出会いの物語
プロローグ
芽吹きの季節、心地よい風が庭の草木を揺らす。
綺麗に手入れされた庭には東家が設置されており、そこには女性と子供が仲良く座っていた。
子供は胸に抱いた本を女性に差し出しながら女性に話しかける。
「おかーさん!ごほん、ごほんよんで!」
「本当に貴方はその本が好きなのね。昨日も読んであげたじゃない?」
女性は子供からの声に笑顔で応え、子どもの頭を優しく撫でる。
「えーいいじゃないですか!きょうもよんでほしいんです!」
「ふふふ、分かりました!ちゃんと読んであげますから」
「やったー!」
女性は子供からの本を受け取り、優しい声で読み上げ始める。
そんな二人を優しく風が撫でていく。そんな何処にでもある当たり前の優しい午後の一幕。
1-1
昔々、ある所に男の子が居ました。
男の子は何処にでもいる普通の少年でした。
彼の夢は騎士になってお姫様を守ることです。
その為に、毎日一生懸命剣の修行に励みます。
しかし、ある時少年は気が付きます。
自分が守るべきお姫様に出会っていないと。
少年は決意しました。お姫様に会いに行こうと。
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薄闇に光が差し始め、赤と蒼が混ざり合い、紫と赤がコントラストを描く。
朝焼けの紫は夕焼けと異なり全てを呑み込んでしまいそうな、怖さを美しさの中に感じる。
そんな朝焼けに染まる街を慌ただしく駆けていく姿がある。
「なんてしつこい!いい加減諦めなさいよ!」
駆けているのは女性のようだが、どうやら追われているようだ。女性の方は、20代前半、黒い髪は長く手入れが行き届いている。こんな状況でなければ、乱れも無く美しいのであろう。目鼻立ちは整っているが、やや釣り上がった目が気の強さを表している。身長は女性にしては高めで、170cm前後あるようだ。
そんな女性の後方から声がかかる。
「そちらこそ諦めてはいかがですか?」
声の主はスーツ姿の30代前半の男のようだ。
こんな状況下なのに、抑揚の無い声音、表情に関しても揺らぎがない。顔立ちは悪くは無いが、なぜか印象に残らない。
スーツ姿もあり雑踏に紛れて仕舞えば見分けがつかなくなってしまうのではないだろうか。
「なんで私が諦めんのよ!レディーファースト知ってる!?」
「だからこそお先に諦めては下さいませんか?」
「そういう意味じゃないわよ!女性に優しくしなさいという意味で言ったの!ニュアンスで感じ取りなさいよ!」
「申し訳ないのですが、そういった機微には疎いものでして」
「ぜーったい!あんたモテないわ!私が保証するわ!」
言い合いながらもすごい勢いで朝の街を駆けていく。
「手荒な事はしたくないんですよ。大人しくあれを返してください」
「…っ!あれなんて言わないで!ふざけんな!」
「あれは、あれですよ。そうあれかしと創られた。つくりものガワに騙されて変な感情移入は避けるべきです」
「だまれ!」
女性は、追手の言葉に思わず反応してしまい足を止めてしまった。
「やっと止まってくれましたね」
追手は女性が振り返るのに合わせて懐からハンドガンを取り出し狙いを定める。
「!しまっ!」
…ダン!
朝焼けに染まる街に銃声が響いた。
現在時刻 2/13 5:18
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通勤ラッシュ。
一度東京に住めば否が応でも体験するであろう、この世の地獄の一つであろう現象。
そんな慌ただしい平日の風物詩が、今日も当たり前のように起きている時間帯。
その少女は、新宿の歌舞伎町のメインストリートを歩いていた。
夕方から夜にかけての喧騒は今は無く。店前のゴミ置き場から昨夜のなごりを異臭と共に感じる。
「ななみちゃん大丈夫?気分悪く無い?」
少女は身長は130cm前後、日本では珍しい、綺麗な銀髪をボブぐらいの長さで揃えており、顔に関しては非常に整っており青い目や銀髪も合わさりビスクドールの様だ。
服装は青のワンピースに黒いリュック、白いスニーカーという出立ちだ。
そんな少女の手をひき、横を歩いているのはガタイの良いスキンヘッドの髭だるま。
服装に関して見れば、白のぴっちりTシャツに、深緑の軍パン、皮のブーツ。
身長も2m近くあり、少女との対比もあり余計にデカく見える。よく顔を見れば目元は優しく愛嬌のある顔をしているのだが、他の点のせいでその特色は活かせていない。
側から見ると完全に通報されてもおかしくない絵面である。
「…ん!大丈夫!まーちゃんこそ大丈夫?疲れてない?」
「大丈夫よー!体力にはちょーっと自信があるの♪ …………それにしても、私のことも心配してくれるなんて、なーんて優しいのかしら!チューしちゃう!ちゅ!ちゅ!」
まーちゃんと呼ばれた髭だるまは、少女を抱き上げ少女の頬にキスをし始める。
完全に犯罪にしか見えない。
「…ひげが!…くすぐっ…いや!ちょ!ま!…やめんか!」
パァン!といい音が街に響き渡る。
抱き上げられていた少女が、髭だるまの磨き上げられた宝玉の様な頭を小さな手で精一杯の力で叩いた。
「あら?ごめんなさいねー 余りにキュートでプリティだったものだからつい… って、もう分かったから!私の!チャームポイントなの!叩かないで!パーカッションにしないでぇー!」
叩いてみたら思ったよりいい音が鳴ったからか、少女は途中から楽しくなってリズムを刻みながら頭を叩き続ける。
パン!パン!パパパン!パン!パパンッ!!
