63. 閉幕
一体何が起こっているのか。
これは現実なのか。
自分は夢でも見ているのではないか。
そんな事を考えてしまうほどに、ルーフェスにとって、この光景は衝撃的だった。
ルーフェスが昨日渡された魔道具を使って自身がそこに居るように見せる幻影を仕込んでから屋敷を抜け出して中央広場へ駆けつけてみると、そこでは兄であるリチャードが舞台上でリリアナにプロポーズをしていて、彼女の返事と共に観客たちによる盛大なる拍手と歓声が沸き起こっていたのだ。
人々が歓喜し広場全体が熱狂に包まれている中、ルーフェスは一人、この状況を飲み込めず、ただただ困惑し立ち尽くしていた。
「ルーフェス!!!」
喧騒の中突然名前を呼ばれて振り返ると、そこには、会いたくて焦がれていた人物が立っていた。
「アンナ!!!」
ルーフェスは彼女の姿に思わず表情を綻ばせて駆け寄った。彼女に手を伸ばしてそのまま抱きしめたかったが、ここが人混みの中だという事を思い出して、その衝動はぐっと堪えた。代わりに彼女の肩に手を置くと、ルーフェスの元へと駆け寄ったアンナは、息を切らしながらこちらを見上げて、少し目を潤ませながら、ルーフェスを見つめたのだった。
お互いに、言いたい事は沢山あったけれども、咄嗟に何も言葉が出てこなかった。
少しの間だけ二人は無言のまま見つめ合った。けれども直ぐに、アンナはやらなくてはいけない事を思い出して、緊急を要するといった感じで口を開いたのだった。
「良かった!来てくれて。こっちよ、急いで!!」
そう言うとアンナは有無を言わさずルーフェスの腕を引っ張って、人混みを掻き分けて舞台へと向かった。
「待って!これは……これは一体何をやっているの?!」
「ごめんなさい、今は説明してる時間はないの!!」
ルーフェスは、再会の余韻に浸る間も無く、慌ただしく腕を掴まれて連れていかれるこの状況が全く飲み込めないままだったが、アンナが必死になっている様子にただならぬものを感じて、大人しく従った。
「どうやら、私達の祝福に弟も駆けつけてくれたみたいです。」
舞台上ではルーフェスの姿に気付いたリチャードが、観客に聞こえるように態とらしく大きな声で喜びを見せつけていた。
そうする事で、ルーフェスを舞台に引きずり出したのだ。
「ちょっとアンナ、本当にどうゆうつもりなの?!」
「いいから!お願い、とりあえず話を合わせて!!」
舞台袖まで移動して、ルーフェスはもう一度腕を掴んだままの彼女に疑問を投げかけたが、アンナはそう言って急かすばかりで、ルーフェスの腕を更に強引に引っ張って、二人して舞台に上がったのだった。
そして、舞台上にはリチャードとルーフェスの二人が並んだ。公の場で初めて、同じ場所に二人して姿を見せたのだった。
「まぁ、ルーフェス!貴方も来てくださったのですね。」
リチャードの横から、リリアナが嬉しそうに声を上げた。幸せそうに寄り添う二人の姿に、ルーフェスは万巻の思いが込み上げて一瞬言葉に詰まったが、アンナにそっと背中を押されると、一歩前に進み出て、二人に祝福の言葉を述べたのだった。
「リチャード、リリアナ、おめでとう。二人の行く末に幸多い事を願って心からの祝福を送るよ。」
そう言って右手を差し出すと、リチャードも手を差し出して、二人はガッシリと握手を交わした。
「有難うルーフェス。弟に祝福して貰えて、私も嬉しいよ。」
二人の顔には、わだかまりも憂いも微塵もなく、晴れやかな笑顔が溢れていた。
この光景にも、人々は惜しみない拍手を送って、この感動的な出来事を心より祝ったのだった。
しかし、特別天覧席で観劇していた貴族たちは、この目の前の光景に、信じられないといった感じで騒然としている。
公爵家の嫡男であるリチャードが、忌み嫌われている双子であったことが明らかになったからだ。
「どう言う事だ?!」
「まさか…クライトゥール公爵家のリチャード様は双子だったのか?!」
「まぁ、なんと恐ろしい…!!」
「なんと、今までずっと王族さえも騙していたと言うのか?!」
混乱に陥った特別席の貴族たちの当惑と、貴族の事情など知らぬ平民たちの歓喜。様々な感情が混ざり合う中、舞台には再び主演女優のエミリアが立った。そして彼女は恭しく一礼をすると、にこやかな笑みで最後の挨拶をしたのだった。
「さて皆様。本日はお集まりいただき誠にありがとうございました。これにて全て終演となります。当劇団は、この後地方巡業に回りますが、王都に戻った暁には、凱旋公演を予定しておりますので、次回公演を楽しみにお待ちください。」
こうして、最終公演は幕を閉じたのだった。




