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これは、私の恋じゃない  作者: ロジィ
海と過去に潜って
17/30

海へ

「ふん、ぴーちゃん。上々の出来だね。こんだけはちゃめちゃな高校生活でこの結果なら、俺いらなくね?」


 一学期最後の家庭教師の日、戻ってきた期末テストの結果に瑛輔くんがつまらなそうに言った。

 実力テスト、中間、期末、と私は学年一位をキープし続けた。そのおかげで最近は入学式でのあのスピーチは半ば伝説化してきている。


「瑛輔くんの教えかたがいいからだよ」

「そんな心にもないお世辞も言えるようになったんですねー。先生嬉しいー」


 言葉とは裏腹に無表情でテストの余白にヤシの木とカニの落書きをしながら、瑛輔くんは「で?」と私のほうを見た。


「念願叶って遥くんとお付き合いが始まったんだろ? どこまで進んだわけ?」

「……別に」

「なんだよ、もったいぶっちゃってー。あれだけ協力してやったんだからちょっとくらい教えてくれてもいいだろ? ほら照れない照れない」

「照れてない。報告するほどのことがないだけ」

「ん? 付き合ってまだ一か月未満なんだから、ラブラブイチャイチャお花満開、世界はハレルヤーって感じじゃないの?」


 瑛輔くんにとって付き合うってどういうイメージなんだろう……。なんかカップルに対する偏見がすごい気がする。


「今までと変わらないよ。昼休みは瑞希と三人でお弁当食べて、放課後は部室で一緒に勉強して、それから帰宅」

「さすがに帰りは二人きりだろ?」

「たまに。でもほとんどは三人で、ときどきプラス桐原先輩で四人」

「休日のデートとか……?」

「あの事件以来、出かけるとママがうるさいからしてない」


 落書きをしていた瑛輔くんの手が止まり、私が答えるにつれて口があんぐりと大きく開いていく。まじか、と右手で目を覆うと天井を仰いだ。


「今どきの小学生のほうがもっと進んでるんじゃないの?」

「……やっぱりそうだよね」


 私も男の子と付き合うのは初めてだから、いわゆる「普通のお付き合い」というものに知見はないが、遥と私の現状の関係が以前と変化がないこと、気を利かせた瑞希が私たちを二人きりにしても甘い雰囲気にはならないことに引っかかっていた。

 付き合ってください、はい付き合いましょう、という互いの意思表示がされた前後では、もっとこう……劇的な変化があるものだと思っていた。


「うーん。やっぱり聞いてたとおりか。二人っきりのときはラブラブイチャイチャしてんのかと思ってたのに」

「聞いてたとおりってどういうこと? 私、瑛輔くんに何も言ってないよね」

「ああ、情報源は瑞希ちゃんと桐原くんだよ」

「……は?」


 なんでここで瑞希と桐原先輩が?

 瑛輔くんと瑞希は一度だけ試験勉強のために私が引き合わせたけれど、あれ以来二人が会う必要なんかないはずだし、ましてや桐原先輩なんてなおさらだ。

 腑に落ちないと言わんばかりに眉をひそめている私に瑛輔くんが説明を始める。


「瑞希ちゃんとは勉強会のときに、分かんないことあったら聞いてって連絡先交換してたんだよ。そんで話しているうちに仲良くなって、たまに会ってたってわけ。桐原くんは、瑞希ちゃんが『二人っきりだと誤解されちゃいますからっ!』って連れてきたんだけど」


 私の知らないところでいつの間にか構築されていたまさかのネットワークに唖然とする。しかも、そこでの話題が私と遥のことだなんて……。瑞希のやつ、今度会ったら蹴飛ばしてやる。


「ぴーちゃんと遥くんの関係については瑞希ちゃんも頭を悩ませてたよ。もっとピンクのハートを飛ばしまくって、二人だけの世界に閉じこもって周りなんか見えない! ってなってくれればいいのにーって」

