21. 誕生日の約束
エミリアがくれたチケットは開演まではまだ時間があったので、アンナとルーフェスは、中央広場近くの食堂で早めの夕食を取っていた。
「ところでアンナ、今更聞くのも何だけど、観劇するなら帰宅が遅くなると思うんだけど、弟は大丈夫なの?」
注文した料理を食べながら、ルーフェスはふとアンナがいつも気にかけている弟の事を思い出して、あんなに大切にして居るのに夜に一人にして平気なのかと、そんな疑問が頭をよぎったのだ。
「えぇ、今日は大丈夫なの。”もう直ぐ十三歳になるのに、子供扱いしないで”って言われたわ。それから”たまには姉さんも息抜きが必要だ”なんて気を使われてしまったわ。」
アンナは昨夜のエヴァンとのやり取りを思い返し、苦笑しながら言った。弟にそんな事を言われるなんて、いつの間にかとても成長していたわと、どこか嬉しそうでもあった。
「弟と二人暮らしなんだっけ。」
「えぇ。両親は私が十二歳の時に他界してるから……」
「十二歳……って事は五年前?」
「ええ。」
何気ない会話だが、アンナは答えてから若干の違和感に気づいた。
「……あれ?私年齢を言ったことあったっけ?」
確かルーフェスとは年齢の話はしたことが無かったはずだ。それなのに何故私の年齢を知っていたのだろうかとアンナは少し訝しがった。
「あぁ、ごめん。僕と同じ歳だと思って話してた。」
「ルーフェスも十七歳なの?」
「そうだよ。後一ヶ月で十八歳になるけどね。」
「そうなんだ!私も大体それくらいに十八歳になるわ。私たち誕生日が近いのね。」
彼の説明に不自然な所も無いのでアンナの中の疑念は直ぐに消え去り、代わりに予期せず知った誕生日が近いという偶然に、少し嬉しくなっていた。
「アンナの誕生日はいつなの?」
「来月の二十一日よ。」
「僕より九日前だね。……何か、プレゼントを贈りたいな。」
「私も、貴方にプレゼント贈りたいわ。」
(きっとそれで、最後だから……)
アンナは十八歳になったら、男爵位を正式に継承するつもりなので、彼の隣に居られるのもそれまでである。
だから最後にプレゼントを贈り合えれば、この気持ちに区切りをつけられる気がしたのだ。
「一緒にお祝い出来たらいいな。」
そう言ってアンナは、少し陰りを見せながらも、ニッコリと笑った。
それは、彼女の心からの言葉だった。
「誕生日か……。アンナはどう言ったものを貰うと嬉しい?」
「えっ?!」
予想していなかった突然の質問にアンナは少し頬を赤らめて動揺した。一瞬自分の事を思って好みを確認してくれたのかと思いドキリとしたのだが、どうやらそうではなかったと、ルーフェスの次の言葉で直ぐに気付くことになる。
「ごめん、僕、人からプレゼントを貰ったことも、贈ったこともないから、どういった物を贈ると喜ばれるとかが分からなくてね。」
「えっと……そうなの……?」
十七年間、誰からも誕生日プレゼントを貰った事が無いなどと、そんな事があるとは思いもよらなかったので、思わずアンナは言葉に詰まってしまった。
すると、そんな彼女の様子を察してか、ルーフェスは自嘲気味に微笑んで説明を付け足加えたのだった。
「僕はちょっと、特殊な環境で育ってるからね。」
そう言って寂しそうに笑うルーフェスに胸が痛くなって、アンナは思わず踏み込んでしまった。
「あの……前から気になってはいたけども、……ご家族の事聞いてもいい……?」
「……言える範囲でなら。」
アンナは言って直ぐに自分でも失言であったと感じたがもう遅かった。表情こそは穏やかであったがルーフェスの言動に少なからず壁を感じて、アンナは次の言葉を紡げなくなったのだ。
「ごめん、ちょっと言い方が意地悪だったね。」
