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66. 告白

 結論から言うと、ルーフェスに会いたいというアンナの願いは、翌日いとも簡単に叶った。


 一夜明けてラディウス男爵位をかけた審問会当日の朝、アンナがいつもより気合を入れて身支度をし、不安な気持ちを落ち着かせるために目を閉じて一人で集中していると、そんな折に、彼が訪れて来たのだ。


「早い時間にごめんね。でもこの時間なら確実に会えると思って。」

「ルーフェス?!」

 突然やってきたルーフェスに、アンナは驚きの声を上げるも、素直に彼の来訪を喜んだ。彼はいつもと同じローブに身を包んで穏やかに微笑んで立っていたのだ。


 そう、いつもと同じ格好で。


「あれ?まだローブを被っているの?もうそれは必要ないんじゃ無いの?」


 彼がローブを纏って顔を隠していた理由は一昨日解決したのに、何故まだ顔を隠すような格好をしているのかとアンナは首を傾げた。


「あぁ……。これは、一昨日の件で前とは違う意味で、この顔で外を歩きにくくなったからだね。」

 そう言って彼は苦笑した。一昨日、大勢の人の前で情熱的な公開プロポーズを披露した双子の兄と同じ顔の為、外を歩けばどうしても人々の視線を集めてしまうのだ。


「……そうね。」

 その演出を仕組んだ身として、アンナは少しバツが悪そうに目を逸らした。


「それにしても、貴方にこんなに早く会えるとは思ってなかったわ。国王陛下は許してくださったの?」

「その事なんだけどね、どうしても今日中に君に話さなくてはいけない事があってね。僕に時間を貰えないかな?」

 ルーフェスは、少し緊張した面持ちでアンナの手を取ると彼女の目をじっと見つめた。


「えぇっと、今すぐじゃないとダメかしら?私これから行かなくてはいけない所があるの。」

 アンナは彼の真剣な眼差しに頬を赤らめるも、少し困ったような顔をした。今すぐにでも彼に時間を作ってあげたい気持ちはあるのだが、アンナには今、何よりも優先しなくてはいけないことがあったのだ。


「あぁ。今直ぐじゃなくてもいいよ。そっか、アンナの都合も確認せずに押しかけてごめんね。その予定の後にでも話が出来るのならば、ここで待っててもいいかな?」

「それは構わないけど……」

 アンナは、静かに座って本を読んでいる弟に目をやった。ルーフェスがここで待つと言うのならば、エヴァンの許可も必要であろうと弟の様子を伺ったのだ。


「一緒に行けば?」

 エヴァンは読んでる本から顔を上げずに二人にそう告げると、淡々と言葉を続けた。


「俺とこの人が二人で留守番だなんて間が持たなそうだから嫌だよ。それならこの人も一緒に連れてってよ。」


「エヴァン、中々酷いこと言うね……」

 ルーフェスがそう言いながら苦笑するも、アンナは少し考える素振りをみせて、そして弟の助言に従った。


「そうね……。お願い、ルーフェス一緒に来てくれないかしら?」

「それは構わないけど、一体どこへ?」

「裁判所。行く途中で、私が何しに行くかも全部話すわ。聞いて欲しいの。」


 アンナは、真剣な目をルーフェスに向けると彼の手をぎゅっと握って懇願するようにそう言ったのだった。



***



「私の正式な名前はアンナ・ラディウス。西方にあるラディウス領の、前領主の娘なの。」

 裁判所へ向かいながら、アンナはルーフェスに自分の身の上を打ち明けていた。


「私が十二歳の時に、父と母の乗った馬車が谷底に転落して二人を亡くしたの。当時未成年だった私やエヴァンでは爵位を継ぐことができなかったから、叔父が代わりに空位となったラディウス男爵位を継いだのだけれども……」

 先を急ぎながらも、アンナは暗い顔で俯き気味に言葉を続けた。


「騎士だった父は、危険な任務で自分がいつ命を落としてもおかしく無いと考えている人だったので、万が一自分が死んだ時の為に、裁判所に遺言状を残していたの。そして父の遺言にはこう書かれていたわ。自分が亡くなったら、私かエヴァンに爵位を継がせること。もし、二人が未成年だった場合は、私が成人するまでの間、弟である私の叔父に男爵代理を任せ、私が成人した後は私に男爵位を引き渡すようにと。」


 アンナはそこまで言うと、悔しげな表情で唇を噛み締めた。


「この遺言が発表されると、私たち二人は身の危険を感じる事が増えたの。上から植木鉢が降ってきたり、私とエヴァンの二人だけ食中毒になったり、部屋の中に毒蜂が放たれたり……。そんな中、決定的な事件が起きたわ。当時、情緒不安定になっていたエヴァンは私と一緒に寝起きしていたのだけども、それが良かった。そうでなければ、きっと私たちは二人で逃げ出す事は出来なかったから。」


 辛い事を思い出すたびに、アンナの顔色はどんどん悪くなっていく。ルーフェスは心配そうに彼女を覗き込むも、それでも彼女は説明を止めなかった。


「あの晩、隣のエヴァンの部屋で大きな音がしたので私は目を覚した。声の感じから、どうもエヴァンを探してるような事を察して、私は急いで弟を起こすと二人で身を隠したの。そうこうしているうちに、私の部屋にも男達がやってきた。手には剣が握られていて、ゴロツキのようだったけど、彼らの口ぶりから私とエヴァンを殺すようにと依頼されているようだった。」


 アンナは辛そうな顔をしながらも詳細に当時の様子を話した。そんな彼女の様子に心を痛めたが、ルーフェスは何も言わずに、ただ黙って彼女の話を聞いた。


「あの時、彼らに見つからなかったのは、本当に運が良かったとしか思えない。私たちは息を殺して、ただ潜んでこの悪夢が覚めるのを待っていた。すると、偶然部屋の前を通りかかったメイドが異変に気づいて叫んでくれたおかげで、使用人達が駆けつけて、侵入者達と彼らとで悶着が始まり、その隙に私とエヴァンは男爵家を逃げ出したの。」


 アンナはここまで話すと、足を止めて一旦言葉を切った。そして目を瞑って深呼吸をすると、ルーフェスの目を、力強い瞳で見つめて言った。


「そして今日、十八歳になった私は、父の遺言通り爵位を受け継ぐ為に、審議会で叔父と闘うの。」


 アンナは決意に満ちた表情でルーフェスを見つめたが、その表情は直ぐに不安そうな顔に変わり、それから彼のローブの端をぎゅっと掴むと、少し俯きながら小さな声で呟いた。


「それで……心細いから、一緒に居てくれないかしら……」


 気丈に振る舞っていたが、これが彼女の本心だった。



「アンナ……その、今の話を聞いて、かけたい言葉は色々あるんだけど……」


 ルーフェスはローブに添えられたアンナの手の上に自分の手を包み込むように添えて、それからゆっくりとローブから彼女の手を離させると、その手を自身の両の手でしっかりと握った。


「大丈夫、一緒に居るよ。」


 ルーフェスは優しい笑みを浮かべると、アンナにそう言った。

「うん……」

 アンナは涙目になりながら、ルーフェスの手をぎゅっと握り返すと、「有難う」と呟いたのだった。


 ルーフェスは、もう一度「大丈夫だよ」と囁いて彼女の背中をさすると、アンナの手を握ったまま裁判所へ向かって再び歩き出した。


 繋いだ手の温もりが、アンナの心を強く支えてくれたのだった。

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