「なにそれ。ていうかみんな『付き合う』のイメージ偏り過ぎじゃない?」

「まあまあ。友達として心配してるんでしょ?」


 私は照れくさくなって口をつぐんだ。

 吉田さんとの顛末を報告したとき、瑛輔くんから「ぴーちゃんにも友達ができたんだねぇ」とさんざんからかわれたのを思い出したからだ。


「じゃあさ、ここはひとつ、俺から……というか、俺たちから提案があるんだけど。文芸部の夏合宿、と称した小旅行はいかがでしょうか」

「夏合宿?」

「そ。開催場所はうちの別荘。リゾートって呼ぶにはちょい寂しい場所だけど、まあ海はあるから。夏の青い空と青い海、そびえたつ白い雲に海水浴にバーベキューに花火、極めつけは二人きりの夜の砂浜。ここまで揃ってれば、いくらお子ちゃまのぴーちゃんたちだって進展するかもってみんなで話し合ってさ――」


 夏の海。別荘。


――かさかさ、しゃらしゃら。ざあざあ、ごうごう。


 部屋の温度が下がっていく気がした。子どもじみたカラフルな部屋が急激に色を失っていく。

 瑛輔くんが何かに気付いたように「やべ」と呟いて机の上の参考書に向き直った。そのすぐあとに突然ドアが開いて、アールグレイとアップルパイの香りが部屋になだれこんできた。


「お疲れさまです。ちょっと休憩しません?」

「ああ、ありがとうございます。うわ、今日も美味しそうですね」


 スイッチを切り替えた瑛輔くんが人好きのする笑顔をママに向ける。そういうことを言うからママの手作りスイーツから逃れられなくなるのに。


「千佳さんの今学期の結果は素晴らしいですね。僕なんかもういらないんじゃないかって話してたんですよ」

「まあ、先生のおかげですよ。ねえ千佳ちゃん」


 明るい口調とは裏腹に、ママの顔には不安が貼りついている。

 私がおばさん――チーの母親からの電話を受けたあの日から、ママはどこか私を探るような目で見るようになった。そのくせ、何事もなかったかのように振舞うし、私が何を聞いても「さあどうだったかしら。それより――」と話を逸らされてしまう。

 おばさんはなんで電話を掛けてきたんだろう。そして、いつから電話を掛けていたんだろう。

 もしも、私が電話に出ないようにと言い含められていた原因がおばさんからの電話なら、この家に引越してきて間もなく、ということになる。


「それでですね。頑張ったご褒美と、まあ、いろいろあったことの気分転換も兼ねて、千佳さんと千佳さんのお友達をうちの別荘に招待しようと思ってるんです。海沿いで、なかなかいい場所なんですよ」


 ママの手からトレイが落ちて、がちゃん、と陶器の割れる音がした。ぶちまけられた紅茶とひしゃげたアップルパイが、真っ白いファーのラグを汚していく。


「だめ!」


 ママはアップルパイを踏みつけて私のもとに駆けよると、きつく抱きしめた。二本の白い腕が私を絡めとって縛り上げる。


――千佳ちゃん!


 あの日(・・・)のママの声だ、と思った。


「だめよ。絶対だめ。海なんてとんでもない。二度と行かせるもんですか。桜田先生もなんでそんなひどいこと……。だめ。だめよ。行かせない」

「お、おばさん……あの、二泊くらいのちょっとした旅行で……。もちろん俺が責任を持って……」

「そんな約束なんて、何かあったときにはなんの意味もないじゃない! だめ、絶対に行かせないんだから!」


――かさかさ、しゃらしゃら。ざあざあ、ごうごう。


 ヒステリックにわめくママの姿に瑛輔くんは目を丸くして固まっていた。

 多少過保護な母親だとは思っていただろうけれど、まさか二泊三日の旅行を提案されただけでこんな拒絶反応を示すなんて想像していなかったはずだ。助けを求めるような視線を向けられたけれど、私は私で固まっていた。

 そんな三すくみの状態がどれくらい続いたのか、階段を上がってくる足音と「どうした」と久し振りに聞く声がした。


「あなた!」


 パパは私の部屋の前に立つと、床にこぼれた紅茶と陶器のかけら、つぶれたアップルパイ、私をきつく抱きしめるママ、呆然と立ち尽くす瑛輔くん、それぞれ番号が振られているみたいに、一つひとつ視線を巡らせた。けれど、私だけは素通りしていく。

 こんなときでもパパは私を無視するんだ。その事実に胸がきゅっとした。


「あなた、先生が千佳ちゃんを海に連れていくって……お願い、やめさせてちょうだい。きっとまたなにかひどいことが起こるわ!」


 あの日から――チーがいなくなった日から、ママは私のことを心配し続けている。パパは私を見なくなった。嘘を抱えた私は、どうにかチーをこの世界にとどめておこうと足掻いている。

