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76. 謁見

 一夜明けて、アンナとルーフェス、それにリチャードとリリアナの四人はクライトゥール家の馬車に乗って王城へと向かっていた。


 今日は、リチャードとルーフェスの処遇が決定される大切な日なのだ。四人は意気込んで王城へ向かっていたが、そんな中、アンナだけは緊張で顔が強張っていたのだった。


「アンナ、緊張している?」

「それは緊張するわよ。だって国王陛下の御前なのよ?」

 ルーフェスに問われて、アンナは気持ちを吐露した。つい昨日まで平民として暮らしてきたので、貴族としてちゃんと振る舞えるか不安であったし、何よりこれからこの国で一番偉い人物、国王陛下に謁見すると思うと、平静ではいられる筈がなかった。


 すると隣に座るルーフェスは、そんな彼女の様子に気付いて彼女の手にそっと触れると、アンナの緊張を和らげようと優しく声をかけたのだった。


「うん、僕も緊張している。一緒だよ。」

「嘘、全然そんな風には見えないわ。」

「そんな事ないって、ほら。」

 そう言ってルーフェスは、アンナの手を取ると、自分の胸に押し当ててみせた。すると指先に触れた彼の温かい胸元からは、確かにドクンドクンと早鐘を打つ様に激しく脈打つ鼓動が感じられたのだった。


「……ね?」

「そ……そうね……」

「そんなに気負わなくても大丈夫だよ。僕が側にいるんだ、万が一君が困る様な事があっても直ぐに助けるから。」


 ルーフェスが愛しむ様に微笑んでそう言うので、アンナは少しだけ気持ちが落ち着いた。……のだが、不意に前の席から声がかかって、彼女は直ぐにまた動揺してしまうのであった。