打楽器と化した自分の頭に慌てて、まーちゃんはななみと呼んでいた少女を地面に下ろした。
「…むー」
「不満そうにしないの!それよりこんなことしてる場合じゃないのよ!急がないと!」
「…ん!そうだった!急がないと!ツカサと合流」
「そうそう!合流場所はトワイライトね」
「…ん。急ぐ」
「じゃ、行きましょ。約束の時間は9時だったわよね?ここからなら15分くらいかしらね」
なんとか話も軌道修正できたのか、髭だるまと少女は目的地である『BARトワイライト』へと向かい始めた。
現在時刻 2/13 8:30
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「ん…」
時任 司が目を覚ましたのは見知らぬ部屋だった。部屋には自分が座らされている簡素な椅子と机しかなく、部屋の片面の壁の上半分が鏡になっている。
所謂、取調室。
「お目覚めですか?ご気分はいかがです?」
司が現状把握を行なっていると、机を挟んで対面に座っている男が声を掛けてきた。
「柳…最悪に決まってるでしょ。ただでさえあんたに撃たれたところが痛いのに、ご丁寧に手錠までかけて、か弱い女性に何て事してくれんのよ」
柳と呼ばれた男は、朝の街で司を追いかけて、ハンドガンで撃った張本人である。
司が生きているところを見ると弾は非殺傷の弾だったようだ。
柳は、司に言われたことに対してわざとらしく反応をする。
「いやいや耳が痛い。私も本来ならこんな事はしたく無いのですが、時任さんあなたにこれ以上抵抗されるのは困るのですよ。こちらも貴方も時間が無いのは一緒でしょう?仲良くしましょう?」
「誰があんたらと仲良くするか。それに時間が無いのはあんたらで私ではないわ」
「そうでしょうか?時任さんあなたまさか、自分が囮になって捕まり喋らずいればそれで終わると?」
「実際あんたらは手掛かりは無いでしょう?だからわざわざ私を追いかけて生かして捕まえている。違う?」
「貴方が持ち去った物にはしっかり首輪がついてます。だから追跡は安易です」
「はっ!私が首輪の外し方も知らないと本当にそう思ってるの?だとしたらあんたを買い被っていた様ね?それに何回も言うけれど物なんて言うな!」
司は柳の言葉を鼻で笑い、怒りの籠った目で睨みつける。
が、柳はそれにはいっさい構わず言葉を返す。
「時任さん。貴方は非常に優秀だ。首輪の外し方も勿論ご存知でしょう。…だけど本当に首輪だけだと?」
「あんた私を誰だと思ってんの?揺さぶりかけようとしても無駄よ」
「時任 司 日本の最高学府の日東大学医学部を主席で卒業、その後US国のMSTの大学院の博士課程に入学、その後主席で合格。その過程で医学分野でのナノテクノロジーの運用で画期的な研究を発表、世界的に注目される。その後、生体義肢で有名なレイン社へ入社。入社後は、ナノテクノロジー部門で主任研究者として活躍。現在に至る。非常に輝かしい経歴ですね。…表向きはね」
「…何が言いたいのよ」
「時任さん。私はね、あなたが納得がいかないとごねる子供にしか見えないのですよ。貴方は自分の作品を誇るべきなんですよ。あれは、人の世界、ひいては人間の進歩のために必要なものだ。そして世界を相手に挑む私達の偉業に、必要な重要なピースに保険が一つだけなどありえない。あなたは素晴らしい研究者で素晴らしい頭脳をお持ちだ。しかし、人間を知らなすぎる。人の本質は悪です。必要なら何でもするのですよ。…これなんだか解りますか?」
そう言うと、柳は透明の筒状のケースに入った何かを司に見せると上下に振ってみせる。
ケースがカラカラと音を立てる。なんて事のない音の筈なのに、司の耳にはひどく残った気がした。
「…何よそれ」
「No.770です」
柳の言葉を聞いて司は目を見開く。
「正確に言えばNo.770だった物です」
返ってきたのは言葉で無く、拳だった。
先程まで拘束されて椅子に座っていた筈の司は、手錠を引きちぎり、椅子や机を薙ぎ倒し、ほんの瞬きの間に柳の顔面に拳を叩き込んだ。
柳はそれを受け壁に叩きつけられた。…ように見えたが、気付けば無傷で壁に寄りかかっていた。
「虫による自己強化ですか。さすがです。危なく怪我をするところでした」
「…ケースを寄越せ」
視線で人が死ぬのであればとうに死んでいるであろう。そんな勢いで司は柳を睨みつけながらも、ケースを寄越せと右手を前に出す。
「怖い怖いそう睨まないで下さい。良いですよこれは貴方に進呈しましょう」
そう言うと柳はケースを司の手に乗せる。
