11. 待ち合わせ
十一時。中央広場。
いつもと異なる時間、異なる場所で、アンナとルーフェスは待ち合わせをしていた。
(約束の時間より少し早かったわね。)
待ち合わせ場所に先に着いたアンナは、周囲を見渡してみたが、まだルーフェスの姿は見当たらなかった。
剣を振るう事は無いんだからと、エミリアに勧められた通りに一張羅のワンピースに身を包んだアンナは、その場に佇み彼を待った。
普段は後ろで一つに結いている髪も、エミリアの言う通りに、横で緩く編み込みをする髪型に変えている。
アンナは慣れない格好に、なんだか落ち着かなかった。
(この格好、変じゃ無いかしら……)
周囲の目におかしく映っていないだろうかと内心不安がっていたのだが、それは全くの杞憂で、紺色のワンピースに白色のカーディガンを合わせた装いは、彼女の赤毛に大変よく似合い、アンナの魅力を十分に引き出していた。
その為、先程から道ゆく男性たちの視線を集めているのだが、当の本人はそんな事には全く気づいていない。
(ルーフェス、早く来ないかしら……)
アンナはキョロキョロと周囲を見渡しながらルーフェスを待った。けれども中央広場は人が多いので、行き交う人々に目をやって人混みの中に待ち合わせの人物の姿を探してみても、彼の姿を中々見つけることが出来なかった。
(……こんな格好で、本当に良かったのかしら……)
エミリアもエヴァンも、良く似合っていると褒めてくれたが、正直に言ってアンナは自信が無かった。普段とは違うこの姿を見て、彼はどう思うだろうか。
弱気になり何度したかも分からない自問を心の中で繰り返していると、不意に横から声がかけられたのだった。
「ねぇ君、待ち合わせ?それとも一人?」
急に声をかけられた事に驚いてそちらの方に顔を向けると、そこには見知らぬ男が二人立っていたのだ。
(うわっ……煩わしいわね……)
そう思って、アンナは露骨に嫌そうな顔をすると、「待ち合わせです」とだけ言って男たちを無視した。
しかし、そんなアンナの態度には構もせずに、男たちは馴れ馴れしく付き纏ってくるのだ。
「待ち合わせってお友達?女の子?」
「もしそうなら、お友達も一緒に俺たちとご飯でも食べに行かない?」
「というか、さっきから見てたけど、相手全然来ないじゃん。すっぽかされたんじゃ無い?」
一方的に話しかけてくる男たちの方を見向きもせず、アンナは黙って往来に目を向けてルーフェスの姿を探した。
「ちょっと君、つれないなぁ。無視するなんて酷くない?」
「そうだよ、俺達は君とお話ししたいなーって思って声をかけているのに、だんまりなのは悲しいな。」
こちらは話す事など何も無い。
徹底的に無視をしているにもかかわらず、男達はしつこくアンナに話しかけてくる。終いには腕を掴んできたので、彼女の胸の内はこの男達に対して嫌悪感でいっぱいになっていた。
「いい加減にしてっ!!」
あまりのしつこさにとうとう頭にきたので、その横っ面を引っ叩いて分からせようと、掴まれていない方の手をアンナが振りかぶった時だった。
後ろから、振り上げたその手をそっと止められたのだ。
「僕の連れに、何か用ですか?」
聞き覚えのあるその声は、それだけでアンナを安心させてくれた。
「あ……、ルーフェス。」
肩越しに振り返り、背後に彼の姿を確認すると、アンナは張り詰めていた緊張の糸が解れるのを感じた。
「やぁ、アンナ。遅くなってごめんね。」
そこには、いつもと同じ穏やかな笑みを浮かべた、ルーフェスが立っていて、彼はアンナの振り上げていた腕を下ろさせると、彼女の両肩に手を置いて、アンナに絡む男達と対峙したのだった。
「彼女の手を、離してください。」
背後にいるので、アンナからはルーフェスがどんな表情でいるかは分からなかった。
けれども、穏やかだが有無を言わせない口調に、なんとなく怒気が含まれているような気がした。
「なんだよ、待ち合わせって男かよっ!!」
チッっと舌打ちをし、不機嫌さを隠そうともしない様子で男の一人が吐き捨てるように言った。もう一人の男は、それでもアンナの腕を掴んだままだった。
