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53. 誕生日

 また明日と言って別れたルーフェスは、結局次の日になっても姿を見せなかった。


 彼が待ち合わせに来なかった事は今までにもあったし、だから別段気にする必要は無いとは思うのだけれど、アンナは今回に限っては何故だか胸騒ぎを覚えていた。


 彼の身に何かあったのでは無いか。そんな不安を抱きながらもいつも通りに家で朝食をとっていると、まるでそんなアンナの心情を察するかの様な言葉がエミリアから発せられたのだった。


「そう言えば昨日、長距離馬車の乗り場で クルト村へ乗せてくれるように、ルーフェスが交渉しているのを目撃したわ。」


 残り少ない時間をなるだけ多く姉弟と過ごそうと、アンナ達の家で朝食をとっていたエミリアが、不意に、思い出した事を口にしたのだ。


「えつ?本当に!?」

「でも多分あれはルーフェスじゃ無かったと思うの。双子の兄の方じゃないかな?この前見かけたお人形さんみたいな綺麗な女の人と一緒だったしね。」

「そっか……」

 それを聞くとアンナは残念そうに肩を落とした。昨日、彼に全てを打ち明けようと決意して待ち合わせに向かったのだが、彼はその場には現れなかったのだ。


「にしても、それならば、あいつは本当に何してるのかしらね。また明日って言っておいて、何も連絡も無しに来ないなんて。」


「きっと何か、事情があるのよ。」

 アンナはそう言って不満げな顔のエミリアを宥めたが、彼女自身も内心穏やかではなかった。

 彼が待ち合わせに来なかった事は今までにもあったし、だから別段気にする必要は無いとは思うのだけれど、今回に限っては何故だか胸騒ぎを覚えていたのだ。


 けれども、今は彼の心配よりも目の前の自分のことに集中しなくてはならなかった。


 本日、アンナは十八歳、成人になったのだ。


 これで、ラディウス家の家督を取り戻す準備は整った。今日は戦いの第一歩だった。


「それじゃあ、申し立てをしに裁判所に行って来るわ。」

 朝食を終えると、アンナは貴族の娘に見られるように、自身の服の中で一番上等な格好に着替え、身なりを整えると、凛とした顔つきでエヴァンとエミリアに出立を告げた。


「うん。姉さん、気を付けてね。」

「大丈夫よアンナ。きっと上手くいくわ!」


 エヴァンはアンナの手を両手で強く握ると、心配そうに彼女を見つめて、エミリアはアンナを抱きしめると、彼女に励ましの言葉をかけて送り出したのだった。


 二人に見送ってもらいながら、アンナは家を出ると空を見上げた。今日は良く晴れていて、雲一つない青空が広がっている。


(この澄み渡る空のように、我が家の問題も、晴れやかに解決出来るといいな……)


 そんな事を思いながら、アンナは緊張した面持ちで、裁判所の門をくぐったのだった。



 アンナはまず、自分がアンナ・ラディウスである事を証明する為に、審議官の審問を受けた。


 幸いにも、アンナの出生記録は貴族名簿に残っていた為、髪や目の色の特徴が一致した事や、誕生日、家族構成、それから領地についてのいくつかの質問に答える事で、すんなりと自分がアンナ・ラディウスであると認めてもらう事ができたのだった。


 先ずは第一関門を突破することが出来て、アンナは胸を撫で下ろした。

 そして直ぐに気を引き締め直すと、そのまま続けて審議官へ叔父の悪行を訴えたのだった。


「こちらの裁判所に保管してある父の遺言状にも記載されている通り、前ラディウス男爵の娘である私が、ラディウス家の正当な後継者です。私は、現ラディウス男爵である叔父を糾弾します。彼は、両親を失った私たち姉弟を家から追い出して、ラディウス家を乗っ取ったのです。」


 アンナは毅然とした態度で審議官達に向き合うと、この五年間ずっと秘めていた思いを嘆願したのだった。


「それは、中々の問題ですね。」

 アンナの訴えに、審議官の一人が眉を顰めた。

「では、あなたは現当主に対して異議申立てを行うと?」

「はい。私は、不当に奪われたラディウス家の家督と財産を取り戻します。」

 アンナは、三人の審議官達の前で臆することなく堂々とそう宣言をしてみせた。


 するとアンナの主張を聞き終えた審議官たちは、小声で何か相談をすると、この件についての処置を決めたようで、アンナを真っ直ぐに見据えて裁判所の決定を伝えたのだった。


「我々裁判所は、この国の法律にのっとり、正しい判断を下します。しかしそれは平等の下でのこと。どちらか一方の言い分だけで判断する事は出来ません。

この件については、後日現ラディウス男爵を招いて、貴女と、男爵と二人に尋問をして決定いたします。それで良いですね?」

「はい。よろしくお願いいたします。」

「よろしい。それでは日にちは追って知らせます。」


 アンナは審議官達の決定に深く頭を下げて承諾すると、裁判所を後にしたのだった。


(とりあえず、第二関門も突破した……かな。)


