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これは、私の恋じゃない  作者: ロジィ
「ごめんなさい」を届けに
29/30

「ねえチッカ。このままじゃダメ。絶対ダメだよ」


 私よりたくさんの涙を流しながら、瑞希は声を震わせて私を揺さぶる。

 この期に及んでもなお私が隠そうとする「本当」を揺さぶって、引っ張り出そうとする。


「瑞希、落ち着きなよ。そんなふうに急かしても、千佳ちゃんを困らせるだけだよ」

「だって……だって……っ!」


 桐原先輩が瑞希の肩を抱き、瑞希は鼻をすすりながら先輩の胸に顔を埋めた。

 だって、と鼻をすすりながら、瑞希は先輩の胸に顔を埋める。そのあまりに自然な流れは、ただの先輩と後輩だとは思えなかった。


「ごめんね、千佳ちゃん。僕らもけっこう嘘つきなんだ。――仕掛け人は瑛輔さんだよ」


 桐原先輩が説明してくれたけれど、私はただただぽかんとするばかりで、目の前の光景とその言葉を結びつけられずにいた。

 どういうこと? 瑛輔くん? 

 混乱する私の頭の中を、瑛輔くんのTシャツにプリントされていた中指を立てる女の人が駆け抜けていった。


「瑞希が瑛輔さんから連絡をもらって三人で集まったとき、千佳ちゃんが遥くんの『ちか』じゃないって教えられたんだ。それで、なんとか千佳ちゃんの助けになってほしいって言われた」

「なんで……。じゃあ、なんで」


 誰も何も言わなかったの?

 私がニセモノだって知っていたくせに、なんでもない顔をしてそばにいたの?


「だって、あたしチッカの友達だもん。チーっていう子じゃない、チッカの友達なの」


 涙と鼻水で先輩のブレザーをぐしょぐしょにした瑞希は、入学式のミルクティーベージュからダークブラウンに色を変えた髪をもどかしそうにかきあげると、今度は私に抱きついてきた。初めて出会ったときより長くなったスカートの裾が翻る。

 遠慮会釈もなく無茶苦茶に締め上げられて、私は小さく「うっ」と声を漏らした。


「そうそう。僕にとっての可愛い後輩も千佳ちゃんだよ。きっと瑛輔さんにとってのぴーちゃんっていうのもね。だから、瑛輔さんは僕らに頭を下げたし、僕らも協力しようと思った。三人であの夏合宿も計画したり、二人の様子がおかしいからって僕が一芝居打ったり、文化祭でああいう企画を立てたり、ね」