「まぁ、大変仲がよろしいこと。」

「そうだね。本当に、羨ましいねぇ。」


 二人の様子を微笑ましく見守っていたリチャードとリリアナが声をかけたのだ。


 アンナは二人が見ている事に気付くと途端に恥ずかしくなって、慌ててルーフェスから離れようとしたが、ルーフェスはそれを許さずに、逃げる彼女の肩を抱き寄せたのだった。


「僕は散々二人の仲を見せつけられていたんだから、これくらい良いだろう?」

「私が良くないから!恥ずかしいから!!」


 アンナは顔どころか耳の先まで真っ赤にすると、彼の胸を押してその腕の中から離れようとしたが、ルーフェスは彼女の肩をしっかりと掴んで離さなかった。


「ルーフェス!リチャード様もリリアナ様も居るのだから、戯れるのは止めて?」

「僕としては戯れなんかじゃ無いんだけど……でもそれなら、人前で無ければいいのかい?」

「……二人だけの時なら……」

 アンナは消え入りそうな声で、なんとかそれを言うと、それ以上は恥ずかしくて俯いてしまった。

 対してルーフェスは、彼女から言質を取れた事が嬉しくて、満面の笑みを浮かべると、「分かった。」と言ってアンナを離したのだった。


「それでどうかな、緊張は大分取れたんじゃないかな?」

「そうね。別の意味でドキドキしてるけどね……」

「それは光栄だな。」


 言われてみれば確かに、先ほどまでの緊張は、すっかりと恥ずかしさに塗り替えられてしまっていた。これが彼の計画通りであったならば、アンナは少しだけ釈然としなかった。


 そうこうしているうちに、四人が乗った馬車は王城の門をくぐり抜け、そのまま城内を進んで行った。


 窓の外の景色からそろそろ目的地に到着すると確認すると、リチャードは「よしっ」と言って大きく手を叩いて注目を集めると、真面目な顔で三人に呼び掛けたのだった。


「さて、城内に入ったからには、戯れるのもここまでだ。ここからは、気を引き締めて行こうね。」


 彼の一声で、和やかだった馬車の中の空気が一変する。四人は気合を入れ直すと、これから行われる謁見に意識を集中させたのだった。



***


「リチャード・クライトゥール及びルーフェス・クライトゥール、参じました。」


 謁見の間に入るとそこには既に国王陛下と王太子殿下が鎮座しており、四人は直ぐにひざまずくと、首を垂れて国王陛下陛下からお声が掛かるのをじっと待った。


「うむ。楽にしてよいぞ、面を上げなさい。」

「はい。有難うございます。」


 陛下からお許しが出たので、四人は顔を上げた。

すると当たり前だが眼前には国王陛下が鎮座していて、初めて拝見するこの国の王様に、アンナは萎縮した。


「クライトゥール家のリチャードとルーフェス。それから夢見姫のリリアナは分かるが、して、そなたは名をなんと申すか?」

「お初にお目にかかります。アンナ・ラディウスと申します。」

 アンナは国王陛下に直接話しかけられた事に緊張しながらも、動揺を隠して毅然と名乗った。ラディウスの姓を正式に名乗るのは実に五年ぶりであった。


「ラディウス……西の魔の森近郊の男爵領の娘か?」

「はい。今までは父亡き後叔父が領主代行を務めていましたが、先日十八歳になり成人いたしましたので、叔父に代わり、私が領主の座を引き継ぎました。」


「ふむ、そうか。ではそなたが、ルーフェスが本日我々に紹介する予定の人物なのだな?」


 国王陛下からのその問いかけに、アンナはなんと答えていいのかが分からず、返答に窮してしまった。ルーフェスからはそう聞いているが、しかしそれを認めると、自分で自分の事をルーフェスの想い人だと公言する事になるので、自分の口から言って良い事なのか判断に困ったのだ。


 すると、アンナが困っている事を察して、彼女の代わりにルーフェスがその質問に答えたのだった。


「はい、そうです。彼女が私の大切な人です。願わくばずっとそばに居たいと思うほど、私は彼女を愛しています。」


 彼が臆する事なく堂々とそう答えると、国王陛下はその真偽を見定めるかの様にルーフェスをじっと眺めた。そして、再びアンナに視線を移すと、彼女にもう一度同様の質問をしたのだった。


「アンナ・ラディウス、彼の言っていることに間違いはないか?」


「……は……はい。」

 ただでさえ陛下の御前で緊張しているのに、それに加えて皆の前で愛してると宣言された気恥ずかしさも加わって、アンナの顔は爆発でもするのでは無いかと思うくらい熱くなっていた。

 それでも、自分のこの返答がルーフェス達の処罰を左右するのだと事前に聞いていたので、アンナは羞恥心を押し込めて、それは事実だと肯定したのだった。


「国王陛下、このように私と兄とでは、愛する女性も違いますし、家督についても、私は兄に継いで欲しいと思っています。自分には、爵位や領地などもいりません。だから、私たち兄弟の間で諍いが起こる事はあり得ないのです。」

 アンナ受け答えを受けてルーフェスはそう主張すると、改めて国王陛下に頭を下げた。そしてそれに続き、今まで黙っていたリチャードも、ルーフェスに加勢するように同じ主張を国王陛下に訴えたのだった。


「国王陛下、ご覧のとおり、私と弟では生きたいと思う道が違います。五十年前のルオーレ公爵家の悲劇のような事は起こり得ないです。」

 二人は陛下の御前で頭を下げたまま、その判断を静かに待った。


 そんな二人を前にして、国王陛下は難しい顔のまま少し考え込むように二人の顔をじっと眺めると、重々しく言葉を紡いだのだった。


「そなたらの主張は分かった。お前達の間に争いの種になるような不安要素が無いことは認めよう。だがここで私が納得したとしても、貴族の間で双子を忌み嫌う風習は根強く、簡単にはその不安は払拭できるものでは無いだろう。それに、今回の件は公爵だけではなくお前たちにも処罰を望む声が少なからず上がっているのも事実だ。それら全てを踏まえて、私はお前たちの処遇を決めなくてはならない。」


 そう言って陛下は厳しい表情のまま、二人を見つめた。


 しかし、これは想定内である。

 陛下の御言葉はもっともであり、彼ら自身もそのような事を言われるだろうとは、事前に予測出来ていたので、リチャードとルーフェスは予め話し合って居たのだ。だから彼らはお互いの顔を見て目配せをすると、意を決したかのように一歩前に進み出て、強い決意を宣言したのだった。


「仰る通り双子が不吉という迷信は根強く、中々払拭できないかも知れません。ですが、私たち兄弟が、そのような噂は間違いであると証明してみせましょう。王家に忠誠を誓って弟と共に祖国発展に勤しみ、この上ない成果を上げることで、そのような不安や不満を必ずや黙らせてみせます。」

「私も兄と同じ気持ちです。」

 リチャードとルーフェスは覚悟を決めて国王陛下にそう誓いを立てると、片膝をつき胸に手を当てて恭しく頭を下げると、王家に忠誠を誓ったのだった。


 しかし、そんな彼らの言葉を聞いても国王陛下のお気持ちは動かなかった様で、陛下は難しい表情を浮かべたまま、「ふむ……」とだけ呟き、黙ったまま思案を続けた。



 しばらくそのまま沈黙の時間が流れて、アンナたちは固唾を飲んで陛下の判定を待ったが、するとここで、新たな人物が声を上げたのだった。


「陛下、よろしいでしょうか?」

 それまで黙って成り行きを見つめていた王太子が、発言の許可を求めたのであった。


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