50. 望郷の想い
襲いかかってきたエミリアを半ば力づくで止めると、ルーフェスはアンナと顔を見合わせた。
「エミリアなら、話しても大丈夫だと思うの。彼女は秘密は絶対に守るわ。」
「……共犯を増やすようで少し気が引けるけども、……そうだね。」
ルーフェスはアンナに対して頷くと、今にも暴れ出しそうに強くルーフェスのことを睨んでいるエミリアに対して、少し申し訳なさそうに自身のことを掻い摘んで打ち明けたのだった。
「……ちょっと待って……ちょっと理解が追いつかないわ……」
ルーフェスの話を聞いて、エミリアはいささか混乱していた。それは一度に聞くには、あまりにも情報量が多かったのだ。
「ごめんね、エミリアまで巻き込んで。」
「本当にごめんね?でも、君あのままだと僕のことを袋叩きにしそうな勢いだったし……」
「いえ……とにかく、私もいきなり殴ろうとして悪かったわね。」
三人してお互いに申し訳なさそうに謝るので、気まずい空気が流れそうになっていた。そこでアンナは流れを変えるべく、パンッと手を叩くと食事の再開を提案したのだった。
「まぁ、とりあえずご飯を食べましょうか。スープが冷めてしまうわ。」
そう言ってエミリアにも席に着くように勧めると、アンナは給仕の為にキッチンへと消えて行った。
「その……怒鳴って悪かったわね……」
「気にしてないよ。だって、貴女はアンナのことが大事だから、あんなに怒ったんでしょう?」
「そうよ。アンナも、エヴァンも血の繋がりこそないけど、私の大切な弟妹だからね。この子達が苦労してるのを側で見てきたんだもの、これ以上辛い思いをしてほしくないし、報われてほしいって思ってるのよ。」
エミリアは少しバツが悪るそうに改めて謝罪の言葉を口にすると、その想いを吐露した。
アンナの事を話すエミリアの顔からは険が取れていて優しげな表情を浮かべていたのだが、一息付くと直ぐにまた怖い顔をしてルーフェスに忠告したのだった。
「だから……泣かせたりしたら、今度こそただじゃおかないわよ。」
「肝に銘じておきます。」
エミリアの態度から、彼女の真剣な思いを感じ取ったルーフェスは、彼もまた、真剣な目でエミリアを真っ直ぐに見返して、真摯な態度でその想いに答えた。
「ところで、聞いていいかな?」
エミリアの話が落ち着いたところで、ルーフェスは彼女に問いかけた。気になっている事があるのだ。
「何かしら?」
「貴女がそんなに怒るような事、一体リチャード……あぁ、僕の兄は何をやったんですか?アンナからは知らない人って言われたとしか聞いてないんで。でも貴女の怒り方からすると、それだけではないような気がして……」
「何ってそれは……」
ここではたっと気がついてエミリアは言葉を止めた。
正直に「アンナの事を知らない人だと手を振り解いて、見知らぬ美人と仲良さそうに腕を組んで歩いていた姿を見てアンナが傷付いたから」と、言ってしまうと、これではアンナがルーフェスを好いている事が暗に伝わってしまいかねないのだ。
その様な大切な事を第三者から伝わっていいのだろうか。いや、良くない。
瞬時にそこまで考えると、エミリアは言葉に詰まった。
「あ……、なんか、そんなに言えないような事だったら無理して言わなくてもいいよ。」
エミリアのそんな態度から、ルーフェスはリチャードがアンナに対して相当酷いことをしたのだと誤解してしまった。
(何だろう、多分これ、拗れてる気がする……)
目の前に座る二人がどちらも黙ってしまったのを見て、エヴァンは何かを察していたが、巻き込まれたくなかったので何も言わずに、黙々とスープを飲み続けた。
「……一体何があったの?」
エミリアの分のパンとスープを持って、アンナが席に戻ると、何か考えてるエミリアと、少し元気がなさそうなルーフェスと、いつも通りにスープを飲んでいるエヴァンの三者三様の様子に首を傾げた。
「とにかく、その質問は私にじゃなくてアンナにしなさい!アンナが傷付いてるように見えたから私は怒ったのよ。」