 一つひとつの出来事がみんなの嘘で繋がっていく。

 全部、嘘だった。全部、全部、嘘だったんだ。


「あたし、チッカと遥くんのこと、どうにかしたかった。チッカはあたしのこと助けてくれた。だから、あたしだってチッカのこと助けたかったの」


 私だってみんながついた嘘に込められた優しさに気付けないほど鈍感じゃない。

 その優しさが私の心に小さな火を灯していく。


「ライバルでも現れたら遥くんは焦るかと思ったんだけど、どうやらそういう回りくどいやり方は遥くんには通用しないみたいだね。やっぱり直球勝負に勝るものはなし、かな」

「でも私は遥を傷付けた。それにチーだって私のせいで……」

「これ、ちゃんと読んだ?」


 私にしがみついて泣きじゃくっている瑞希をさり気なく引き剥がした桐原先輩が差し出したのは、遥が書いた物語の結末。


『女は自分の嘘を王子に打ち明けて謝る。王子は――』


「遥くんはまだ迷ってるみたいだけど、千佳ちゃんができる……というか、やらなくちゃいけないことは、これで分かるんじゃない?」


 嘘がバレれば、私が手に入れたものはすべて夢幻のように消えてしまうと思っていた。


「私……」


 なのに、みんなは私のどうしようもない嘘を優しい嘘で包み込んでくれた。その温もりに導かれるようにして、私の胸の奥で硬い殻で守り続けた「本当」が孵る兆しを見せる。

 私が、しなくちゃ


「私、遥を追いかける。それで……嘘をついたこと、ちゃんと謝る」

「そうと決まったら早く行きなよ、チッカ!」

「僕個人としては、始まりが嘘とか本当とかはどっちでもいいと思うんだ。大事なのは今の二人の気持ちだよ」


 私は手にしていたノートをそっと会議テーブルの上に置いた。

 チーとカー。

 私たちはあのころ、間違いなく二人で一人だった。だけど……もう私は一人で生きていかなくちゃいけないみたいだ。

 この世界からあなたを消してしまった罪をちゃんと受け入れて、私は一人でちゃんと「ちか」の名前を背負うから。

 私の中のあなたの居場所はずいぶんと小さくなってしまうけど、絶対になくしたりしない。

 だから――さよなら。

 瑞希と桐原先輩が私の背中を押した。「走れ!」と瑞希が叫ぶ。

 部室を出る寸前に振り返ると、私はかつて答えそびれていた問いにようやく返答する。


「先輩、私が一番好きなクリスティーの作品は『杉の柩』です」


 桐原先輩は一瞬目を丸くしたあと、こみ上げてきた笑いを堪え切れずに噴き出した。

「千佳ちゃんらしいや」という笑い混じりの声と、「え、何? どゆこと?」と不思議そうな瑞希の声を背に、私は全速力で駆け出した。

 すれ違うものすべてを弾き飛ばす勢いで廊下を爆走する元新入生代表に、みんなが呆気に取られていた。

 心臓が跳ねる。息が上がる。リノリウムの床に足が滑る。額ににじんだ汗に前髪が張りつく。

 生きている証を存分に感じながら、私はひたすらに走った。

 汗にまみれた青春なんてごめんだって、そう思っていた。いや、今でもそう思ってる。

 だけど――そうでもしなきゃ遥に追いつけないなら、走るしかないじゃないか。

 昇降口に到着した私は、飛びつくようにして遥の靴箱を確認した。

 外履きはなく、26.5センチのダサい上履きだけが収められている。


「あれー? 澤野さーん、勝手に他人の靴箱のぞくとか、よくないんじゃない?」


 夕焼けを背にした見覚えのある三つのシルエットが、私に向かって話しかけてきた。


「悪いけど今それどころじゃないんで」

「えー、こわーい。遥くんに置いてかれたからって八つ当たりしないでよね」

「そうだよねー、絵里奈ちゃん」

「とうとう遥くんとダメになったんでしょ。でも、あたし最初にアドバイスしたじゃない? しつこい女は嫌われるって……」

「――うるっさい!」


 私が思いっきり怒鳴ると、三つの影がぴょんと飛び上がって一つに固まった。昇降口や廊下に満ちていた放課後のざわめきは消え去り、物陰から私たちをうかがうようにいくつかの顔がのぞいた。

 だけど、一度噴き上がった私の勢いは、そんなものでは止まらなかった。


「ぐだぐだぐだぐだどうでもいいこと言わないでよ! しつこくて結構。でも私は今、遥に会わなくちゃいけないの! 邪魔しないで!」


 しんとした昇降口にはしばらく私の弾んだ息の音だけが響いていたが、少しずつ周りが動き出して、放課後らしさが戻ってくる。


「……なによ」


 吉田さんがぽつりと呟いた。

 じゃりっと地面と靴が擦れる音がして、真ん中のシルエットがくるりと回転する。

 