そんな男達の様子に、ルーフェスは不快気に眉をひそめると、一瞬のうちにアンナを掴んでいた男の手首を捻り上げて、無理やり引き離したのだった。
「彼女の腕を、離してって言ったよね?」
顔は笑っているが、目は笑っていなかった。
見かけによらず、ルーフェスはかなり力が強いようで、痛みを訴える男の様子にもう一人の男も恐れをなして、迷惑な男達はやっと退散していったのだった。
「……大丈夫?」
男達が立ち去ったのを見届けると、ルーフェスは心配そうにアンナの顔を覗き込んだ。
「大丈夫。来てくれてありがとう、助かったわ。」
自分一人でもなんとか出来たとは思うが、それでもやはり、見知らぬ男達に絡まれて少し怖かったので、アンナはルーフェスが助けてくれた事に素直に感謝したのだった。
「本当にごめんね。僕がもう少し早く着いていたら、アンナに不快な思いをさせる事もなかったのに。」
ルーフェスは申し訳なさそうに謝罪を繰り返す。
「いいのよ、貴方の所為じゃないんだから気にしないで。それにしても……剣を帯同してくれば良かったかしら。そうしたら声もかからなかっただろうし。」
そう言ってアンナは苦笑すると、慣れない格好はするものじゃ無いなと小さく零したのだった。
「うーん。剣を振るうアンナも凛々しくて素敵だけど、でも今日の格好には剣は無い方が良いと思うな。うん、そういう格好も似合うね。素敵だよ。」
「あ……有難う……」
あまりにストレートに褒められたので、アンナは耳まで真っ赤になり、気恥ずかしさから目線を逸らした。そして、そう言う事を顔色を変えずにさらりと言うのはずるいとも思った。
「ルーフェスも、今日はいつものローブを被っていないのね。」
アンナがチラリと彼の姿を眺め見ると、彼の今日の格好は普段被っている目深なフード付きのローブを身に付けておらず、代わりに真っ白なシャツに黒の羽織を合わせた、平民が普段着るような普通の衣服を身にまとっていたのだ。
「あぁ、うん。これだけ人が多い所だと、あの格好は逆に目立ってしまうしね。それに、この格好の方が君の隣に立っていても違和感が無いだろう?」
それってどういう意味なんだろうかと、アンナは少しこそばゆい気持ちになりながらも、内心首を傾げた。
「普段の格好でも問題ないと思うけど。でも、貴方も今日の格好似合ってるわ。」
「うん、有難う。」
ルーフェスはアンナに格好を褒められると、そう言って嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が普段よりも眩しく見えたのは、きっとローブを被っていないせいだろう。
「普段からそう言う格好したら良いのに。」
「うーんでもね、あのローブは頑丈だしギルドの仕事をするには丁度良いんだよ。顔も隠せるしね。冒険者ギルドに僕が出入りしていることは、なるだけ人に見られたくないんだよ。」
それはつまり普段フードを被っているのは、冒険者を生業としている事を知られたくないからなのかとアンナは察した。
しかし、一体誰にそれを知られたくないのだろうか。何故隠すのだろうか。
一つの疑問が解決した所で、新たな疑問が顔を出したので、ルーフェスの素性は、謎が多いままだった。
「さて、今日はアンナに協力して欲しい事があるんだけれども、その前に少し早いけどお昼ご飯を食べないかい?この後手伝ってもらう事の御礼として、僕が奢るよ。」
往来の多い場所を避けて、少し端の方へ移動しながら、ルーフェスは先ずは腹ごしらえをしようとアンナをランチに誘った。
「奢ってくれるのは有り難いけども……。私に手伝って欲しい事って、本当に私で役立てる事なの……?先にご飯食べて、実は私には出来ませんでしたってなったら、なんか、悪いし……」
「そんなに気にしなくてもいいけどね。まぁ、詳細は食べながら話すよ。」
そう言って、ルーフェスは躊躇うアンナの手を取って広場の横の大衆食堂へ案内したのだった。
腕を急に掴まれたことは同じなのに、先程見知らぬ男に掴まれた時に感じた嫌悪感は不思議と一切湧いてこなかった。
(あぁ。私、ルーフェスに触られるのは別に平気なんだな。)
そんな事に、気付いてしまった。




