閑話. 大団円のその後に2
「あら、こんな時間に二人揃って来るなんて珍しいじゃないか。」
いつもならもっと早い時間にギルドの中で待ち合わせをしている二人が、今日は遅い時間に二人で連れ立ってギルドにやってきたので、ギルドの受付のネーヴェは珍しい物でも見たかのような顔で、カウンター越しにアンナとルーフェスに声をかけたのだった。
「そうそう、あんたって公子様だったんだねぇ。ただ者じゃないとは思ってたけど。あ、お貴族様にあんたなんて言っちゃダメか。」
先日の劇のおかげで、ルーフェスが貴族である事は既にギルドの中にも広まっていた。
けれども、身分の差など全く気にしない様子のネーヴェは、以前と変わらず気さくに話しかけてくれたので、ルーフェスも変わらず彼女に笑いかけたのだった。
「あんたでいいですよ。今まで通りで、煩わしい事は気にしないで。」
「そうかい?じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうよ。それで、今日はどうしたんだい?二人して改まって。」
そう言ってネーヴェは受付の前に並び立つ二人を不思議そうに眺めるので、アンナとルーフェスはお互いの顔を見合わせると、代表してアンナが来訪の目的を告げたのだった。
「実は、私たち王都を離れることになって、それで今までお世話になった人に挨拶をして回ってるんです。だから、お姉さんにもお別れの挨拶をしにきたんです。今まで、本当に有難うございました。」
それを伝えるとアンナは感謝の意を込めて深くお辞儀をした。その隣では同様にルーフェスも、頭を下げている。
突然の二人の挨拶にネーヴェは驚いた様だったが、直ぐにニッコリと笑うと、その二人の心遣いに返答したのだった。
「あら、そうなのか。わざわざありがとうね。あんた達は腕が良かったから居なくなるのは残念だわ。それで、二人で一緒に行くのかい?」
「えっ、えぇ……そうです……」
照れた様にそう答えるアンナと、そんな彼女を優しい眼差しで見つめているルーフェスを見て、受付のお姉さんは何かを納得したかのように大きく何度もうなずいて、目を細めたのだった。
「そっか、そっか。まぁ、この世界じゃよくある事だしね。新しい土地でも仲良くやるんだよ。」
「はい、有難うございます。」
一体何がよくある事なのだろう?とアンナは疑問に思ったが、それについては口には出さなかった。
「それじゃあ、私からの選別だよ。これを持って行きな。」
彼女はそう言うと、カウンターの引き出しの中から小さな羽根を取り出して、それをアンナとルーフェスのそれぞれに手渡したのだった。
「……これは?」
手渡された羽根をアンナは不思議そうに眺めた。日にかざすと薄く透けるその羽根は、真っ赤にキラキラと輝いて、とても綺麗だった。
「これは、火花鳥の羽根だよ。今のあんた達にはぴったりのお守りだと思ってね。」
「へぇ、お守りですか。綺麗ですね、有難うございます。」
「どういたしまして。これからの二人の旅路に幸多きことを祈っとくよ。」
そう言ってネーヴェはルーフェスの方をチラリと見てニヤリと笑いかけたので、お守りの意味を知っているルーフェスは彼女の意図を察して
「お心遣い有難うございます。」
と柔かに返したのだった。
一人この羽根の意味を知らないアンナは、不思議そうに二人のやりとりを眺めていたが、きっと旅の安全祈願か何かの御守りなのだろうと、深く考えずに、貰ったばかりの美しい羽根を大事にポケットへとしまった。
それから二人は改めて受付嬢のネーヴェに深々と一礼してから、ギルドを後にしたのだった。
***
次にアンナ達は、元乳母のマチルダの元を訪ねた。
「アンナお嬢様!!……あっ、いえ、その……」
来訪したアンナの姿を見るとマチルダは嬉しそうに声を上げたのだが、アンナの隣にルーフェスがいる事に気づくと、言葉に詰まった。以前アンナが彼には自分が男爵令嬢である事を知られたくないと言っていた事を思い出して様付で呼んでしまったことを慌てて誤魔化そうとしたのだ。
「いいのよ、マチルダ。彼はもう全部知っているわ。」
「あっ、そうなのですね。」
アンナの言葉にマチルダはホッとした表情を見せたものの、ルーフェスの方にちらちらと視線を送っては、どこか落ち着かない様子だった。
そんな彼女の様子を見かねたのか、ルーフェスが自分からマチルダへと話しかけたのだった。
「こんにちは、マチルダさん。その節はお世話になりました。改めて挨拶しますが、僕はクライトゥール伯爵の弟でルーフェス・クライトゥールと言います。身元については保証されているから、怪しい者じゃないですよ。だからアンナの隣に立っていてもそんなに警戒しないで欲しいな。」
そう言ってルーフェスは爽やかな笑顔を見せると、彼女を安心させるように笑いかけたのだった。
「こ……これは失礼しました。決してそう言うつもりで見ていた訳じゃないんです。ただ……」
「ただ?どうしたの?」
平謝りしながら言い淀むマチルダをアンナは不思議そうに眺めてその先を促した。するとマチルダは二人の顔を交互に見ると、観念したかの様におそるおそる思っている事を口にしたのだった。
「いえ……お二人の関係性に変化があったのかなと思ったのです……。あぁ、すみません!私なんかがこんな事を申してすみません!!」
そう言って彼女は大慌てで頭を下げた。
「か……関係性って、い、一体何を言って……」
彼女からの思ってもみない発言に、アンナは顔を赤くしてわかりやすく動揺したのだったが、横に立っていたルーフェスは、顔色ひとつ変えずに
「そうですね、友人からは先に進めたと思います。」と言ったのだった。
「ルーフェス!?何を言って……」
まさか彼がその話に乗ってくるとは思わずに、アンナは更に狼乱した。
「何をって、本当のことだろう?」
「それは、そうだけども……でもそれ、今言う?!」
「だって聞かれたんだから、ちゃんと答えないとね。」
そんな二人の様子を、マチルダは微笑ましく見守っていたのだが、ふと我に返ると、慌てて二人を家の中へと招き入れたのだった。
「カーラさんのお加減はどうかしら?」
「はい。お陰様で母はだいぶ良くなりました。本当に、有難うございました。お嬢様には感謝してもしきれません。」
出されたお茶を頂きながらアンナが尋ねると、マチルダは目に涙を浮かべてそう答えたのだった
「そう、良かったわ……。それならばマチルダ、貴女にひとつお願いがあるの。」
そう言ってアンナは深呼吸すると、マチルダの手を取って、彼女の目を真っ直ぐ見つめながら、自分の気持ちを伝えたのであった。
「私はラディウス領に領主として帰還するわ。それで、貴女にも着いてきて欲しいのよ。私の侍女として、またうちで働いて貰えないかしら?もちろん、カーラさんの面倒も見るわ。」
アンナの言葉を聞いたマチルダは驚きのあまり固まってしまった。それから我に返ると、涙を流しながらも満面の笑みをうかべて、アンナに額ずいたのだった。
「あぁ…有難うございます……。このマチルダ、アンナお嬢様に一生仕えさせて頂きます。」
「こちらこそ有難う。引き受けてくれて嬉しいわ。良かった。昔馴染みがそばに居てくれると心強いの。」
アンナはそう言ってマチルダに微笑むと、泣いている彼女をそっと抱きしめたのだった。