 嘘みたいに真っ白なこの家で、歪んだまま、時間だけが過ぎていく。


――かさかさ、しゃらしゃら、ざあざあ、ごうごう。


――……分かるね、千佳。


「行かせてやりなさい」


 瑛輔くんから事情を聞いたパパはあっさりとそう言った。

 ママは声にならない悲鳴のような息を漏らし、私をぎゅうっと抱きしめた。痛くて、体が二つに千切れてしまいそうだった。


「いや! いやよ! ねえ、千佳ちゃんだって海なんて行きたくないでしょう? あなたはいつもそう。千佳ちゃんのことなんかどうでもいいの? 私はいやよ。もう二度とあんなこと――」

「千佳はどうしたいんだ」


 パパの目がようやく私を捉えた。あの日のようにママに抱きしめられ、何も言えないで黙っている私をまっすぐに見つめる。


――言うとおりにしなさい。分かるね、千佳。


 あのときは、私の意見なんか聞かなかったくせに。うなずく以外の選択肢を与えてくれなかったくせに。


「私は」


 唇が勝手に動いて掠れた声がこぼれ落ちた。

 いやだ、やめて。

 そう思っているのに、誰かに操られるように正反対の言葉を紡ぎ出す。


「行きたい」


 ねえ、チー。もしかしてこれは、私の中にいるチーが言わせてるの?


******


 カーエアコンの風に潮のにおいが混じった。

 流れるように走る車の窓の向こうには太陽の光を反射してきらきらと輝く海、空には大きな入道雲そびえ立っている。嘘みたいに美しい夏の景色は、あの日(・・・)とは全然違っていた。

 あの日はすごく天気が悪かったから……。


「チッカ、酔った? 大丈夫?」


 顔を伏せた私に気付いて、隣に座る瑞希が声をかけてきた。瑛輔くんがバックミラー越しにこちらを見て、「ぴーちゃん、少し休もうか」と言った。


「――ううん、平気。少し眠いだけだから」

「寝るなら俺に寄りかかっていいよ」


 ぐいと肩を引き寄せられる。潮のにおいが遠ざかり、その代わりに遥の香りが私の呼吸に紛れ込む。Tシャツ越しに伝わってくる体温に胸が甘く音を立てた。

 私たち星山高校文芸部員四名はいま、瑛輔くんが運転する車で桜田家が所有する別荘へと向かっていた。部長特権で桐原先輩は助手席、瑞希と私、そして遥は、後部座席でぎゅうぎゅうと身を寄せ合っている。 


「海沿いの別荘なんてロマンチックだよねー。そんなとこで過ごせるなんて夢みたい!」

「本当にお邪魔していいんですか?」

「今さらなに言ってんすか、部長。誰よりもノリノリだったくせに」

「僕だって遠慮ってものくらい知ってるよ」

「怪しいもんですね」


 瑞希がはしゃぎ、桐原先輩が常識人ぶって、遥が手にしたお茶のペットボトルで助手席の背を突いた。緑色の液体がちゃぷちゃぷと音を立てて揺れる。

 出発してから約二時間ずっとこんな調子で、長距離ドライブの車中は楽し気な雰囲気で満ちていた。けれど、海の気配が強くなるにつれ、私の気持ちは少しずつ沈んでいく。


「気にしないでいいよ。いつも毎年友達と行ってるんだけど、今回はみんな都合がつかなかったし。それに君たちも……特に遥くんはいろいろ大変だったんだって? 少しは気晴らしになるかなと思ってさ。それに、ぴーちゃんの先生としては彼氏に会っておくのも仕事の内だからね」

「ちょ、ちょっと瑛輔くん!」


 うははは、と笑いながら瑛輔くんは車を左折させた。遠心力で体がぐらりと揺れ、遥と私に隙間ができる。

 引率という立場もあってか、ハンドルを握る瑛輔くんの髪色は常識的なダークブラウンに染められている。いつものパンキッシュスタイルも鳴りを潜めて、白い半袖シャツに紺のサマージャケット、七分丈のコットンパンツという爽やか好青年スタイル。けれど、瑛輔くんらしくないその姿はなぜか私を不安にさせた。