「そんなに会いたいなら会えばいいでしょ。遥くんならグラウンドにいるんじゃないの?」

「……え?」

「遥くん、昔からよくサッカー部の練習見に行ってるから。多分、今日もそうだと思うけど」

「ちょ……絵里奈ちゃん。いいの!?」

「こんな人放っておいてもう行こ」


 真ん中の影に引きずられるようにして、両サイドの影も歩き出した。オレンジ色の光が三つの影を照らし、三人の姿の色と形をあらわにしていく。

 靴を履き替えるのももどかしく、爪先をつっかけたままの状態で外に飛び出すと、私は三人の前に回り込んだ。


「吉田さん、あの……ありがとう!」

「気持ち悪いこと言わないで。あたしは、あんたのこと一生嫌うって決めてるんだから。ついでに遥くんにもしつこく付きまとって嫌われたらいいのよ」


 苦々しくそう言い捨てた吉田さんに、いつかの完璧スマイルの面影はまったくなかった。だけど、私はこっちのほうがずっといいと、そう思った。


「ありがとう。じゃあ、私行くね。急いでるから」

「何それ!」

「失礼過ぎるんですけどーっ!」


 西岡さんと伊東さんの金切り声にも背中を押され、グラウンドに向かって走り出した。

 けれど、運動部のかけ声がこだまする夕暮れのグラウンドの広大さに、私は思わず立ち止まった。

 隅々まで余すところなく満ちたオレンジ色の光の中を、生徒たちが泳ぐようにして駆け回っている。今まで特別とも思っていなかった光景に、世界の広さを突き付けられたようで胸が詰まった。

 この世界には逃れられないものがある。

 私の罪からも、私の嘘からも、私を突き動かしているこの想いからも、私は逃げられない。

 だったら――。


「……遥、どこ?」


 遥を助けるために飛び込んだ暗い海で、同じように叫んだことを思い出す。遥に出会う前から、私は遥を探してた。だけど、「私」が遥を探し始めたのはあの瞬間からだった気がする。

 今度は私が追いついてみせる。手を伸ばす。つかんでみせる。

 そのとき、視界の隅をよぎった藍色の小さな後ろ姿に、私の全細胞が反応した。星山高校にあふれかえる藍色の中で、私だけが見つけられる「特別」なたった一つの藍色。

 サッカー部の練習を眺めるその背中に向かって、私は声を限りに叫んだ。


「遥っ!」


 その声が遥に到達するまでわずかな間があった。声の通り道を示すように、私と遥を繋ぐ線上にいる人たちが、私の近くにいる順に振り返る。そして最後に振り返った遥が、私を見て身じろぎした。踵を返したかと思うと、足早に歩き出し、私から遠ざかろうとする。


「待ってよ!」


 目標を見定めた私は、その一点を目がけて全速力で走った。

 心臓はフルスロットル。荒い呼吸を繰り返したせいで肺も痛い。足だってもう限界だ。だけど、諦めたらもう届かない。

 ぐんぐんと近付いてくる藍色の背中に手を伸ばした。ブレザーのざらりとした感触が指先が掠める。そこから逃れようとするものを強く握りしめて、二度と離すものかと全体重をかけて引き止める。

