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57. 胸に過ぎる想い

「リリアンナ様、私の話聞いていました?!!私とルーフェスは仕事仲間だって言いましたよね?!」


アンナは、あくまでも自分とルーフェスが恋仲であると信じて疑っていないリリアンナの勢いに押されて、彼女に分かってもらうには、一体どうやって伝えたら良いのかと困惑していた。


今までのやり取りの感じだと、何を言っても通じそうにないのだ。


すると、そんな二人の様子を見ていたリチャードが、リリアンナの肩に優しく触れて、苦笑しながら嗜めたのだった。


「リリィ落ち着いて。アンナ嬢が困っているよ。」

「あっ……ごめんなさいアンナさん。私、御令嬢の友人が居なくって。恋のお話を出来る同性の友達が欲しかったのでつい熱くなってしまったわ。それで……よければ、王都までの間アンナさんのお話をもっと聞かせて貰えないかしら?」


叱られた子犬の様にしおらしくなって上目遣いにアンナの様子を伺うその様は、同性のアンナから見ても愛くるしいと思うほど可愛らしかった。


彼女にお願いされては、言う事をなんでも聞いてあげたくなるのだが、けれども、その願いを叶えてあげる為には、アンナには気がかりがあったのだった。


「待って下さい……。私が、馬車に揺られている間、リリアンナ様とお喋りをする事は問題ありません。ですが……」

そう言ってアンナはチラリとリチャードの方を見た。


「ん?私かい?アンナ嬢、私の事は気にしなくていいから、リリアンナに付き合ってあげて?」

「気にしないとか、無理です。」

本人では無いと分かってはいるが、同じ顔なのだ。そんな人の前で自分の恋心を暴露するなんて真似が出来るほど、アンナは図太くなかった。


「特に聞かれて困る様な話ではないと思うけれども?」

「聞かれて困る事は無いけどれも、恥ずかしいんです!!」

「仕方ないなぁ。それじゃあ、防音の結界を張ってあげるよ。この中で二人で話せば良いよ。外には聞こえないから。」

リチャードはそう言って、馬車の片側へアンナとリリアンナを座らせると、手を掲げて呪文を唱えたのだった。



無音時間

サイレントタイム



「えっ……、本当にこれで聴こえなくなっているの??」

アンナは信じられないといった表情でリチャードを見るも、彼は楽しそうにこちらを眺めているだけで、何も反応を返してくれない。


そんなアンナの戸惑いなど意に介さずに、リリアンナはアンナの手を取ると、とても嬉しそうに話しかけたのだった。


「私、同性の友達と恋のお話をしてみたかったからアンナさんと話せるの嬉しいわ。だって絶対私達、好みが似てると思うし。」

「……そうでしょうか?」

「そうよ。だって、私達同じ顔の人を好きなのだから。」

「わっ……私は別に顔だけで好きになった訳じゃ……」

「勿論分かってるわ。それで、アンナさんはどうしてルーフェスの事を好きになったの?出会いは何だったの?」


アンナは、リチャードの魔法が本当に効いているのか半信半疑であったが、リリアンナの好奇心に輝く瞳に見つめられて観念すると、ゆっくりと彼とのことを話し出したのだった。


「……最初は、ただギルドの仕事をするのに彼の戦力が欲しかっただけでした。でも、一緒に何度も仕事をして、会話もいっぱいして、気がついたら彼が隣にいる事が当たり前のように心地よくなっていて……」

「時間をかけて緩やかに好きになっていったのね。」

「まぁ、そうですね……」


リリアンナがとても楽しそうに相槌を打つので、アンナは、段々と恥ずかしくなっていき、頬に手を当てて俯くと、小さな声で答えたのだった。


「それは素敵ね。その中でも何か特に印象深い出来事は無かったの?一緒にいる時間が多かったのなら、特別な思い出とかは無いのかしら?」


「それは……」


言いかけて、アンナは次に紡ぐ言葉が出てこなかった。


初めて一緒に仕事をした時のこと、

文句を言いながらも三十本の角の解体という面倒くさい事にも付き合ってくれたこと、

お気に入りの場所だと教えてくれた綺麗な夕焼けが見える高台で一緒に夕日を眺めたこと、

グリーンリザードの討伐やエンシェントウルフの討伐で身を挺して庇ってくれたこと、

演劇を観てとても楽しそうに笑っていたこと、

私のスープを美味しいと言って飲んでくれたこと、

それから……


あの夜、信じて待ってると言って抱きしめられたこと……



彼との思い出が溢れ出してきて、胸がいっぱいになり言葉が出なかったのだ。そして言葉の代わりに、気がつくとアンナは目からポロポロと大粒の涙を溢していたのだった。


「リリィ、これ以上は駄目だ。今はここまでにしておこう。」


アンナの異変にいち早く気づいたリチャードが、慌てて二人の会話を制止するとハンカチを差し出したので、アンナはそれを受け取ると、目に押し当てて暫く項垂れて動かなかった。


そしてそうやってじっと俯いて、自分の気持ちを何とか整えると、アンナは顔を上げてリチャードに向かって難しい顔を向けたのだった。


「お気遣いありがとうございました。ですが……何故、リチャード様が私達の会話を聞こえているんですか?防音の魔法は嘘だったのですか?」

アンナは、信じられないといった面持ちで、リチャードを見るも彼は悪びれる様子もなく平然と答えた。

「嘘では無いよ。だってさっきのは、馬車の外には聞こえない魔法だからね。」


「……私きっと、貴方が公爵公子じゃなかったら、殴ってると思うわ。」

アンナはそれ以上は何も言わず、物言いたげな目を向けて抗議したのだった。


「申し訳ないアンナ嬢。弁明させてもらうとね、これでも弟が心配だったんだよ。あいつはほら、特殊な環境で育っているから、人と親しく関わった経験が殆ど無いんだ。だから、変な人に引っかかって無いかと、ちょっと試させてもらったよ。」


そう言われてしまうと、アンナは腹立たしいが何も言えなくなってしまった。リチャードの言う事は悔しいけれども理解できるのだ。


「まぁ、でも単純に面白そうだから話が聞きたかったって気持ちの方が大きいけどね。」

「結局は面白がってるんじゃないですか!」


そう言ってリチャードが面白そうに笑ったので、アンナは頬を赤らめつつも、不満そうな表情を彼にぶつけたのだった。


「ごめんごめん、そんなに怒らないで。それに対したこと話して無いじゃ無いか、もう少し惚気話が聞けるかと思ったけど。」

「リチャード様っ?!」

「そうよね。私ももっとアンナさんの話を聞きたいわ。気持ちが落ち着いたら、続きのお話を聞かせてね。王都までは長いんだし。」

「リリアンナ様も?!!」


アンナは顔を真っ赤にして狼狽えるも、二人の何かを期待するような眼差しにこの後何時間も耐えられないと察して、ため息を吐くと、ポツリ、ポツリと少しずつ、自分とルーフェスの事を話せる範囲で話したのだった。

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