 見慣れない後ろ姿を眺めていると、遥に再びぐいと肩を引かれた。


「千佳、ほら少し寝とけって」

「だ、大丈夫! もうすっかり目が覚めたし!」

「そう? じゃあ、俺が寝るから肩貸して」


 言うが早いか、遥の頭が私の肩に乗せられた。柔らかい髪の毛が頬をくすぐる。

 じわりと熱を帯びた一点から緊張が走って体が強張る。なんとか距離を保とうと身をよじっていると、瑞希が私をぐいと遥のほうに押しやった。


「ちょっとチッカ、こっち狭いんだから寄ってこないでよ。ほらー、詰めて詰めて」

「そっちに十分スペースあるでしょ」

「そう? あたし太っちゃったのかなー。あー狭い苦しいしんどーい」


 私がにらみつけると、長い髪をポニーテールにした瑞希がぺろりと舌を出した。

 こいつ……絶対わざとだ。後で覚えてろよ。

 私が瑞希への復讐に思いを馳せているうちに、遥はすぅすぅと規則正しい寝息を立て始めた。

 窓の外の景色をスマートフォンで撮りまくる瑞希と、好きな小説の話で盛り上がる先輩と瑛輔くん。この狭い空間で、それぞれがそれぞれの時間を過ごしながら一緒にいる。

 その雰囲気が、また私にあの日(・・・)のことを思い出させる。


――カー。見て! 海だよ!


 前の席でパパとママが親戚のお姉さんの結婚について「あの子がねぇ」とか「まさか外国の人が相手とは思わなかった」などと話しているとき、私とチーは窓にへばりついて海を見ていた。


――海ってもっとキラキラしていると思ってたけど、なんか真っ黒だね。


 そういえば、チーはこんなふうに青い海を見たことがないのかもしれない。荒れ狂う灰色の海。それがチーの知っている海。そして――。

 ぞくりと肌が粟立って、私はきゅっと目を閉じた。

 動悸が治まるのを待っていると、私に寄りかかっていた遥がわずかに身じろぎした。

 遥はやっぱりきれいだった。寝ているのをいいことにじっくりと観察する。

 長いまつげ、形のよい鼻、少し薄い唇。もう少しよく見たくて前髪を指先でそっと払うと、突然遥がぱちりと目が開けた。のぞき込んでいたから至近距離でばっちり目が合って、私の顔が爆発的な熱を帯びた。

 くすりと笑った遥は人差し指を唇の前に立てた。そして、私に見せつけるようにもう一度目を閉じると、さっきより深く私にもたれかかる。


「――っ」


 遥の体温も、においも、私の頬をくすぐる髪の毛の感触も、呼吸に合わせて上下するお腹の動きも、一つ残らず私に伝わってくる。いっそ私も眠ってしまえば、と目を閉じたけれど、感覚がより鋭敏になるだけだった……。

 別荘に到着したのはそれから三十分後。フルスロットルで稼働し続けた私の心臓はすっかり疲弊していた。寿命が数年縮んだかもしれない。

 長距離ドライブを終えた全員が車を降りるなり大きく伸びをした。体中の関節がぱきぱきと音を立てる。

 桜田家の別荘があるこの土地は、よく名前を聞くリゾート地だった。

 けれど、最近は不景気の影響もあって少しずつ廃れてきているらしい。美しい海の反対側を見れば「売家」や「売地」という看板もちらほらと目についた。


「ほら見て、チッカ。こんなに近くに海があるよ」


――カー。わたしね、海で泳ぐの初めてなんだ! プールとちがうのかなぁ。


 Tシャツにショートパンツではしゃぐ瑞希の姿と、あの日のチーがうっすらと重なる。

 天気は悪かったけれどチーはずっとすごく楽しそうだった。私だって、チーと一緒に海で遊ぶのが楽しみだった。前日はなかなか眠れなかったくらい、楽しみだった。

 あの日もこれくらい天気がよかったら……。海面に反射する太陽の光に、私は思わず目を細めた。


「ほら、ぼーっと突っ立ってないで行くよ、ぴーちゃん」


 別荘の鍵を開けた瑛輔くんがぼうっと立ち尽くしている私に向かって叫んだ。

 中に入ると、ふわりと木の香りがした。無垢のフローリングが敷かれているせいかもしれない。

 吹き抜けの二階建てで、一階にはリビングとキッチンがあり、リビングには大きなセンターテーブル、アメリカ映画で見るような大人が数人余裕で寝転べるくらい巨大なソファと、おしゃれなシングルソファが二つ置かれていた。