 しばらく無言の引っ張り合いが続き、靴底で踏みつぶす砂利の音に合わせてグラウンドに長く伸びた二つの影が踊るように動いた。


「……なんだよ」


 根負けした遥が逃げるのを諦めてぶっきらぼうに言い捨てた。


「私、遥に、言わなくちゃ、いけない、ことが、あるの」


 息が切れて、今にも倒れてしまいそうだった。でもそのおかげで、ためらう理性も働かずに、言わなければいけない言葉がすんなりと出てきた。


「ごめんなさい」


 許されるために、じゃない。

 私は悪いことをした。だから謝らなくちゃいけない。

 許されないから、だなんて勝手に諦めて背中を向けてうつむいて被害者ぶって悲嘆に暮れるより先にやらなくちゃいけないこと。

 そんな簡単なことをするまでに、私はこんなにも時間がかかってしまった。


「チーを、遥の大切な人を死なせてしまってごめんなさい。チーのフリをして遥に近付いてごめんなさい。ずっと、ずっと嘘をついてごめんなさい」

「…………」

「あと、私、遥が好き」


 遥が黙っているのをいいことに、私は自分の気持ちを伝えた。

 口にしてみれば、それはあまりにもシンプルで、たったこれだけの言葉で私の心の中をすべて遥に伝えることができたのか不安になるほどだった。

 だけど同時にこれ以上付け加えるものがないことも分かっていた。


「……そういうの、もうやめろよ」

「好きなの。遥が私のこと許せないのも、嫌いなのも分かってるけど――」

「千佳は、知花の……ああもう、ややこしい!」


 もどかしそうにがりがりと頭を掻いて、遥が私を見た。世界を満たす夕日のオレンジ色さえ弾き飛ばしてしまうような強い光が私を刺す。


「お前の『好き』なんて、どうせあいつの代わりなんだろ。そんな嘘なら俺はいらない」

「違う!」


 私はぐいと前髪を上げて、チーと遥を繋いでいた傷跡のない額をむき出しにした。

 私とチーが別人である証拠を遥に突き付けて、脅迫するように叫ぶ。


「私はチーじゃない。どんなにチーになろうとしても私は私で……この気持ちも何もかも、ずっと私のものだった。だから、遥を好きになったこの気持ちだって私のものなの。嘘じゃないの!」


 いつの間にか夕日は建物の影に隠れ、オレンジ色はずいぶんと薄くなっていた。残照が西の空を染めている。今日を名残惜しむようなとろりとした光がゆっくりと消えていき、何も言わないまま私を見つめる遥が、少しずつ色を失っていく。

 このまま闇に溶けて消えてしまうのではないか。そんな恐怖が私を捉えたとき、


「危ないぞーっ!」


 と、ムードもロマンもへったくれもない無粋な声が飛び込んできた。

 促されるようにして上を見ると、薄く紫がかった空から私に向かって落下してくる、白と黒の球体があった。

 な、なんか……すごくデジャヴを感じる。

 とにかく避けようとしたら、さんざんに酷使した私の足が限界を迎えて膝がかくりと折れた。あ、と思う間もなく尻もちをついてしまう。

 立てない。それどころかもう動けない。衝撃を覚悟して、私はぎゅっと目を閉じた。

 けれど、暗闇の中で聞こえてきたのは、トンッと軽く弾むような音だった。続けてぽぉん、と空洞を感じる音。

 目を開けると、私の前には藍色の背中があった。

 星山高校のブレザーの色。この校舎にあふれた色。

 だけど、これは私をときめかせるたった一つの「特別」だ。

 何度かリフティングを繰り返して、グラウンドに落としたサッカーボールを爪先で転がしながら私に振り返った遥は、ちょっと照れくさそうに笑った。


「サッカーなんて、もうずっとやってなかったのに意外と体って覚えてるもんだな」


 グラウンドの向こうから「ナイストラップー!」という声がいくつか飛んできて、そのうちの一人がこちらに向かって走ってくる。


「千佳」


 遥は、私の手を引いて立ち上がらせると、私の名前を呼んだ。

 その「ちか」は、チーじゃなくて私の――私だけの名前だ。


「あいつが死んだこと、なんでだよって思ってる。千佳が話してくれたことだって正直まだ受け止めきれてない。でも……千佳がずっと苦しんできたのは分かる。だからって俺が許すとか許さないとか言うべきことでもないんだと思う。だけど――」


 今この言葉を口にするまで、遥はどれくらい悩んだんだろう。

 きっとこの瞬間だってずっと迷ってる。悩んでる。あるのかどうかも分からない正解を探している。

 それでも……それでも、私と同じように逃れられない気持ちが遥の中にもあるのなら。

 胸に灯った希望の光が私の胸をじわりと温かくした。


「俺は、千佳が好きだよ。入学式で全校生徒にケンカ吹っかけたり、瑞希ちゃんのために変な女に突っかかっていったり、俺のために嫌いな海に飛び込んだりするところ。俺と千佳が一緒に過ごした時間と、千佳がしたことが全部、千佳を好きにさせたんだ」


