第四話 ジャッジメンターとして
「小隊を壊滅させたそうじゃねえか。ミストリア少尉」
相変わらずその男は葉巻を吹かし、赤く染められた机に肘を置くと、ミストリアの指示で神種型に対し悲惨な撤退戦を迎えた第六防衛戦線の話を詰める。
「それは……申し訳ありません」
「んあ!? そこは『大佐!』って食いついてくると思ったが」
「私は人を……あの子達を殺したんです」
ミストリアはか細い声で自身の上官である男へと懺悔を乞うと、その様子を赤眼の双眸で見つめるのはフォーガス・カザフィ大佐。
十五歳という若さで帝国軍に軍属。
しばらくして宇宙聖遺物部隊に配属を命じられた。
「逸材」として名を馳せたフォーガスは、惑星アマルフィでの作戦以降も侵略戦争で大きく貢献した。
若くして軍人となり、数々の功績を残した彼は、本来であれば大将階級でもおかしくない存在だが、現在は大佐階級にその身を置き、命削小隊援護職の総括を担っている。
中にはフォーガスを大将階級に昇格させない帝国軍部に不満を抱く者もいるが、本人の要望らしくその理由について本人は明言していない。
「命削は人じゃない、兵器だ。んで、今回のミスで分かっただろう。お前も所詮は帝国人だったってことが」
憔悴しきったミストリアは俯いたままで、フォーガスの言葉に応答をみせない。
十六歳の少女が感じた「殺人」の感覚は重く、PNDR《長距離通信機》から聞こえた名も知らない少年の最期は、ミストリアの澄みきった心と正義感を簡単に砕いた。
たとえ「逸材」と謳われた人物でも彼女にのしかかった罪の意識を簡単には解消させられない。
普段の強気なミストリアの様子は見られず、そんな様子を見るフォーガスは椅子を半回転させると天を仰ぐ――
「命削にも言われただろ。そんなようなことを」
「……っ!! なんでそれを」
「ケッ! お前、俺が何年軍人やってきたと思ってやがるんだ」
勢いよく顔を上げたミストリアの長髪が揺れる。
「いいかミストリア。幻想を抱くのは自由だ。だがな、それを実行に移すってのはまた別の話だ」
葉巻を吸う大男は、遠い昔の記憶を掘り返し懐かしむと、表情を緩ませ続けて話す。
「お前のような幻想を若い頃抱いていた軍人がいてな。そいつは今のお前と同じようにその幻想を事ある毎に吐いた。そんで直面して、変えることを諦めた。そうするしかねえんだ。それが現実だ」
「私以外にも……そんな方が」
「帝国が月日をかけて行った隠蔽工作は大成功。帝国民で命削《奴ら》の真実を知ってるやつなんか居やしねぇ。いや、正確には知っていてもどうすることもできない。故に知らないフリをする。帝国民も賛成してんだ。間接的にな」
「…………」
「集団心理ってやつだ。この危機的状況を飲み込むよりも、差別思想《そういう考え》の方がよっぽど楽で、多くが助かる」
「多数が助かるからそれでいいと……」
「そうだ。結局、何かを犠牲にしなきゃ今の世の中を生きていけやしない」
そう話すフォーガスの双眸には、何故か感情が宿っていた。
そしてあまりにも正論で、残酷で、抗いようのない事実で。
隠蔽工作を行うこと五十年。
情報操作、証拠隠滅、様々な手段で帝国民や世界を欺いてきた。
情報に切れ味はない。
それは帝国民の潜在意識へとゆっくりすり込まれ、染み付いた。
「それに、旧ノーフカロタの国民達は、命削である前に劣等種だ。お前もそう教わってきただろう。故に、劣等種が命削である事実なんて、アルツフォネアの人間が知ったところで今更だ」
『ノーフカロタ国民は劣等種』
帝国全盛期に誰かが言い始めた優生思想は、シュバルツッヒの政策により勢いを増し、今となってはこの国に強く根をはってしまった。
故に、劣等種である旧ノーフカロタ国民が、実は命削の動力源であった事実などどうでもいいと言うだろう。
ただ、それはあくまで予想でありシュバルツッヒ本人は戦争犯罪が漏洩することを非常に恐れていた。
隠蔽する側には罪の意識があるからこそ、必要以上に不安がまとわりつくものだ。
シュバルツッヒ政策の成れの果て。
それが今の帝国内情だ。
ミストリアはフォーガスの発言を聞き、自身の正義感を押し殺す。言い返す言葉がなかったからだ。
押し黙るミストリアを目の前に、フォーガスは最後に一言、意味ありげに告げた。
「でもな。もしかしたら……そいつは諦めるのが少し早かったかもしれねえな」
その一言の意味を理解できなかったミストリアは思わず顔を上げ、首を傾げるような反応を見せると胸に着いた少尉紋章が揺れる。
「まあ、なんだ。今回のミスであんま滅入るんじゃねえ。小隊援護職である以上付き物だ」
普段のフォーガスは、アドバイスのような話をするタイプではなく、どちらかと言えば優生思想が強い軍人だと感じていた。
ミストリアはそんなフォーガスの言葉を聞きつつ目線を棚へ向ける。
「大佐は……過去に何かあったんですか?」
「軍人の詮索するべからず。軍属する時に教わっただろ」
「すみません。つい気になってしまい」
アルツフォネア帝国軍心第七節。
軍人の詮索するべからず。
軍役に勤めていれば、様々な事情を抱えるようになる。
――例えば、
"命削小隊に所属する友人を救う事が出来なかった過去を抱える者のように"
「それじゃあ、ミストリア少尉。早速だが、新たな配属先を伝える。西部第一防衛戦線、通称F小隊。各防衛戦線の中でも最重要地区だ」
「ッ……!? フォーガス大佐! 私には……」
「できないか?」
西部第一防衛戦線。
アルツフォネア帝国最西端のさらに奥。
第一区から四百キロ離れたそこは、激戦区。
レヴィ侵攻は五年前に大陸西部から始まると、西側諸国は次々に消滅。アルツフォネア帝国まで迫ったレヴィ達を命削小隊が退けると、消滅した領地を押し返す形で奪還、そして帝国最前線となった。
現在、帝国は主に「西側諸国の失われた領地奪還」と「祖国防衛」の二つを目標に掲げるが、日々激戦を繰り返す命削小隊員達は、その数を徐々に減らすと戦線崩壊は時間の問題だと言われている。
つまり、現在の帝国九十五区が保たれているのは、西部第一防衛戦線《フィアス小隊》が、たった十五人の少年少女達が食い止めているから。
「第六防衛戦線でミスをした私を、なぜ第一に。失礼ですが、とても務まるとは思えません」
「そりゃ行けばわかる。それよりも、お前はこの先、どうしたいんだ」
「私は……」
フォーガスの問に、少女は拳を握に力を込めると蒼く澄みきった瞳に灯火を込め――
――私は、ジャッジメンターとして命削《彼ら》を見届けたい。そしてこの隠蔽を消して許さず、いつの日かノーフカロタの戦争奴隷達に住民権を与え、腐りきった帝国軍を改革します。
「そうか。ならば精々、現実に潰されないように務めることだ」
ミストリアの調子がすっかり戻った様子を受け、フォーガスは不敵に笑みを浮かべると、再度天を仰ぐ。それはまるで、死んだ友人を想うかのように。