第三話 神種型レヴィ
戦勝国へと導いたシュバルツッヒや宇宙聖遺物獲得の功績で軍部の支持率が上昇していた最中、旧ノーフカロタの土地と民を手に入れた帝国は、しばらくして「戦時特国民保護法」を制定した。
当時、帝国が勃興する様子を受けた国民の間では、アルツフォネアの血統こそが崇高な存在という優生思想が生まれており、シュバルツッヒはこれを自身の思惑に活かした。
帝国の血が流れる者を「指定上級国民」とし、旧ノーフカロタの血が流れる者を「特例国民」とし差別化するこの法は、シュバルツッヒの狙い通り優生思想が強まっていた当時の帝国内で反対の意思を示す者はいなかった。
シュバルツッヒは戦時特国民保護法を通すと、次なる政策を打つ。
表向きでは、宇宙聖遺物を用いた兵器開発をより現実的に進めるためと国民へ投げかけ、この機を利用し自身が犯した戦争犯罪の数々を闇に葬り去ろうとしていたシュバルツッヒは、旧ノーフカロタの土地を「変事戦線地区」と名づけると総統令を発令し、特例国民へ変事戦線地区移動を命じると軍部以外の出入りを禁じた。
当然、特例国民は反発を見せたが、帝国は武力行使と情報操作でこれを鎮圧。
特に情報操作の面でシュバルツッヒは「この開発は将来、帝国民の人血を流すことなく軍事活動を遂行する事を可能にする」と政策で得られる幻想的な結末を繰り返し発言した。
祖国を無くした彼らにもはや選択の余地など残されていなかったのだ。
特例国民の強制送還が完了すると、シュバルツッヒはさっそく非人道的な人体実験を繰り返した。
宇宙聖遺物の万能力に耐えきれず破裂してしまう者や、人体実験以外では軍人の性処理を強制される者など結果として多くの死者を出した。
しかしながら徹底した隠蔽工作により、国民は帝国の抱える黒い歴史を今日まで知ることは無い。
こうした経緯から変事戦線地区は帝国軍人の間でいつしか「帝国の屑箱」と呼ばれるようになった。
特例国民を使い、人体実験や非人道的行動が繰り返され四十五年の月日が経ったある日、ついに誕生した兵器が命削という大剣だった。
宇宙聖遺物の万能力を圧縮し閉じ込めた装置を鍔に埋め込んだ大剣は、剣柄を握る所有者の手を介し体内へ流れ込む事で同調することができるが、人間のある器官を蝕む。
が、それと引き換えに爆発的な身体能力の向上を得られるというものだ。
帝国の謳う人型戦闘兵器「命削の正体。
それは宇宙聖遺物で作られた大剣を、戦争奴隷である旧ノーフカロタ国民が動力源として持った状態。
故に命削の動力源であるのだから人ではないと。
そう定義したのであった。
シュバルツッヒは特例国民の子孫までをも巻き込み実験を繰り返し、その余生を命削開発に捧げると、公歴五十七年「帝国民の人血を流すことなく、軍事行動を遂行する兵器開発に成功した」と発表。
しばらくしてこの世を去った。
現代になっても命削の真実を国民が知らないのは、シュバルツッヒが積み上げてきた徹底した隠蔽政策によるものだった。
加えて、現在の安全区域で日常が送れる残された時間も国民は知らないのだ。
『N・リーダーよりジャッジメンター。第六区防衛戦線に未確認の神種型レヴィ確認。命令を』
「神種型が何で第六区に……。総員、直ちに撤退して下さい」
『N・リーダーよりN小隊各位。神種型確認。総員、撤退しろ。繰り返す。総員撤退』
『N2よりNリーダー。撤退したら、第六戦線はどうなるの』
『N・リーダーより。ジャッジメンター命令だ』
『クッ……。了解』
五年前――
公歴五十七年。
命削の開発に成功したその年に、謎の生物よる侵攻が始まった。
竜のような頭をもった四足歩行の獣は、通常種であれば銀色の鱗に身を纏っている。
通常種型、変異種型、神種型などの種型が存在し、大きさも様々で、中でも神種型はこれまで多数の命削小隊を壊滅させてきた。
通常種型の三倍近くの体長を持ち、奇形。
首が細長く、竜の頭を持ち、胴には神の相好をした石像が埋められており、その禍々しくも神の遣いのような風貌から神種型と呼ばれるようになった神種型は元来、激戦区である西部第一防衛戦線の要、各防衛戦線からかき集められた精鋭が集うF小隊で一度確認されたのみだ。
――リーダー危ない!!!
ミストリアの耳を刺すように流れ込んできたN小隊員の通信。
戦場は、一瞬の誤ちが致命的な損害へと繋がる。
ミストリアのその温厚で優しい性格は小隊援護職には向いておらず、それはこの人間達に肩入れをするのであれば尚更。
判断を誤って当然の会敵であった。
指令室モニターに赤点で表示されている隊員達の表示が一つ、また一つと消えていく。
『N3よりN小隊各位。俺が囮になる!
神種型と距離が取れてる奴らは全員、撤退しろ!』
『N4より3! カント《スリー》君!』
『N・リーダーよりジャッジメンター。これより指揮権を委譲して下さい』
「ジャッジメンターより……。N……小隊各位。ごめん……なさい。わたしの……せいで……」
『N・リーダーよりジャッジメンター。
所詮は貴方も平和ボケした帝国人の一人なんですよ』
《交信終了》
誤った判断を下し、命削戦隊の隊員達が死んでいく様子を、ミストリアは遥か離れたこの指令室からモニター越しに見守ることしか出来なかった。
大きな目頭に涙を浮かべ震えるミストリアに、追い打ちをかけるような声をかけた人型戦闘兵器の最後の通信からは、耳を塞ぎたくなるような破裂音が聞こえたのだった。