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これは、私の恋じゃない  作者: ロジィ
嘘つきなお姫様
25/30

 私たちが提出した意見を桐原先輩がまとめた結果、物語の結末は、実は嘘をついた女は幼いころ誘拐された本物のお姫さまだった、というご都合主義な展開で、ラストでは無事王子様と結ばれめでたしめでたし――というものになった。

 桐原先輩の企画は生徒会からも了承を受け、文化祭に向けて美術部との合同作業が開始される運びとなった。

 意外なことに、この企画でプロデューサーとしての才能を発揮したのは瑞希だった。

 王子が女にガラスの靴を捧げて求婚するシーンをコンセプトルームのメインにし、そこをフォトスポットにするというアイディアは、美術部の女子たちにも「それ最高! 絶対バズるよ!」「あたし彼氏と撮りにくる!」と大ウケだった。

 瑞希の張り切りによって、なかなか大掛かりな出し物になってしまったため、私たち文芸部も材料の買い出しやらペンキ塗りやら、放課後は大忙しだった。

 でも、そのおかげで遥とのぎくしゃくした関係も、未だにおばさんに連絡できていない後ろめたさもごまかすことができた。


「よーっし、完璧!」


 そして文化祭前日、瑞希は額の汗を拭いながら、ようやく完成したコンセプトルームとフォトスポットを満足げに見回した。

 美術室(文芸部の部室は狭すぎて使えなかった)はピンク色のペンキを塗ったベニヤ板で迷路のように仕切られ、突き当りの壁面には物語の文章とそのシーンのイラストが描かれている。

 参加者が進むにつれ物語が進行し、出口で完結するという、言ってみれば巨大な絵本の中を歩いていくような仕掛けだ。さらに、「ただ歩くだけじゃつまらないから」と、ときどき登場キャラクターに扮した美術部員が現れるびっくり要素まで追加された。

 瑞希が特に注力したのはフォトスポットで、ピンクのベニヤ板で囲んだ撮影ブースを作り、そこに百均ショップで買ってきたハート型のバルーンを取り付け、真っ赤なリボンと白いファーで装飾した椅子が据えられている。どこで見つけてきたのか小さなガラスの靴のオブジェも用意されていて、青いビロードのクッションにちょこんと載せられていた。

 迷路の途中に置いたら混雑の原因になるから、と出口の外に設置されたため、早くも生徒たちの間で話題になっているらしい。


「カップルがここで写真撮ったら永遠の愛が叶いますよーって宣伝すれば、もっと盛り上がるんじゃない?」

「私たちが作ったものにそんなご利益あるわけないでしょ」


 コツコツとベニヤ板を叩いた私に対し、瑞希はチッチッと舌を鳴らし、「分かってないなぁ」と私の鼻先で人差し指を左右に振った。そのしたり顔が癪に障る。


「チッカ、こういうのは楽しんだもの勝ちだよ。それにたとえ嘘でも、そうであってほしいって願う気持ちが本当なら、最後は神様が叶えてくれるかもしれないじゃん。このニセモノお姫さまが本物になったみたいにさ」

「だったらこの物語の神様は僕たちってことになるのかな?」


 工具箱を手にした桐原先輩がまた背後から声をかけてきて、私たちはまた文字通り飛び上がった。音もなく近寄ってくるのは心臓に悪すぎるので本当にやめてほしい。

 先輩の少し後ろには、袖をまくったワイシャツ姿の遥もいた。以前私の上履きを探してゴミ箱を漁っていた遥の記憶がよぎり、勝手に私の鼓動を速めていく。


「そういえば瑞希ちゃん、気になってたんだけど、このフォトスポットって王子が姫に求婚するシーンを再現しようっていうのがコンセプトだよね。ということはカップル限定? それだと撮影のハードルが高よすぎるような気がするんだけど」

「ふふふ、あたしがそんなミスを犯すと思いました? 甘い、甘すぎですよ、ぶちょー」

 

 ほくそ笑んだ瑞希が私たちの顔を順々に見て、もう一度にやりと笑った。……どうしてだろう。なんだかものすごくいやな予感がする。


「実はそこが一番の集客ポイントなんですよー。希望者には王子様、またはお姫様をレンタルするのです」

「レンタルって……誰を?」

「そりゃもちろん、我が文芸部が誇る王子様の遥くんとぶちょー。そして麗しの姫であるチッカとあたしに決まってるじゃないですかー。きっと希望者殺到ですよー。うふふふふふふ」


「は……?」「いいね、面白そうだ」「わ、私も?」と三者三様の反応に、敏腕プロデューサーはなぜか満足げだ。

 吉田さんによる盗撮事件のトラウマが蘇ったのか、遥が「それはちょっと」と顔を引きつらせているのに気付いて、私は慌てて瑞希を止めようとする。


「ちょっと瑞希。勝手にそんなこと決めないで。好き勝手に写真撮られたらどうするのよ」

「大丈夫。ちゃんとそこも考えてるって。撮影係は男女ペアでやる。どちらかがレンタルされたら必ず残ったほうが撮影する。例外はなし。そんでレンタルされた人の腕とか手、あとは後ろ姿しか映らないような構図のパターンをこっちでいくつか決めておいて、そこから選んでもらうようにすれば変な写真は撮られないし、時間短縮にもなって一石二鳥ってわけ」


