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64. それぞれの帰宅

「ちょっと、僕だけこの状況について行けてないんだけど……」


 舞台袖に引っ込んだルーフェスは頭を抱えてしゃがみ込んでいた。


 何も聞かされていないまま、舞台に引っ張り出され、即興で祝辞を言わされて、多くの人々の前で兄の結婚を祝福させられたのだ。

 この状況に、頭がついていくわけがなかった。


「見ての通り、多くの人の前で既成事実を作ったんだよ。」

 ルーフェスの背中をポンポンと叩くと、彼を立ち上がらせながら、リチャードが晴れ晴れとした顔で答えた。


「こんな事をして、あの公爵が激昂しないわけないだろ……」

 ルーフェスは、リチャードを恨めしい目で見ると、大きな溜息をついた。

 けれども、リチャードはそんなルーフェスの視線を意に介さずに、肩に手を置くと、その顔を覗き込んで真剣な眼差しを向けたのだった。


「公爵が激怒したところで、いくらなんでもこれだけの数の民が証人なんだ。流石にどうこうは出来ないだろう。それに公爵にとってより致命的なのは、私たちが双子だって公になった事だろうしね。クライトゥール公爵家は、最悪爵位を失うかもね。」

 そうなったら、その時はその時だよねと、リチャードはあっけらかんと笑いながら言った。


「……なるほど、それが狙いか……」


 ルーフェスは、ようやくこの舞台裏の状況を理解した。そして、公爵家の秘密を暴露する為に、ここまで大掛かりな芝居を打った事に驚き、感心したのだった。


 リチャードは笑顔で頷くと、話を続けた。


「私達が二人とも自由になるには、出来るだけ大人数に、私達が双子である事を公にするのが一番効果的だと判断したんだ。私は別に公爵家という身分に固執していないし、お前だってそうだろう?固執してるのはあの人一人だけだ。だから、もういい加減に私たちを解放して貰おうじゃないか。」


 そう言って悪戯っぽく笑うと、ルーフェスの頭をクシャクシャと撫で回した。ルーフェスはその兄の行動に驚いて目を丸くしていたが、ふっと表情を和らげると、小さく苦笑を浮かべたのだった。


「それにしても、上手く考えたものだな……」

 ルーフェスは感心しながらリチャードの手を払うと、乱れた髪を直して、改めて兄を見遣った。


 リチャードもルーフェスを見返すと、ニヤリと口角を上げて、不敵に微笑んで見せたのだった。


「素案を考えついたのはアンナ嬢だよ。エミリア嬢を通じて劇団に協力を取り付けてくれたのも彼女だ。他にも人が集まるように宣伝に奔走したりして、本当に、彼女が居なければこの計画は成し得なかったと思う。頭が下がるよね。」

 そう言ってリチャードは、後ろに下がると、自分の代わりにアンナをルーフェスの前に押し出したのだった。


「アンナ……」

「ただいま、ルーフェス。私ちゃんと連れ帰ってきたでしょう?」

 アンナは少し得意げに微笑むと、ルーフェスの手を両手で握って彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「うん。おかえりアンナ。ありがとう……」

 ルーフェスは、アンナの姿に嬉しそうに目を細めると、彼女の手を強く握り返して優しく微笑みかけた。


 お互いの顔を見ると、二人は柔らかく笑い合った。話したい事は沢山あったはずなのに、その姿を見たら何も言葉が出てこなくて、二人は静かに見つめ合うと、しばらくそのまま動けずにいた。


 するとその様子を後ろから見守っていたリチャードは、頃合いを見て二人の背中をポンッと押して声をかけたのだった。


「申し訳ないんだけど、感動の再会の続きは後にして、そろそろ退散しようか。」

「そうだね……兎に角一度家に帰らないと。魔法の効力もそろそろ切れるし、ニーナが心配だ。」


 ルーフェスは名残惜しそうにアンナから離れると、リチャードの方へと向き合った。そしてお互い目で合図をすると、決意したようにリチャードも力強く一つ大きく首を縦に振ったのだった。


