68. 決着
「あー……アンナ、ちょっと……」
急に声を上げたルーフェスが席から立ち上がると、テーブルから少し離れた位置に手招いたので、アンナは不思議にも思いながらも彼の方へと移動した。
するとルーフェスは、部屋の中央に背を向けると、アンナの手を取ってそれを彼女に握らせたのだった。
「後でちゃんと説明するし、後でちゃんと怒られるから、兎に角今はこれを使って。」
「えっ……これを何でルーフェスが……?!」
手の中の物を確認して、アンナは目を丸くした。それから、ルーフェスの顔を見ると、彼はバツが悪そうな顔でこちらを見ていたのだった。
「後でちゃんと説明するから……。とにかく今はこれで、アンナの身分を証明しよう。」
そう言ってルーフェスは、彼女の背中を押して、再び席に着席させた。
彼が握らせたそれは、最高で最強の隠し球であったのだ。
だからアンナは、手の中のそれを握りしめると、再び力強い意志を瞳に宿し、毅然とした態度で、新たな証拠として提示したのだった。
「審議官、私がラディウス前男爵の娘である事を証明します。これは、私が産まれた時に辺境防衛で武勲を立てた父が、国王陛下から賜ったブローチです!!」
銀細工に宝石が散りばめられたそのブローチの裏側には、細かい文字で、ラディウス男爵の武勲を讃える言葉と娘誕生に対する祝辞と、それから国王陛下のサインが彫ってあったのだ。
ブローチを受け取ってその文字を確認すると、審議官は審議官は驚きの声を上げてこれが本物である事を認めたのだった。
「これは、紛れもなく国王陛下からの賜り物!!これを持っているということは、疑いようもありませんね。」
その様子に、アンナは今度こそ本当に胸を撫で下ろした。これで、彼女がラディウス前男爵の娘であることが証明されたのだ。
しかし、叔父だけはそれに納得しなかった。
彼は顔を真っ赤にして震え出すと、立ち上がって強く抗議を始めたのだった。
「お前がそんな物を持っているわけがない!!偽物だ!!」
「国王陛下からの御下賜品をそのように仰るなんて不敬になりますよ。」
「なっ……大体そのブローチはそっちの男が持っていた物じゃないのか、さっきお前がアンナに渡していただろう?!」
「はい。切り札なので、彼女に言われて預かってました。」
今にも頭から湯気が出てきそうな程に憤慨している叔父の剣幕に臆することもなく、ルーフェスはしれっと息を吐くようにそれらしい嘘を言ってあしらった。
すると叔父は、余計に逆上してルーフェスを睨みつけたのだった。
「大体、お前は誰なんだ?!何の権利があってこの場に居るんだ?!」
「これは失礼。名乗るのが遅れました。クライトゥール公爵家次男、ルーフェスと申します。アンナは大切な友人で、彼女に請われて同席しました。」
「なっ……公爵家の人間だと……」
ルーフェスが立ち上って優美に挨拶をしてみせると、叔父はその身分の高さに一瞬たじろいだ。しかし、彼は直ぐにある事を思い出して、勝ち誇ったかのように反論を続けたのだった。
「いや、クライトゥール公爵の息子は一人だけで確か名前は……リチャードだったはず!さてはお前も偽物だな?!審議官、このような偽物の言うことなど信用できません!!」
彼は自信を持って審議官にそう訴えかけたのだが、しかし審議官は、困ったような、憐れむような目で叔父を眺めたのだった。
「ラディウス男爵は、一昨日の劇を観ていないのですねぇ……」
「……は?劇……?」
審議官の言葉の意味が理解できず、男爵はポカンと口を大きく開けて呆けてしまった。
「あれは、中々の傑作でしたよ。」
「有難うございます。まぁ、あれは兄の主演ですけども。」
「な、何を訳の分からない事を言っているんだ?!!」
一昨日はまだ領地に居た為に中央広場での件を知らない叔父は、二人の会話の意味が分からずにただ一人喚き散らしたが、彼の主張が受け入れられる事は無かった。
「とにかく、裁判所としては、ここに居るアンナ・ラディウスが男爵位を受け継ぐことを認めます。これ以上の異議は受け付けません。良いですね?」
一連のやり取りを通して、裁判所は正式にアンナの主張を認めたのだ。
この宣言にアンナは目に涙を浮かべながら立ち上がると、感謝の意を込めて深々と頭を垂れたのだった。
「ありがとうございます!!」
遂に、認められたのだ。
アンナはこの五年間の様々な記憶がよみがえり、胸が一杯だった。
ふと、叔父の方を見遣ると、彼はこの状況を認められず、かと言ってこれ以上は意見を述べる事も許されていないので、口をパクパクさせながら戦慄いていた。
その顔は全然納得していないと言った顔であった。
そんな不服そうな態度に気付いて、ルーフェスは表面上穏やかな声でそっと釘を刺したのだった。
「速やかにラディウス男爵家を明け渡して、彼女達に帰る家を返してくださいね。」
しかし、叔父は歯軋りをしながらルーフェスを睨め付けるばかりで何も言わなかったので、ルーフェスは眉を顰めると、今度は大きな声で審議官に確認したのだった。
「こういうのって、強制的に排除できますよね?」
「期日までに明け渡さなければ、そうなりますね。」
その言葉を聞き出すと、ルーフェスは再び敵意を剥き出しの叔父へと向き合って、微笑みながら、サイド通告をしたのだった。
「我が家は魔術師の家系でね、僕一人で一個小隊位ならば簡単に壊滅させられるんです。だから変な事は画策しない方がいいですよ。」
顔は笑っているが、目は全く笑っていない。ルーフェスが獲物を射抜くような氷の視線で、その静かな怒りを叔父にぶつけると、叔父は「くそっ、覚えていろ!!」と、捨て台詞を吐いて、部屋から出ていったのだった。
「……あいつ、徹底的に潰した方が良いな……」
扉が閉まると、ルーフェスはボソリと不穏な独り言を言ったが、アンナは聞かなかった事にした。
なんにせよ、これで終わったのだ。
「審議官様、公平なご判断を有り難うございました。」
アンナはもう一度深々と頭を下げて感謝の言葉を口にすると、それからルーフェスの方を見た。
「ルーフェスも、有難う。貴方が居てくれたお陰で上手くいったわ。」
「どういたしまして。」
彼はいつもと同じ優しい笑みを浮かべて、アンナを見つめていた。
「さぁ、帰ろうか。」
「えぇ……帰りましょう。」
アンナは晴々しい気持ちでルーフェスから差し出された手を取ると、二人はもう一度礼をしてから裁判所を後にしたのだった。




