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第4話 密輸女子高生④

「昨日はご苦労だったな。今回の仕事はデカい山だったからな、次は少し軽めに行く。今日はこの後街を出て、二日かけて南下して港町へ向かう。そこでブツの仕入れをしたら東の街で売り捌く。道中の森の横を通る。凶暴生物がいるって話は聞かないが、ゴブリンが街道近くまで来ることがあるらしいから気ぃ抜くんじゃねえぞ」


 男たちはみな腰に剣を下げている。私とユキも街を出てから槍を渡された。武器なんて持ったのは生まれて初めてだ。だが、そう言うと侮られるだろうから、神妙な顔をして受け取る。


 道中天気もよく、ガウ・ルーも手下も上機嫌だった。美しい花が咲き乱れる草原の間を歩くことも、朽ちかけた古い遺跡の跡を見ることも、薄いぶどう酒を振る舞われたことも何もかもが初めての私たちも上機嫌だった。


 語りのうまい手下が、密輸商人が人を救った話をしてくれた。


「帝国の近所の小さな王国でクーデターが起きた時の話だ。王と王妃を断頭台で殺した市民たちは、取り逃がした王女様を血眼で探していた。これから入る街よりちょっと大きいくらいのちっぽけな王都は、全ての門に見張りがつけられ、アリの子一匹通さない厳重警戒体勢だった。長い金髪が美しいと評判の若い女だ。まず見逃さないだろう。


 さて、クーデターに際して掘り出し物を買い叩こうとやってきた一人の密輸商が、街に潜伏していた王家の侍従から王女様を連れ出すよう頼まれた。姿を変える幻覚魔法でも使えればよかったが、あれの使い手は今じゃ珍しい。


 そこで、密輸商は噂を流した。最初から王女は他所の国に逃されていたって噂だ。なんせ密輸商は国をまたぐ仕事。それなりに信憑性がある。その上で堂々と門を通ろうとした。少し警戒が緩んでいた武装市民だったが、密輸商の横に、フードから金髪がのぞく女がいたために一気に緊張して呼び止めた。


 フードを取ると……王女とは似ても似つかない酔っ払いの男だ。長髪は単に切るのが面倒だったんだろう。彼らは紛らわしいと怒ったが、酒臭い息を吐きかけられて呆れて荷馬車を通した。荷台の二重底では王女が手足を丸めて息を殺している。詩人の歌になったこともある彼女の髪は、バッサリと切られていた。酔っ払いのカツラにして市民たちの緊張と緩和を演出するために。


 その後王女がどうしたかって? さあ、そこまでは聞いていない、ただ、件の密輸商には右腕の女が出来て、クーデターの起きた王国の周りでは仕事をしなくなったそうだ」


 密輸商人たちの間では鉄板の話なのだろう。ガウ・ルーも他の手下たちもあまり興味をそそられてい様子だったが、私とユキはすっかり夢中になって聞いていた。


 あるいは、そうやって密輸商人が他者の役に立った話を聞くことで、次の積荷が危険な麻薬であることから目を逸らそうとしていたのかもしれない。


「いいか、今度の積荷は『クラーケンの墨』だ。イカの化け物の分泌物にいくつかの麻薬を混ぜて作ったらしい。味見するなよ。実際には二十倍以上に希釈して使う。原液を間違えて飲んだら二口で天国までぶっ飛ぶぞ」


 ガラス瓶に入った黒い水薬が荷台に積まれている。全部で四十本。ずらりと並ぶと迫力がある。馬車を買ってごきげんなガウ・ルーが続ける。


「この飲む麻薬は最近出たばかりの新商品だ。お貴族様からジャンキーどもまでこぞってキメたがる注目の品ってわけだ。あまりの金で仕入れただけだが、全部ハければひと財産だぞ」


 こちらを見るユキと視線が交差した。


 これがダイアモンドやルビーだったら、私たちの心はここまで曇っていなかっただろう。少なくとも宝石は人を傷つけたりしない。いや、それも詭弁か。貴金属を巡って人が殺し合う事件はざらにある。結局のところ、麻薬という元の世界でも触れてはいけないものとして目にした単語に拒否感を抱いているだけだ。


 だが、今更降りることは許されない。


 密輸をやめたいなどと言えば、怒り狂ったガウ・ルーは腰の剣で私の首を撥ねるだろう。仮に槍を持っていたとしても、その結果に変わりはない。


 そうでなくても、私とユキが仕事を投げ出すことはない。例えこの手を汚そうとも、誰かを踏みつけにしようとも、命を危険に晒そうとも、私たちは仕事をやめない。


 酒樽の二重底にしまったその水薬は、黒々と不吉な光を放っている。




 道中魔物に襲われることはなかった。どうやらゴブリンは自分たちより武装した人数が多い相手は襲わないらしい。私がへっぴり腰で持つ槍にも意味はあったのか。


 野宿の際、一緒に見張り番に当たった手下が小声で語ってくれた話によると、ガウ・ルーは当初ごく真面目な貿易商人だったらしい。だが、西部の森の近くを通っている時にゴブリンの群れに襲われた。命からがら逃げ出すことは出来たが、荷馬車と積荷を失ってしまった。立て直すために裏の稼業に手を染め、現在に至るという。


 私はガウ・ルーに聞けなかった疑問をぶつけた。


「私たちが持ち込んだ麻薬で再起不能になる人や、魔道具で傷つけられる人が出るかもしれない。それについて、自分の中でどう折り合いをつけているの?」

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