渡された司はどうゆうつもりかと眉間に皺を寄せながらも渡されたケースを大切そうに懐に仕舞った。勿論この間も、柳から目線は外さない。
「なぜ簡単に渡した?といった感じですよね?それは簡単ですよ。だって…まだこんなにあるんですから」
柳はいつもは感情に乏しい表情に喜悦を映し、スーツの前を開き司に見せる。そこには先ほどののケースが夥しいほどの量あった。
それを見た瞬間。司は考えるのを辞めた。辞めてしまった。
「やぁなぁぎぃーっ」
悲痛な声が響き渡り、取調室からは断続的な衝撃音が続いた。
現在時刻 2/13 9:15
…………………………………………………………………
「…遅い」
ぶーっといかにも不機嫌ですといった顔で、ななみはトワイライトのバーカウンターに顎を乗せ憮然と呟いた。
バーのマスターが出してくれたメロンソーダフロートはとうの昔に飲み終え、今はガシガシとストローを噛んでいる。
「もう一杯飲むかい?ななみちゃん」
声をかけたのは、トワイライトのマスターである銀城 晃。晃は60代の紳士であり、隙がないびっとしたスーツにパリッとのりがきいたワイシャツを着こなしている。髪は白髪だが毛量はしっかりとあり、それをオールバックに撫で付けてある。正にナイスミドル。
そんな晃は、不機嫌なななみを見かねて声をかけたのだった。
それにななみは勢いよく反応した。
「…飲む!」
「ダメよ。これ以上はお腹壊しちゃうでしょ?」
不機嫌さなど無くなり目を輝かせてメロンソーダフロートをお代わりしようとしたななみに横から静止がかかる。髭だるまのまーちゃんこと、井岡 雅紀だ。
「…ぶー!大丈夫」
「ダーメ!ついこの間アイス食べ過ぎてお腹壊したでしょ?」
雅紀に静止され尚且つ正論を言われ、ななみは今度こそ不満を口に出した。
「…五月蝿い。ひげ!はげ!」
「ななみちゃーん?ひげは良いけど、ハゲじゃないわよー?
乙女になんて事の言ってるのかしらー?これは、意識的に剃ってるの!ハゲじゃ無くスキンヘッド!」
「…どっちも同じ。不毛の大地」
「なぁんですってー!不毛じゃないわよ!この子は全く!この子はもう!」
乙女?の雅紀にとってはハゲと呼ばれるのは我慢ならないらしく、先程までの保護者ムーブをどっかに放り投げて、子供の様な口喧嘩をし始めた。
晃は騒がしい2人を大人の余裕で微笑ましく眺めながら、妥協案を投げかけた。
「じゃあ、ホットココアなんてどうだい?これならお腹も壊さないだろう?まーちゃんもコーヒーでも飲んで落ち着いて。ね?」
「…ココア!甘い!好き」
「はぁ、もうこの子は…。マスターあんま甘やかさないでね?一昨日も目を離した隙に、見ず知らずのイケメンにねだってアイス買って貰ってたんだから。魔性の女よー将来が怖いわー」
「…ん!ななみ魔性の女!あとイケメンは綾人!良いやつ!」
「綾人くんは本当に、良い男だったわねー」
「…まーちゃんでは無理。ちなみに私は連絡先までゲットしている。さすが魔性の女」
「無理って何よ!ってか連絡先って綾人くんて変態?」
「…変態とは何事か!綾人はななみを迷子だと思って心配して、何かあったら連絡してってくれたの!!」
「それはそれはとんだ魔性の女ねー迷子とは…ぷっっ」
「…笑うな」
「ちょ、わかったわよ!痛い痛い」
ななみは憮然としながら雅紀を叩く。
戯れ合う2人を微笑ましく眺めながら、晃は2人分のコーヒーとココアを2人の前に置いた。
「2人ともどうぞ」
「…ココア!ありがとう」
ココアが出てきた途端に雅紀には興味を無くし、ココアに向き直るななみ。
「もう!…ふふ、しょうがない子」
ココアに負けて不満なものの、ココアを美味しそうに飲むななみを見ては、もう何も言えず微笑ましく眺める。
「それにしても司ちゃん本当におそいわー」
「そうですね。司さんは時間に正確なイメージですが。連絡は取られたので?」
「今は連絡できないのよー、枝が着く可能性があるから」
「成程。虫を使っての通信は?」
「そっちも無理ね。こんだけ遅いって事は古巣に行ってるんでしょ。捕まったのか乗り込んだのかはわからないけど」
「…ご心配では?」
「心配するだけ無駄よ。そんな段階とっくに過ぎてるんだから。マスターだって分かるでしょ?」
「…そうですな」
雅紀とマスターは互いに苦笑を浮かべる。
「…お代わり!」
「だから飲み過ぎだって言ってるでしょ!」
いつの間にか飲み終えたココアのお代わりを強請るななみを静止しながら誰に言うでも無く雅紀は呟いた。
「早く帰ってきなさい司ちゃん」
現在時刻 2/13 11:08