「分かった。私も行くよ。一緒に帰ろう。それでリリアナは……」

「私なら大丈夫ですわ、私も家に帰ります。アンナが送ってくださると申し出てくれたので、私の事は心配しなくても平気ですわ。」

 心配そうにリリアナの方を見るリチャードに向かって、彼女は安心させるかのように微笑みながら頷いてみせた。


「リリィ……。成り行き上あんな形での結婚の申し込みになってしまったが、私は本気だよ。こちらの事情が片付いたら正式にそちらの家にご挨拶に伺わせて欲しい。」

 リチャードはそう言ってリリアナの手を取ると、膝を折って彼女を見上げ、真剣な眼差しを向けた。


「はい。お待ちしておりますわ。」

 リリアナは彼の申し出に少しはにかむと、それから嬉しそうに微笑んで、その想いに答えたのだった。



***



「アンナさん、本当に色々と有難うございました。貴女のおかげで、全て上手くいきそうですわ。」

 リリアナを家へと送り届けに行く馬車の中で、彼女はにっこりと微笑んでアンナの手を取ると感謝の言葉を伝えていた。


「そんな、私だけで成し得た事では無いので恐縮ですけど、けれども、本当に上手くまとまりそうで良かったです。リリアナ様、おめでとうございます。」

 まだ全てが終わったわけでは無いし、公爵家に帰った二人が心配ではあったが、アンナもリリアナの手に自分の手を添えると、にっこりと微笑んで心からの祝福の言葉を彼女に贈った。


「ふふ、有難う。次は、アンナさんの番ですね。」

「……私の番とは?」


 なんの事か分からないアンナは、リリアナからの急な振りに戸惑って首を傾げたが、彼女はふふふっと嬉しそうに笑うと、目を輝かせながらアンナを見つめた。


「あら、ルーフェスに想いを伝えるのでしょう?」

「そっ……それは……」

 いきなり確信を突かれてアンナはたじろぐと、恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いたのだった。


「丁度いいじゃない。明後日は彼らの誕生日ですし、そんな日に想いを伝えるのはとても素敵だと思いますわ。」

 リリアナは両手を合わせて嬉しそうにそう告げると、何かを期待するような目でアンナを見つめていた。


 そんな彼女の眼差しに耐えかねて、アンナは両頬に手を当てて顔を俯けると、困ったように小さな声で呟いたのだった。


「あの……リリアナ様にご相談があるのですが……」

 しどろもどろになりながらも観念したかのように顔を上げて、アンナは真剣な眼差しで、リリアナを見た。


「あの……誕生日には、何を贈ったら喜ばれるものでしょうか……?その……今から用意出来て、出来れば余り高くない物で……」


 ここ数日の慌ただしさのせいで、ルーフェスへの誕生日プレゼントを何も用意出来ていなかったのだ。アンナは少し泣きそうな顔になりながら、リリアナに縋った。


「そうですわね……良くあるのが、ハンカチーフやタイなどにその人のイニシャルだったり、家紋だったりの刺繍を刺して贈るとかかしらね?」


「……刺繍……」

 それを聞いてアンナは、困ったように顔を曇らせた。


「あら、刺繍はやった事無いのかしら?」

「ええ……針仕事は繕い物ならばやりますけども、刺繍は……やった事無いですね……」

「まぁ、それでしたら私が教えて差し上げますわ。初めてでもRの一文字位ならば一日で刺せますわよ。よければ明日、家へいらっしゃい。私と一緒に刺繍を刺しましょう。」


 リリアナは、アンナの手をギュッと握ると笑顔を向けてそう言った。その笑顔はまるで、慈愛に満ちた女神のようで、アンナは彼女の手を握り返すと、崇めるように顔を覗き込んで懇願したのだった。

「本当ですか!?是非お願いします!!」

「勿論ですわ。私もリチャードの為に、何か作ろうと思っていましたので、一緒に刺しましょう。」


 それからリリアナは頬を上気させてご機嫌な様子で「楽しみですわね。」と呟いたので、アンナも「はい。」嬉しそうに答えたのだった。


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