 さすが敏腕プロデューサーと言うべきか、抜かりがない。

 私たちの反論を華麗に封じた瑞希は、「というわけで」と、カバンからインスタントカメラを取り出した。


「これから構図の見本写真を撮ろうと思いまーす。ほらチッカ、そこに座って」

「なんで私? 瑞希がやったらいいじゃない」

「あたしは総監督なんで。それにチッカじゃSNS映えとか女子ウケする構図なんて分かんないでしょ? 先輩は作者として全体の雰囲気とかちゃんと見てくださいね。遥くんは王子役ね。はい! スタンバイ!」


 抵抗する間もなく、私と遥は瑞希にフォトスポットの中に押し込まれた。「ほら急いで!」と急かされて、私たちはのろのろと指定された位置に着いたが、狭い空間に気まずい空気が充満して息苦しかった。


「遥くんはこれ持ってチッカの前にひざまずく感じかな?」

「王子が愛を告白するシーンだからね。そのガラスの靴を差し出しながら千佳ちゃんのことを見つめてくれるかな」


 ビロードのクッションに載ったガラスの靴を手にした遥は、ぎこちなく私の前に膝をつき、顔を上げた。こんなにもしっかりと目が合ったのはずいぶん久し振りだった。

 砂浜で交わしたキスを思い出して、唇がむずむずした。

 あのとき遥は私がチーじゃないと知っていたのに、どうしてキスをしたんだろう。あのキスは、私と遥のキス……なんだよね? それとも、遥にとってあれはチーとのキスのつもりだったの?

 いつも私の世界を色づけてくれたその瞳には、いま何が映っているんだろう。

 遥が差し出すガラスの靴はあまりにも小さくて、爪先とかかとを切り落としたくらいではとても履けそうになかった。

 不意にシャッター音が鳴って、インスタントカメラから、じーっと写真が吐き出された。


「いーね! チッカの切ない表情が最高! チッカったら女優の才能あるんじゃない?」

「うん、僕のイメージ通りだよ。お姫様」


 その後、私と遥は瑞希たちの指示に従って狭いフォトスポット内をあれこれと動き、位置や角度を変え、数パターンの構図写真を撮り終えたときには、すっかりへとへとだった。


「二人ともお疲れさま! ねぇぶちょー、ここなんですけど……」


 私たちに労いの言葉を掛けたあと、瑞希と桐原先輩は出来上がった写真について何やら話し合いを始めた。

 まったくもう……ひどい目に遭った。先ほど様子を見にやってきた塚本先生が「これは何をやっているんだ?」と顔をしかめたときが、気まずさと気恥ずかしさのピークだった。

 なんで私がこんな恥ずかしい思いをしなくちゃいけないんだ。しかも……よりによって遥と。

 ちらりと視線を向けた先には、一足早くフォトスポットのブースから脱出した遥が私に背を向けていた。どこにいたってすぐ見つけられる「特別」な藍色の背中。今の私には、その背中に声をかける資格もない。

「じゃあこれで」と瑞希がうなずいたから、私はやれやれと椅子から立ち上がろうとした。そのとき、下に敷かれていた装飾の白いファーに足が滑り、私の体が(かし)いだ。

 瑞希と桐原先輩が「あっ」と目を丸くするのがスローモーションのように見えた。


「千佳!」


 さっと伸びてきた腕が私を抱きとめる。全身を包むその懐かしい感触と体温に、胸がきゅっと絞られるように痛んだ。


「気を付けろよ」


 囁くように言った遥は、素早く私から離れてそっぽを向いた。


「あ、あの、ありがと――」


 私が礼を口にしかけたとき、中にいる美術部の男子が「ちょっと文芸部ー、早くこっち手伝って!」と叫んだ。


「部長、行きますよ」

「はいはい。まったく美術部も人使いが荒いよ」


 遥と桐原先輩が足早に姿を消すと、瑞希はむぅっと唇を尖らせた。インスタントカメラから出てきた写真を団扇(うちわ)か扇子のようにパタパタと振って、ゆるいウェーブのかかった髪がふわりとなびく。


「もう! せっかく仲直りのチャンスだったのに!」

「もしかしてだけど、この写真撮影もそれが目的だったりしないよね?」

「え? あー……そんなわけないじゃーん! あたしは純粋に文芸部の一員としてこの企画を成功させようと粉骨砕身しているだけでしてですね……」


 目が泳ぎまくっている瑞希の口上(こうじょう)をハイハイと聞き流しながら、私はフォトスポットに取り残されたガラスの靴を眺めていた。

 遥が呼ぶ「ちか」のうち、「知花」と「千佳」の割合はどうなっているんだろう。

 チーとカー。私たちは二人で一人。一人なら半分。……そのはずだった。

 でもきっと遥にとっては違うんだろうな。願うことが許されるなら、私が少しでも残っていればいいんだけれど。

 その答えは遥だけが知っていて、嘘をついた私なんかじゃ近付けない場所にある。

 瑞希が机に置いた写真には、じっとこちらを見つめる私の姿がぼんやりと浮かび上がっていた。

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