 少し顔が赤く見えるのは、きっと消えかけている夕日のせいだけじゃない……はず。


「部長のやつ、やっぱり殴ってやればよかったな」

「ち、違うの。遥、あれはね――」


 私の言葉が途切れる。遥が私の薬指にキスを落としたから。


「えっと――プリンセス、あなたが何者でもかまわない。どうか僕の――ああ、なんか違うな」


 遥が仕切り直すように大きく息をついて私の目をまっすぐに見つめる。


「俺は、他の誰でもない千佳と一緒にいたい。俺が好きになったのは、千佳だから」


 もう一度、唇が薬指に触れた。

 くすぐったい感触はまばゆい光のようだった。

 これは、私と遥が積み上げた時間と思い出から生まれた「本当」。放たれた光が、私のためだけに作られたガラスの靴になる。

 これを履いて、遥と一緒に歩いていくんだ。


「あれー?」


 近付いてきた人影が変な声を出した。こんなところ見られたらまたうわさになっちゃうな。でも、まあいいか。


「あーやっぱり! 入学式のときの二人だ。なんだよ、こんなところでまたラブシーン?」


 遥と私は顔を見合わせた。

 そうだ、この人は私たちが出会ったあのときの赤いユニフォームの人。今日は黒いTシャツにハーフパンツだけど。


「いやーでもナイストラップだったよ。どう、サッカー部入らない? ちなみにマネージャーも募集してるんだけど」

「「遠慮しておきます」」


 二人で声を合わせてお断りした。

 ちぇーっと口をとがらせた名も知らぬ私たちのキューピッドに思わず笑ってしまう。


「ま、いいや。ボール、サンキュ。こっちちょうだい」


 遥が私の前にサッカーボールを蹴ってよこす。

 行け、というように、いたずらっぽくウインクされて、私は思い切りボールを蹴った――が、その行く先はあらぬ方向。


「あ」

「あ」

「あーっ!」


 名もなきキューピッドが声高に叫ぶ。

 高く上がったボールはフェンスを越えて、止まっていた車のボンネットにきれいに落下して直撃した。ヤバいかも……と三人で顔を見合わせる。

 ふと、その車に見覚えがある気がした。遥も「なあ、あの車ってさ」と私を見る。

 そう、あれは――。


「ちょっとぴーちゃん、ひどすぎるだろ!」


 運転席から飛び出してきたのは瑛輔くんだった。

 赤い髪に緑色の革ジャン、ダメージジーンズ、じゃらじゃらとチェーンの音をさせるその姿に、キューピッドが「ひっ」と小さく叫び、このスタイルの瑛輔くんを見るのが初めての遥も目を丸くする。


「もう、別にいいじゃない。瑛輔は器が小さいんだから」


 助手席から現れたのは紺色のワンピースを着た沙耶さんだった。

 向日葵のような笑顔を私たちに向けて大きく手を振っている。驚く私に、瑛輔くんは照れくさそうに真っ赤な頭を掻いた。

 瑛輔くんが放り投げたサッカーボールを受け取ると、キューピッドは光の速さで逃げていった。きっともう私たちをサッカー部に誘うことはないだろうな。


「ここにいたらまたボール飛んでくるから行ったほうがいいかも」

「あ、瑞希と先輩どうしよう。まだ待ってるかな。瑛輔くんと沙耶さんも」


 私を送り出してくれた二人と、フェンスの向こうで私たちを待っている二人。さすがに置いて帰るのは……。

 遥の手が私の手を握った。いままでと違う、指を絡める深いつなぎかたに顔が熱くなった。


「だめ。今日は二人きり。いいだろ?」


 甘えるようなそのささやきに、背筋がぞくりとする。それに抗う術なんか私にあるはずがない。


「逃げるぞ」


 遥が私の手を引いて走り出した。限界を超えていた足が、また動き出す。


「腹減ったなー。なんか食って帰る?」

「なにがいいかなー?」

「ハンバーガーにしようぜ。千佳の特訓、まだ終わってないし」

「今日はもっとうまく食べられるから!」

「へー、期待してる!」


 景色が流れていく。ああ、世界はなんて美しい。

 嘘も本当も全部ひっくるめて受け入れているその姿を美しいと思わせてくれたのは、私の目の前にいる大切な人なんだ。

 遥の背中を追って走りながら、私はそんなことを考えていた。

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