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35. 三人の食卓

「アンナっ!大丈夫なの?!!」


 夕刻を過ぎ夜に差しかかった頃、アンナが食事の支度をエヴァンと二人でしていると、エミリアがそう言って勢いよく飛び込んできたので、アンナは驚いてもう少しで持っていたスープの鍋を落としてしまうところだった。


「エミリア?一体どうしたの??」

 彼女が何をそんなに慌てているのかが分からなかったので、その狼狽ぶりにアンナは戸惑った。

 するとエミリアは、来て早々アンナの肩や腕、頬などをさすっては、彼女がどこも怪我をしていないかを確かめたのだった。


「良かった。うちの劇団の子が、昨日血塗れでフラフラと歩くアンナを見たって言うから怪我したんじゃないかと心配しちゃったわ。きっと何か見間違えたのね。」

「あっ……それは多分、私で合ってる……」


 アンナは落ち着くようにとエミリアを一旦椅子に座らせると、昨日の出来事、そして今自分の部屋で怪我をしたルーフェスが眠っている事を、簡単にエミリアにも説明したのだった。


 すると、話を聞いたエミリアの目が途端に輝きだしたので、アンナは嫌な予感がした。


「ねぇ、それじゃあ例の彼が今二階に居るってことよね?」

「そうだけど……」

「成程。それなら私もちょっとご挨拶してこようかしら。彼のこと見てみたいし。」


 そう言って不敵に笑ってエミリアが立ち上がろうとするので、アンナは慌てて彼女を止めた。


「駄目よエミリア。寝てるんだから起こさないで!」

「ふふ、冗談よ冗談。怪我人にそんな不粋な真似しないわ。」


 冗談だと楽しそうに笑うエミリアだったが、アンナは彼女に物言いたげな目を向けた。彼女との付き合いの長いアンナは、エミリアなら本当にやりかねないと思ったのだ。


「……まぁいいわ。ところでエミリア、夕飯食べていくんでしょう?」

「有難う、お言葉に甘えて頂くわ。」

「ま、いつもと同じメニューだけどね。」


 アンナはエミリアからの揶揄いは一旦忘れて、彼女に夕飯を食べていくのかを確認すると、その返答を聞き終わる前に当たり前のように三人分の食器を食卓に並べた。エミリアが休みの時は、いつも三人で夕飯を取っていたのだ。


 あり合わせの野菜と卵、それから干し肉を煮戻して、塩をベースにいくつかの香辛料で味を整えたコンソメスープと、日持ちする様にと作られた硬いパン。これらが並んだ食卓を三人は囲んだ。




「それで、エヴァンは会って少しは会話したんでしょう?そのルーフェスって人、どう見えた?」


 アンナ特製のスープを飲みながら、エミリアは向かいに座るエヴァンに問いかけた。どうしてもルーフェスという人物像が気になるのだ。


 問いかけられたエヴァンは、スープを飲む手を止めて、少し考えるような素振りを見せて勿体ぶりながら答えた。


「……滅茶苦茶痛そうだなって思ったよ。」

「いや……、多分そうなんだろうけど、私が聞いてるのはそうじゃなくてね……」


 思っていたのと違う回答に、呆気に取られたエミリアを見て、エヴァンはニヤリと笑った。彼なりの悪戯である。


「そうだね、悪い人では無さそう。穏やかそうだし、姉さんを庇ってあんな大怪我を負うんだ、良い人だと思うよ。ただ……」


 エヴァンは、昼間ジェフに会いにクライトゥール公爵家を訪れた時のことを思い出してそこで言い淀んだ。姉にも、ルーフェスにも言っていない事があるのだった。


「ただ……?」

 後に続く言葉を促されて、ハッとした。


「……ううん。何でもない。」

 これはまだ言えないことだと判断し、エヴァンは黙ってスープを口にした。


「さては、アンナが取られて寂しいか。」

 エミリアの突飛な解釈に、エヴァンは思わず飲んでいたスープをむせてしまった。


「違う!そんなんじゃないよ!!」

「ふふ、エヴァンも可愛い所あるわねぇ。」

「だから違うって!!」

 ムキになって否定するも、エミリアは揶揄って取り合わない。


 そんな二人のやり取りを、アンナは目を細めて見守った。


 強敵と戦って、ルーフェスが大怪我をして……昨日からずっと緊迫した状態が続いていたので、目の前で繰り広げられるエミリアとエヴァンの他愛のないいつものやり取りに、アンナは救われたような穏やかな気持ちになったのだった。


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