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13. 過去を辿る

「グリニッジ婦人、こんにちは。」

「あらあら、アンナどうしたの?」

 家賃支払いの時以外に、アンナが婦人を訪ねることは滅多に無いので、彼女の急な来訪にグリニッジ婦人はたいそう驚いていた。


「急に訪ねてごめんなさい。私の友人が、グリニッジ婦人にお話を聞きたいそうで、良ければ会ってもらえませんか?」

 挨拶もそこそこにアンナはそう言うと、後ろに控えていたルーフェスを婦人に紹介した。


「彼はルーフェス。昔王都で起こった事件について調べているんです。それで、当時の事を知っていそうな人を探してるんですが、婦人はずっとここに住んでいるとの事だったので、話を聞きたいんですって。」


「こんにちは、グリニッジ婦人。ルーフェスと言います。」

 アンナに紹介されてルーフェスは婦人の前に進み出ると、少しでも良い印象となるように、身を屈めて目線を婦人に合わせながら意識して爽やかに名乗ってみせた。


 すると婦人はルーフェスを頭の先から爪先まで眺めると、「あらあら、まぁまぁ。貴方美男子ねぇ。」と言って、立ち話もなんだからと二人を家の中へと招き入れてくれたのだった。




「丁度お茶にしようと思っていたのよ。あなた達も一緒にどうかしら?」

「有難うございます。頂きます。」


 グリニッジ婦人は応接間に二人を案内してソファに座るようにと勧めると、一旦席を外し直ぐにティーセットを持って戻ってきた。


「それで、聞きたい事って何かしらね?」

 カップに紅茶を注ぎながら、グリニッジ婦人はルーフェスに来訪の目的を尋ねた。


「はい。僕は今から五十年位前、貴族地区のルオーレ公爵の邸宅で起こった、魔力爆発について調べています。ご婦人は当時の事をご存知ですか?」

「まぁ、あの事件のことを知りたいの?」


 思いもよらない質問に、婦人は目を丸くして驚いていた。今更、五十年前の事件が話題に登るなどとは、微塵も考えていなかったからだ。


「えぇ。何でも良いんです。当時の事を知りたいんです。」

 ルーフェスは真剣な眼差しでグリニッジ婦人をじっと見つめた。すると彼女は彼の並々ならぬ意思を感じて、少し表情を曇らせながらも当時の事を話してくれたのだった。


「そうね……あの事件は本当に凄惨だったのよ。かなり距離が離れているここいら辺にまで大きな音が聞こえてきてね。それは大勢の人が亡くなったわ……」

 そう話す婦人の表情が、それがどんなに痛ましい事件だったかを物語っていた。


「当時、事故の原因について何か見聞きした事は有りますか?」

「そうねぇ……」


 ルーフェスの問いかけに婦人は昔の事を思い出そうと頬に手を当てて目を瞑ると黙りこんだ。そして黙考の末にある事を思い出したのだった。


「そう言えば後から分かった事なんだけど、公爵様のお子様が双子だったんですってね。私ら平民には全く分からない話なんだけども、魔力のあるお貴族様にとっては、双子の産まれた家はよく無いことが起こるっていう呪いがあるらしいのよ。だから魔力爆発は双子のお子様達のお互いの魔力が干渉しあって引き起こしたんじゃないかって皆噂していたわね。」


「双子の呪い……」

 黙って夫人の話を聞いていたルーフェスが暗い顔で小さく呟いた。


「えぇ。当時はそんな話もあったけども、でもそんな迷信馬鹿げてるわよねぇ。」

「そうですね。僕もそんな呪いは無いと思います。」


 夫人の考えに賛同したルーフェスであったが、呪いなんてありえないわと笑っている婦人とは対照的に彼の表情は険しかった。


「双子の呪いだなんて、そんなのはただの迷信だ。魔力爆発は、直接的に絶対何かハッキリとした原因があるはずなんだ。」


 独り言のように小さく囁かれた彼の言葉に不安を感じてアンナはルーフェスの方を見ると、彼は難しい顔で俯きがちに、目の前のカップを凝視していた。


「ルーフェス、大丈夫?」

 普段とは明らかに違う彼の様子に、アンナは心配になって思わず声をかけた。


「えっ?あ、あぁ……。……大丈夫、何でもないよ。」

 アンナの声がけにルーフェスはハッとして、直ぐに我に返り、慌てていつもの穏やかな笑みを取り繕った。


「そう……、なら良いけど……」

 明らかに何かあるとは思ったが、大丈夫と言われてしまったらそれ以上は何も言えないので、アンナは黙って彼を見守った。


 ルーフェスは深呼吸をして一旦気持ちを整えると、再びグリニッジ夫人に向き合った。


「それでは、ご婦人の知り合いに当時のルオーレ家に仕えていたけど当日たまたま休暇なり外出なりで難を逃れた人や、直前で勤めを辞めて公爵家から離れていた人、当時ルオーレ家に出入りしていた業者など、そう言った方はいらっしゃいませんか?」

「うーん、そうねぇ……。……ごめんなさい、ちょっと分からないわ。」

「それならば、その時期にルオーレ公爵家では無いにしても、貴族の屋敷に勤めていた方は知り合いにいらっしゃいませんか?」

「あら、それならば知り合いに居るわよ。ミーシャって言って幼馴染なのよ。彼女は確か伯爵家に勤めていたわ。」


 グリニッジ婦人のその言葉に、ルーフェスはパァッと目を輝かせた。それは、彼が手に入れたかった情報なのだ。


「お願いです、その人を僕に紹介してください!」

 ルーフェスは直ぐに頭を下げて、グリニッジ婦人に懇願した。熱心に頭を下げるその様子は、まるで神に縋るようにも見えた。


 そんなルーフェスの気迫のこもった様子に、グリニッジ婦人は少したじろいでしまったが、彼の必死な姿に何かを感じて、婦人は快く幼馴染のミーシャを二人に紹介してくれたのだった。

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