 キッチンのほうにはこれまた巨大な一枚板のダイニングテーブル、それぞれ違ったデザインのチェアが六脚セットされている。一脚いくらかなんて聞いたら恐れ多くて座れなくなるかも、と思うほど高級感を垂れ流している。あらかじめ連絡してあったらしく、テーブルの上にはフルーツやお菓子が用意されていた。

 海に面した広いウッドデッキにはバーベキュー用のグリルや焚火スペース、ハンモックまで設置されている。

 別荘の探検を終えた瑞希はうっとりした表情でほうっと息をついた。


「やばーい! あたしここに住みたい!」

「こういうとこはたまに来るからいいんだよ。この辺、コンビニとかスーパーとかないからけっこう不便だし」

「……ねえ。もしかして食事って私たちが作らなくちゃいけないの?」


 私の疑問に、瑞希と遥、桐原先輩が顔を見合わせた。夢のような高揚感が冷めていき、急に食事という現実が目の前に立ちはだかる。

「料理できる人ー?」と桐原先輩が挙手を求めたけれど、手を挙げた者は一人もいない。

 ママは「怪我したら大変」と私がキッチンに立つことを禁止していたから、料理の経験は家庭科の調理実習だけだ。

 瑞希は「カップラーメンならプロ級」と胸を張っているし、遥も首を横に振った。

 こんな優雅な別荘にいる間、カップラーメンしか食べられないかもしれない……なんて、私たちが途方に暮れていると、瑛輔くんがフルーツを盛ったカゴから取ったバナナをもぐもぐしながら、


「俺がぴーちゃんたちをあてにするわけないでしょ。ちゃんと考えてるから心配しないの」


 と、言った……。

 二階にはシャワールーム付きのツインの客室が三室あり、私と瑞希、遥と桐原先輩がそれぞれ同室で、瑛輔くんは一人で一部屋を使うということになった。

 割り当てられた部屋に入って荷物を置くと、私と瑞希はベッドに横たわった。頬にあたるシーツさらさらした感触が気持ちいい。目を閉じたら一瞬で眠ってしまいそうだ。


「ねーねー、チッカ。内緒で遥くんと部屋変わってあげようか?」

「……そういう気づかいはいらないから」


 ムッとした私に瑞希が弾けるように笑った。

 顔をのぞかせた瑛輔くんが、ベッドに寝転がっている私たちを見て呆れた顔をした。


「こらこらお嬢さまがた、休憩はもう終わりだよ」

「レディーの部屋にノックも無しに入ってくるの、よくないと思いまーす」

「以後気を付けまーす。ほら動いた動いた」


 瑞希の抗議をさらりとかわして、瑛輔くんが急かすようにパンパンと手を叩く。仕方なくのそのそと起き上がった私たちは、瑛輔くんの宣言に愕然とすることになる。


「それでは、これからみんなで勉強会です」

「……勉強会? えーすけ先生、なんで?」

「当たり前だろ。君たちは文芸部の合宿でここに来たんでしょうが。そして君たちが普段文芸部でやっているのは?」


 勉強会。桐原先輩は本を読んでいるだけだけど。


「で、でも、夏だよ? 海だよ? ちょっとくらい遊んでも……」

「星山高校の夏休みの課題ってめちゃくちゃ大変だって聞いてるぞー。ぴーちゃんも瑞希ちゃんもここで頑張らないとあっという間に追い抜かれるんだから。やることはちゃんとやる。自由時間はそれからです。頑張ったお嬢さまがたには、ご褒美に特別ディナーを用意してありますからね」


 すがりつく瑞希を一蹴して、瑛輔くんは下手くそなウインクをしてみせた。

 階段を下りながら「特別ディナーって、どっかにすてきなお店でもあるのかな」と瑞希がこそこそと私に話しかけてくる。


「寂れたリゾート地なんだし、あんまり期待しないほうがいいんじゃない? それより瑞希大丈夫? 本気の瑛輔くんって超スパルタだよ。しかも、出来が悪いとひどいペナルティーもあるから。ディナーがお預けにならないように頑張ってね」


 嘘だけど、と心の中で舌を出す。車の中でされたことのお返しだ。

 瑞希が死にそうな顔になったのに満足して、窓の外に広がる海に目をやる。

 嘘みたいにきれいな海。

 だけど、嫌いだ。海は大嫌い。

 チーを飲み込んで、さらってしまったから。

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