自分の口から下手な事は言えないエミリアはルーフェスに向かってそう言ったので、彼は心苦しそうにアンナの顔を覗き込むと、先程と同じ問いかけを彼女に訊ねたのだった。
「アンナ、さっきは簡単にしか聞けなかったけど、リチャードから何か嫌なことされなかった?言いたくないような事だったら言わなくていいけど、でも、アンナが凄く傷付いたって言うから……。僕が謝っても取り消せる事じゃ無いけども……」
「どうゆう状況?!」
何故このような話になっているのか全く分からないアンナは弟を見たが、エヴァンの方も困惑を顔に浮かべている。
「目の前に座って二人のやりとりを見てたけど、俺もこれがどうゆう状況だか聞きたいよ。」
気づいたらこうなってた。と、冷めた声で彼は説明したのだった。
「そんな深刻に捉えないで、私はただ、ルーフェスに無視されたのが悲しかったの。でも貴方に無視されたわけじゃなかったって分かったし、もう平気よ。お兄様とは大して会話してないから何か酷いこと言われたとかでは無いわ。」
状況が分からないなりにも、アンナはルーフェの不安を取り除く為に優しく微笑みかけながら、安心させるように優しい口調で彼の問いに答えた。
それを受けてルーフェスもようやくホッとしたような表情を見せたので、四人は和やかに食卓を囲んだのであった。
「にしても、このスープ正直飽きてたけど、もう直ぐ食べられなくなると思うと感慨深いわね……」
アンナが作るお馴染みのこのスープは、何度食べたかはもう分からないが、エミリアは姉弟との別れが近い事を意識して、しみじみとそんな事を呟いた。
しんみりした空気になりかけると、「食べられなくなるって、どう言う事?」と怪訝な顔でルーフェスが聞き返すので、エミリアは内心しまったと思った。
アンナ達姉弟の事情を、ルーフェスはまだ知らない筈なのだ。
「あー……。もう少ししたら中央広場での公演が終わるのよ。そうしたら次は地方巡業で私は暫く王都から離れるからね。」
これは嘘では無いがスープが食べられなくなる理由の全てでも無かった。けれども、エミリアのこの説明にルーフェスは納得したようでそれ以上深く追及する事は無かった。
「そうなんだ。いいなぁいろんな地方に行けるのか。」
「まぁね。確かにその土地の特産品とか、そこでしか見られない景色とか、そういう楽しみはあるわね。」
「だよね。僕は王都から出た事がないから羨ましいよ。」
ルーフェスが本当に羨ましそうに言うので、エミリアは今まで自由に何処にも行けなかったであろう彼の事を少し可哀想に思ったが、口には出さずに心の中に留めた。
「ルーフェスは、どこか行って見たいところがあるの?」
そう訊ねながら、二人の会話にアンナも加わった。
「うーん……。具体的な地名は直ぐには出て来ないけど、でも、王都以外の別の地域を見てみたいってのはあるな。」
「それじゃあ、どこでも良いから遠くに行きたいってこと?」
「まぁ、そうかな。」
そう言ってルーフェスは、はにかんだように笑うと、アンナにも質問を返した。
「アンナ達はどう?王都以外に行ったことはあるの?」
「私達生まれは西の方なのよ。両親が亡くなって、ツテを頼ってそれで王都に来たのよ。」
「そうなんだ。アンナの故郷はどんなところ?」
彼が興味深そうに訊ねるので、彼女は少し懐かしむような目をして語り始めた。
「とても良いところよ。魔の森が近いから魔物は多いけども、でもその分騎士や冒険者も多くて、普通に暮らすには問題ないわ。気候も安定してるし、食べ物も美味しいし、あっ後ね、すごい綺麗な夕焼けが見れる場所があるわ!」
慈しむようにそう話すアンナの様子から、彼女がいかに故郷を大切に思っているかが伝わり、ルーフェスは微笑ましく感じた。
「そうなんだ。それは是非観てみたいな。」
「えぇ。きっと気にいるわ。」
故郷のあの夕日を二人で見れたらどんなに良いか。淡い希望を胸に抱いたが、それは内に秘めたまま、アンナは嬉しそうに笑うと、彼がいつの日かラディウス領を訪れる事を願った。




