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75. 最高の贈り物

 リチャードとルーフェスは、サロンでゆっくりとお茶を飲みながら、二人で今後について話し合っていた。


「まぁ、予想通り王宮は私たちの事を囲い込んだよね。」

「それはそうだろうよ。王都の結界はリチャード一人で護ってるようなものだし、稀少な回復魔法の使い手を手放すわけないさ。」

「まぁね。喜んで良いのか悪いのか。」

「そうだね。僕たちはもう少し、自分の価値を有効に利用して、自由で優位な立場になりたいものだね。」

 そう言ってルーフェスは肩をすくめてみせると、二人は互いに視線を合わせて苦笑した。


 そんな風に二人が仲睦まじく話をしていると、サロンのドアがノックされたので、二人はドアの方を見た。すると、リリアナが、アンナを連れて戻ってきたのだった。


「やぁ。もう試着は良いのかい?」

「えぇ。とても良く似合ってましたわ。殿方へのお披露目は、明日までお待ちくださいね。」

「それは楽しみだな。アンナにドレスを貸してくれて有難うね、リリアナ。」

「どういたしまして。アンナさんのドレスを選ぶの楽しかったわ。」

 彼女たちが部屋に入ると直ぐに、リチャードとルーフェスがリリアナに声をかけたので、彼女は柔らかく笑うと、嬉しそうにそう答えた。

 そんな彼女の表情から、ドレス選びは満足がいく結果が得られたのだと分かった。


「とりあえず、こっちにおいで。お茶を飲みながら話を聞かせてよ。」

「アンナも、そんな所で立ってないで、こっちに座りなよ」


 リチャードとルーフェスが、入り口で佇んだままで居るそれぞれのパートナーに、自分の隣に座るように席を勧めたので、リリアナはとても自然にリチャードの隣に腰を下ろしたが、けれどもアンナはその誘いには乗らずに、少し頬を赤らめて緊張した面持ちでその場に佇んだまま動かなかった。


「アンナ?」

「あ、うん……それなんだけど……」


 そんな彼女の様子を不思議に思ってルーフェスが声をかけると、彼女は躊躇いがちに言い淀んだが、覚悟を決めたかの様に一度大きく深呼吸すると、ルーフェスの目を見て大事な話を切り出したのだった。


「あのねルーフェス、私にもう一度お庭を案内してもらえないかしら?」

「え……?それは構わないけれど、もう一度って?庭どころかアンナにはまだ屋敷の中も案内していな……」


 言いかけて、ルーフェスは彼女の言おうとしていることの意味に気がついて、嬉しそうに口元を手で覆った。彼は前に一度だけ、アンナに庭を案内した事があるのだ。


「あぁ、分かった。うん、行こうか。」


 ルーフェスは満面の笑みを浮かべると、すぐに立ち上がってアンナの手を取りそのまま部屋の外へと歩き始めたので、アンナは慌ててリチャードとリリアナにお辞儀をすると、ルーフェスと一緒に部屋を出て行ったのだった。


「まぁ、ルーフェスはとても嬉しそうでしたわね。」

「うん、そうだね。」

 部屋に残されたリチャードとリリアナはそんな二人の姿を微笑ましく見送った。

 それからリチャードは、姿の見えなくなったルーフェスに向けて「良かったね。アンナに会えて。」と、独り言のように呟いたのだった。



***



「ジェフは、庭師としての腕も本当に素晴らしいのね。」

「そうだね。この庭にはいつも綺麗な花が咲き誇っていた。僕しか見る人が居ないのにそれでも彼は手を抜かずに常にこの庭を美しく保ってくれていたんだ。」


 ルーフェスとアンナは、二人が初めて出会った想い出の庭園を散策していた。


 相変わらず人気の無い静寂した庭であったが、あの時と変わらず、草木は瑞々しく生い茂り、季節の花々が美しく咲き乱れていた。


「あの時は、ダリアが綺麗だったわね。」

「うん、覚えているよ。」

 アンナの言葉に、ルーフェスは目を細めながら懐かしげに微笑んだ。二人は、寄り添いながらゆっくりと歩き、庭園の中央にある東屋に辿り着くと、二人並んでベンチへと腰を下ろしたのだった。


