き出す。切り裂かれた肉片の奥から、青白い光が一層強く放たれる。その光が俺の顔を青白く染める中、俺は禁忌の心臓を――未来を掴んだ。
トーラ
- 本作の主人公で、医術に長けた少年、15歳。
- 妹への深い愛情が行動の原動力となっている。
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アイシャ
- トーラの妹で、病に蝕まれている少女、12歳。
- 弱々しいながらも常に笑顔を絶やさない。
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アルカナコア
- 魔物の体内に存在する魔力の核。
- 魔物の生命を支える中枢であり、膨大な魔力を秘める。
- 一方で、毒瘴を生み出す源泉でもあり、人間にとっては極めて危険な存在。