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74. 別室にて

「あらあら、困ったわねぇ。」


 リチャードとルーフェスが穏やかにお茶を楽しんでいる同じ頃、別室ではリリアナとアンナはある問題に直面していた。


 彼女たちは今、リリアナが持ってきたドレスをアンナに試着させていたのだが、背丈こそアンナとリリアナはほぼ同じであったが、細身のリリアナに対して、アンナの方が肉付きが良かったのだ。


「……羨ましいですわ……」

「なっ……何を仰るんですか?!」

 リリアナが真顔で変な事を言うので、アンナは思わず赤面しながら狼狽えた。周囲にはメイド達が顔色一つ変えずに控えているので、尚のこと恥ずかしかった。


「まぁ、腰回りはコルセットで何とかなるでしょうし、お胸も、ちょっときついかも知れませんがしっかりと潰せばリリアナ様のドレスを着られると思います。」

 アンナを採寸している侍女が、その身体つきを確認しながら、リリアナにそう報告すると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて、目を輝かせながらアンナに詰め寄ったのだった。


「着られそうで良かったわ!ねぇ、アンナさんにはどれが似合うかしら?とりあえず先ずはこれと、それと……あっ、あとあれを試着してみてくださらない?きっと似合うわ!」


 リリアナは、まるで着せ替え人形で遊ぶかのようにとても楽しげにドレスを選ぶと、片っ端からアンナに試着を勧めるので、アンナは、なすがままに彼女に身を任せた。


 そうして持ってきたドレスを一通り試着し終えると、リリアナはその中から二着のドレスを選んだのだった。


「アンナさんはどちらが良いかしら?貴女のその綺麗な赤毛には、この紺色か、朱色が似合うと思うの。貴女はどちらを着たいかしら?」


 そう言ってリリアナは、落ち着いた雰囲気の紺のドレスと、鮮やかな朱色のドレスの二着から、気に入った方を選ぶようにとアンナに促したのだ。


 なのでアンナは、迷う事なく即決した。

「それならば、朱色がいいわ。」


 それは二人にとって想い出の色だった。あの日見た夕陽のような朱色は、彼も好きな色だと言っていたのできっとこっちの方が喜んでくれるのではないかと思って、迷わずに朱色を選んだのだ。


「そうね、赤はルーフェスの色だものね。それが良いと思うわ。」

「えっ?ルーフェスの色って?」

 アンナの選択にリリアナは満足そうに納得したが、しかしアンナは彼女の言った言葉の意味が分からず不思議そうの顔をしていた。


 すると、そんなアンナの様子に気付いたリリアナはあの二人の好みに付いて教えてくれたのだった。


「あら、ご存知なかったかしら?あの二人は各々自分の色を決めているのよ。リチャードが青で、ルーフェスが赤。私てっきりアンナさんは知っているかと思いましたわ。だって貴女赤い糸で刺繍されてたじゃない。」


 それは、初耳であった。そして、その言葉を聞いてアンナは頭が真っ白になってしまった。とても大事な事を忘れていたのだ。


 彼女は一瞬固まると、直ぐに大きな声を上げて、取り乱した。


「あぁぁっ!!色々あって忘れてたわ!!!」


 ルーフェスに贈る為に刺したイニシャル入りのハンカチを、まだ渡せていない事を思い出したのだ。

 朝から色々とゴタゴタしていたとはいえ、こんな大切な事を忘れてたなんて、アンナは自分のうっかりに頭を抱えて落ち込んだ。


「そ、そんなに落ち込まなくても、今からでも渡しに行けば良い事じゃない?」


 あまりのアンナの取り乱しっぷりに、リリアナが優しくアンナに声をかけて彼女を宥めると、アンナは顔を上げて少し涙目でリリアナを見つめた。


「そ、そうですよね。私、この後直ぐにルーフェスに誕生日プレゼントを渡して、おめでとうって言うわ。」

「えぇ。そうね、それが良いわ。きっと彼も喜ぶわ。」


 リリアナの心強い後押しにアンナが気持ちを立て直して頷くと、二人はドレス選びを切り上げて、ルーフェスが待つサロンへと急いで戻ったのだった。

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