「ううん。こちらこそごめんなさい。踏み込んだこと聞いてしまって……」
言ってしまった事に後悔して塩らしくするアンナを見て、ルーフェスは食事の手を止めて静かに自分の事を語り出してくれた。
「そうだね……。家族は兄が居るよ。関係は良好だと思うけど、あまり会えないかな。母は、僕たちを産んで直ぐに亡くなったと聞いているから記憶にないんだ。」
そうしてそこまで言うと、ルーフェスはそれ以上は語らなかった。
「そうなんだ……」
彼の口からは父親の事は一切出て来なかった。そこから想像するに、彼は父親を家族として認めていないのだろう。
以前アンナが立てた仮説……
ルーフェスは高位貴族の御落胤というのはほぼ間違いないんだろうと彼の発言でアンナは確信した。
兄と言うのはきっと正妻の子で貴族の嫡男なんだろう。だからあまり会えないのだろうけれども、兄弟仲が悪く無いと言うのならばそれだけは良かった。
兄弟の存在がどれだけ救いになるのかを、アンナは身を持って知っていたから。
「変な話を聞かせてごめんね。」
「そんなっ、私の方こそごめんなさい。言いたくなさそうだったのに、個人的な事を話してくれて有難う……」
自分は本当の身分を明かしていないのに、彼にだけ個人的な情報を開示させてしまって、アンナは後ろめたくなり萎縮していた。
そんな彼女を気遣って、少しぎこちなくなってしまった空気を変えようと、ルーフェスは話題を元に戻したのだった。
「気にしないで。本当に言いたく無い事、言えない事は言ってないしね。それで、今まではどういったものを貰ったの?」
「そうね……。弟は髪飾りをくれるわ。髪を結く時に一緒に付けれるの。ほら、コレもそうよ。去年の誕生日に貰ったの。」
そう言ってアンナは後ろ向いて、ルーフェスに自分の髪飾りを見せてみた。彼女の髪は一つに結いているのだが、髪束の根元には可愛らしい花のチャームが揺れている。
「なるほど、こういうのが良いんだね。」
「危険な仕事をしてるからね、弟としては御守り的な意味もあるみたいで、身につける物を毎年くれるわ。」
「御守りか……。確かにこれ、パワーストーンだね。」
「でもね、私の事を考えて選んでくれた贈り物ならなんだって嬉しいわ。そうゆうものよ。」
「なるほど……。有難う、とても参考になったよ。」
ルーフェスはアンナの話を聞いて、何か思いついたようで、ホッとしたような顔をしていた。どうやら彼は、アンナに贈る物を決めたみたいだ。
「あの、それじゃあルーフェスは?貴方は何を貰ったら嬉しいの?」
「僕?僕はアンナがくれる物だった何だって嬉しいよ。」
「えっ?!そ、それだと困ってしまうわ。」
「本当だよ。」
「……。」
ルーフェスの言葉にアンナは恥ずかしさの余り俯いてしまった。
(どうしてそんな事を、彼はサラッと言えるのだろうか……。)
ルーフェスのその言葉に他意が無いとは分かって居るが、それでもそんな言葉を言われると、アンナは勘違いしてしまいそうになるのだ。
けれどチラリとルーフェスの顔を見ても、彼はいつもと変わらぬ様子なので、やはり自分に気がある訳では無いのだろうと、アンナは少しがっかりした。
「それじゃあ、そろそろ行こうか。」
「えっ、あっ、そうね。」
結構な時間話し込んでましい、気がつくと既に開場時間になっていたのだ。
二人は席を立って店を後にすると、並び歩いて中央広場のテントへと向かった。
心持ち足早で嬉しそうに横を歩くルーフェスを見上げて、アンナは胸の奥が熱くなるのを感じていた。
彼の隣に居られる時間は、もう直ぐ終わってしまうけれども、今日だけは、何も考えずに彼と一緒にこの楽しい時間を噛み締めたい。
アンナは強くそう思ったのだった。