「それで、どうしたの?何か話があるから、僕をここに誘ったんじゃないのかい?」


 ルーフェスはアンナの手の上に自分の手をそっと重ねると、彼女の顔を覗き込んだ。


 彼女の様子が先程からどこかおかしい事は感じていたが、それが一体何なのか検討が付かずルーフェスは少し不安だったが、それ以上は言葉を止めて、彼女の言葉をじっと待った。


 するとアンナは、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、白い箱をルーフェスに差し出したのだった。


「それは……、その……これを渡したくて……」

「これは?」

 ルーフェスはアンナから差し出された箱を受け取ると、その中身を確認してハッとした。箱の中には、自分のイニシャルであるRの文字が刺繍された白いハンカチが納められていたのだ。


「全然上手く刺せなかったけど、時間も全然無くって、こんな物しか用意できなかったけれども……ルーフェス、お誕生日おめでとう」

 アンナは恥ずかしくて目を逸らしそうになるのを堪えて、彼の目を真っ直ぐに見つめながら心からの笑顔でルーフェスの十八歳の誕生日を祝った。


 すると彼はアンナの心遣いに感極まって、思わず彼女の身体を引き寄せると、しっかりと抱きしめたのだった。


「!!!アンナ、有難うっ!!すごく嬉しいよ!!」


 急に抱き寄せられてアンナは咄嗟にどうしていいか分からなかった。


 心臓がバクバクして破裂しそうな程恥ずかしくて思わず逃げ出しそうにもなったが、けれども、背中に回された腕が力強く自分を抱きしめるので、アンナはそのまま大人しくルーフェスの胸の中に身を預けて、弁明を続けた。


「刺繍なんて初めてだったから、本当に上手く出来なくって、歪んでしまったんだけれど……でもね、貴方の事を想って、一針一針心を込めて刺したのよ。」

「うん。ありがとう。こんなに嬉しい贈り物は他に無いよ。一生大切にするね。」

「それは大袈裟すぎない??」

「大袈裟なんかじゃ無いよ。僕にとっては一生の宝物だよ。」


 そう言ってルーフェスは、アンナを少し離すと彼女の顔を愛おし気に見つめて、優しく髪を撫でたのだった。


 そんな彼の様子から、ルーフェスが本当に心から刺繍入りハンカチを喜んでくれているのが分かってアンナはホッとしたが、それと同時に少し心苦しくもなってしまった。何故なら彼女には、この贈り物に負い目があったのだ。


「あの……本当は、もっと何か他にも用意したかったのよ?だってこんな素敵なブローチを貰ったんだから、それに見合うプレゼントを贈りたかったんだけど……ごめんなさい。色々忙しくて準備出来なかったわ。」

「そんな事気にしなくて良いんだよ。僕にとってはアンナが僕を想って用意してくれた物なら何だって嬉しいんだよ。」

「けど、やっぱり私が貰った物と金額が全然釣り合って無いわ……」


 話しているうちに、アンナは段々と申し訳なさが募って、下を向いてしまった。


 そんな彼女を少し困った様に見つめていたルーフェスだったが、ふとある事を思い付き、アンナの顔を上に向けさせると、その提案を彼女に伝えたのだった。


「そんなに気にするんだったら、今もう一つプレゼントを貰っても良いかな?」

「えっと、今?でも今は何も他に贈れる物など用意してないけど……」


 アンナは、ルーフェスの提案の意図が良く分からず、不思議そうに首を傾げた。今の自分に、他に彼に贈れそうな物など何も持っていないのだ。


 そんなアンナの何も分かっていない様な仕草を見てルーフェスは苦笑すると、彼女の耳元に口を寄せて囁くようにお願いをしたのだった。


「目をつぶってくれるかな?」


 その言葉の意味を察して、アンナは途端に身体が熱くなった。


「それは……プレゼントになるの?」

「なるよ。僕にとって最高の贈り物だよ。」


 重ねていた手は、いつの間にか指を絡め合う繋ぎ方に変わっていた。

 彼の指に力がこもるのを感じて、アンナは頬だけでなく全身を真っ赤にすると、小さく頷いて、そっと瞳を閉じた。


「んっ……」


 アンナは、自分の唇にルーフェスの唇が重なったのを感じた。

 それはほんの数秒の出来事で、軽く触れ合っただけなのに、アンナは生まれて初めての口づけにドキドキして、この上なく幸せな気分を味わったのだった。


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