 今後、叔父がどう動くかは全く分からないが、先ずは彼と対等に戦う場を作れたことにほっとしていた。



(……会いたいなぁ……。)

 肩の荷が一つ降りると、アンナはルーフェスへの想いが募って、裁判所からの帰り道、無意識にその足はギルドへと向かっていた。

 既にいつもの待ち合わせの時間はとうに過ぎているのに、それでも、もしかしたら居るかもしれないと、ルーフェスに会えるのではないかと、僅かにでも期待して、アンナは気が付けばギルドの扉を開いていた。


 すると、扉を開けると直ぐの入り口正面にある受付のお姉さんと目が合い、彼女から声を掛けられたのだった。


「あっ、アンナ。丁度よかった。この人貴女に用があるみたいよ。」

 そう言われてアンナが受付の横を見ると、そこには貫禄のある老齢の男性、クライトゥール公爵家の庭師でルーフェスが信頼を寄せている人物が立っていた。


「えっと……ジェフさん??」

 思いもよらない人物にアンナは戸惑い、ルーフェスに何かあったのでは無いかと嫌な予感を胸に抱いた。


 そして、その予感は的中してしまうのだった。


「これを、貴女に渡すように頼まれてな。」

 そう言ってジェフは、徐に小さな箱と手紙を取り出すと、アンナに差し出したのだ。


「頼まれたって、ルーフェスから……?」

 アンナがそう訊ねても、ジェフは沈痛な面持ちで彼女を眺めるだけで何も答えてくれなかったので、アンナは差し出された小箱と手紙を受け取ると、震える指先で封筒を開封し、中の手紙を読んだのだった。



ーーーーー


ルーフェスという人間は、初めから存在していなかった。どうか、忘れてください。


それから……

誕生日おめでとう。

一緒に祝えなくてごめん。


ーーーーー


「な……、何よこれ……」

 アンナは手紙を握り締めたまま、呆然と立ちすくんだ。


「……ルーフェスという人間は、もう居ない。貴女も忘れた方が良い。これ以上はもう、貴女に関わって欲しくない。それが彼の願いだ。」

 側でアンナが手紙を読む様子を見守っていたジェフは、酷く苦しそうな表情で彼女にそう告げたのだった。


「何で?!ねぇ、一体これはどうゆう事なの?!!」

 状況が全く把握できず、アンナは取り乱しジェフに詰め寄った。


「ワシの口からは何も言えない。けれども、彼は貴女の事を本当に大切に思っていた。だから貴女はこれ以上関わってはいけないんだ。」


「急にそんな事言われたって納得できる訳ないでしょ!!ねぇ、彼に会うことは出来ないの?少しでも良いから!」


 アンナは涙を浮かべながら訴えたが、ジェフはその肩を掴むと、静かに首を横に振った。


「ワシだって、あの子を救ってやりたいとは思ってるよ。」


 そう言うと、彼は顔を歪めて俯き加減に黙り込んでしまった。


「……」

 重苦しい空気の中、暫くの間沈黙の時間が流れる。




「……あの小屋で、夜まで待てるか?夜中ならば……、会わせられるかもしれない……」


 長い時間の後、ジェフは重々しく口を開くと、低い声でアンナにそう告げた。


「待てます。だから彼に会わせてください。」

 アンナは、ジェフの提案に目に涙を浮かべると、すがるような目で彼に懇願をしたのだった。


「分かった。夕刻にまたクライトゥール公爵家へ来なさい。そうしたらワシがあの小屋まで手引きしよう。」


 そう約束をすると、ジェフはアンナに背を向けて歩き出し、ギルドを後にしたのだった。




(どうしてこんな事になったの?)


 一人残されたアンナは、混乱する頭を必死に整理しようと試みたがいくら考えてもこの状況を飲み込めなかった。


 ふと、自分の手の中に先ほど手渡された小箱がある事を思い出し、彼からだという箱の中身をまだ確かめていないことに気づくと、ゆっくりとその箱を開けてみた。

 すると、小箱の中に朱色の宝石が輝く可愛いブローチを見つけたのだった。


 それは、ルーフェスが、アンナを想って選んだ彼女への誕生日プレゼントであった。


「ルーフェス……」

 アンナは彼の想いに触れてそのブローチを握り締めると、静かにその場で涙を流した。

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