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62. カーテンコール

 最終公演の舞台は圧巻という言葉以外に形容しようがない程の素晴らしく完成された芸術作品となって観客の心を鷲掴みにして離さなかった。


 特に主演女優エミリアの演技は、今までで一番の輝きを放っていた。

 切ない恋心や、困難に立ち向かう直向きな強さ、そしてまるでこの世の幸福を全て手に入れたかの様な満ち足りた笑顔。様々な表情を観客に見せると、彼女の迫真の演技に魅せられた多くの人々が、涙を流し感動に打ち震えたのだった。


 こうして、過去最高に感動を呼んだ舞台は感動の渦を巻いて幕を閉じ、そして観客を熱狂に包み込んだまま演者達によるカーテンコールが始まった。


 通常ならば劇団長が挨拶をするのだが、千秋楽である今日に限っては、主演女優である、エミリアがその役を担っていた。


 彼女は舞台の中央で凛としてお辞儀をすると、よく通る透き通った声で、本日集まった観客たちに向けて、感謝の言葉を述べたのだった。


「御観客の皆様、御鑑賞誠に有難うございました。皆様のお陰で、本日無事に最終公演を終える事が出来ました。これも単に、皆さま方の温かいご声援があったからこそです。本当に有難うございます。」

 エミリアがそう言って深く頭を下げると、観客席からは惜しみのない拍手が沸き起こった。


「さて、本日演じました演目では、歌姫とその恋人が多くの困難に遭いながらもそれを乗り越えて、最終的には国民の皆様のお陰で無事にハッピーエンドを迎える事ができました。」

 ここで一旦言葉を区切って、エミリアは少し悲しむ様な素振りを見せた。


「実は……この最終公演にご尽力いただいたクライトゥール公爵家のリチャード様が、正に今、この劇のように多くの困難があり、婚約者であるリリアナ様との仲が引き裂かれようとしているんです。」


 エミリアの言葉を固唾を飲んで見守っていた観客たちからどよめきが起こった。

 彼女の真に迫った語り口調に引き込まれて、あたかもまだ劇が続いているかの様に錯覚し、彼女が語るリチャードとリリアナの悲劇的な状況に、人々は胸を痛めて心を配った。


「そこで、どうか皆さん、お力を貸してくれませんか?劇と同じように、この二人の若者達の誓いを見届け、その前途の幸せを願って、我々で彼らに祝福を授けてあげましょう!」

 エミリアが、手を大きく掲げて高らかにそう叫ぶと、観客からは大きな歓声が上がった。それはまるで、未来ある若い二人を応援するかのような、熱烈な声援であった。




「凄い……流石エミリア。この短時間でここにいる観客を全員引き込んだわ……」

 舞台袖で成り行きを見守っていたアンナは、目の前で繰り広げられている光景に驚きながら、感嘆していた。


「エミリア嬢の様な、人を惹きつける才に恵まれた役者がこちらの味方で本当に我々は幸運だったね。」

 横で、リチャードも満足気に笑みを浮かべている。


 二人して順調に計画が進んでいる事に安堵していると、舞台上では更に話が進んでいて、エミリアが舞台袖に居るリチャードに対して、今宵の主人公として舞台に上がる様にと呼びかけたのだった。


 いよいよ、この計画の最大の山場が始まる。


「では、ここからは、私が頑張らないとね。」

 そうと言い残してリチャードは不敵に笑うと、ゆっくりとエミリアのいる舞台中央へと向かった。




「ただいまご紹介に上がりました、リチャード・クライトゥールと申します。」

 堂々とした佇まいで登場した彼が優雅に一礼すると、会場は先程とは違った意味で大きな盛り上がりをみせていた。


 そんな会場の熱気を一瞥すると、リチャードは観客に向けて悲痛な面持ちで語りかけ始めたのだった。


「エミリア嬢の言う通り、私と、私の愛するリリアナは、今まさに運命によって引き離されようとしている所なのです。」


 観客は皆、突如舞台に現れたリチャードに驚くも、彼の言葉に耳を傾けて、真剣な眼差しで見入っている。


 観客の心を惹きつける事に成功したと感じたリチャードは、独白を続けた。


「私は、彼女を愛しています。彼女以外の人との婚姻は考えられません。彼女も私と同じ気持ちです。しかし、我々の婚約は大きな力によって解消させられそうになっているのです。」

 リチャードはここで一回言葉を区切ると、観客を隅から隅まで見渡した。


「どうか、私たちの未来の為に皆様の力をお貸しください。今ここで、私はリリアナに永遠の愛を誓います。皆様は証人となって、我々の愛の証をここに見届けてください。」


 彼の呼びかけに対して、観客たちは再び大きく盛り上がった。そして、舞台には、エミリアに手を引かれながら、リリアナが姿を現したのだった。

 彼女が恥ずかしそうに頬を赤く染めてリチャードの前に進み出ると、彼は優しく微笑んで跪き、彼女の右手を取って、その手の甲にキスをした。



「私リチャード・クライトゥールは、リリアナ・フォーサイス嬢、貴女を永遠に愛します。生涯をかけて貴女の事を幸せにしてみせます。だから、どうかこの愛を受け入れてくれませんか。」

 リチャードの真剣な眼差しを受けて、リリアナは目を潤ませて幸せそうに微笑むと小さく頷き彼の想いを受け入れたのだった。


「はい、喜んでお受けいたしますわ。」


 その瞬間、観客たちからは大きな歓声が上がり、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。


 拍手、歓声、喝采……


 それらの音が、広場に響き渡り、皆一様に、喜びに満ちた笑顔でこのロマンティックな物語のような出来事を歓迎しているようだった。

 鳴り止まぬ拍手は、若い二人が永遠の愛で結ばれた瞬間を祝福するかの様にいつまでも続いたのだった。

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