第二話 命削の正体
フォーガス大佐に煙たがられるように部屋を出されたミストリアは、足音を大きく鳴らし立腹した様子で本部の廊下を歩いていた。
そんなミストリアはふと脇にあるショーケースに目線を送る。
ガラス張りの中に飾られているのは、顔くらいの大きさで石灰化し腐食したナニカ。
その正体は、アルツフォネア帝国軍宇宙聖遺物部隊が、惑星アマルフィから持ち帰ってきた解明不可品と呼ばれる品だ。
当時の帝国研究科は宇宙聖遺物と同時に解明不可品の調査も進めており、その結果内部に幾つもの歯車が使われている精巧な機械だということが判明したが、誰が、何を目的として作り出し、なぜこんな精巧な品が惑星にあったのかは解明できず気づけばこうして飾りとなってしまった。
「アマルフィの機械」と名づけられたこの解明不可品は、近日再調査がされる予定だという。
そんな未解明の品を立ち止まり眺めていると、ミストリアの耳に付いている長距離無線通信機、通称「PNDR」がピピッと音を鳴らす。
「お呼びだよ。小隊援護職」
「わっ!? いつから居たの……?」
「ふっふーん。それはミストリアがプンプン歩いてる時からよ」
「声かけてよ……」
アマルフィの機械を呆然と見つめていたミストリアの気を戻したその少女も、ヨドニス同様研究科の白衣に身を纏っている。
命削へ思い入れが強いミストリアは気づけば研究科の人間との交流が深くなっていた。
今の帝国軍部に命削を人として扱う者はおらず、少数派のミストリアは肩身の狭い思いを強いられているが、そんな環境でも友人くらいはできた。
「出撃が終わったら研究室に行くわ。少し待ってて、ロコ」
「はーい」
金色のショートヘアに手ぐしを通すロコにミストリアは慌ただしくそう告げると、白銀の頭髪を揺らし指令室へと向かった。
指令室とは、命削小隊へ敵の位置や戦況を伝える小隊援護職専用の狭い部屋で、一面にモニターが並んでいる。
そんな部屋に一つある席へと腰を下ろしたミストリアは、さっそく「PNDR」で交信をとる。
モニターに目をやると、ミストリアが担当する西部第六防衛戦線・命削N小隊に属する隊員15名のコードネームと、命削同調指数が表示される。
「ジャッジメンターよりN小隊各位。起動異常なし。聞こえますか」
『N小隊リーダーNよりジャッジメンター。聞こえます』
その力の全てが解明された訳では無い「宇宙聖遺物の万能力」によって実現される長距離無線通信。
他国にはない技術がこの帝国にはある。
宇宙聖遺物争奪戦を勝ち抜いたこの帝国には。
戦死者ゼロを誇るこの帝国には。
「本日も生還という目的を忘れずに戦ってくださいね」
戦死者ゼロを謳う戦場に、兵器に優しく「生還」という言葉をかけるのは相応しくない。しかしミストリアはそう声をかけた。
無人の戦場で戦う人型戦闘兵器。
帝国軍が宇宙聖遺物を用いて成功した人道的発明の真実は。
『戦争奴隷が数匹消えたところで何も無いっていうのにありがとうございます。偽善者援護職様』
皮肉混じりの返答が、ミストリアの心を刺した。
命削小隊。
レヴィに圧倒されている帝国の切り札――
否、人類最後の一手。
九十五の行政区からなる帝国安全区域の外、帝国最西端にある戦争犯罪の屑箱こと旧ノーフカロタ公国の土地「変事戦線地区」に閉じ込められた戦争奴隷達の子孫。
本部のある第一区から三百キロ離れた対レヴィ防衛戦線で生きる彼らを人は皆
人型戦闘兵器
「命削」と呼ぶ。
◇◇
遡ること五十年前、公歴十二年。
その年、宇宙聖遺物を獲得したアルツフォネア帝国は、侵略戦争を繰り返すと、気づけば九十五の行政区からなる大国へと成長していた。
そんな帝国に面する西の隣国「ノーフカロタ公国」は、日々大国に摂取される国がある中、侵略ではなく防衛のみを目的とした構成員百名からなる二つの中隊を保有し、国土二平方キロメートルという小国でありながらも確かに強く在り続けた国家だった。
しかしノーフカロタ公国はその節、繰り返される戦争により、限られた土地から眼を埋め尽くすほどに育っていた農作物や、鼻腔を突き抜ける鋭い緑の匂いが消え失せると、急激な食糧難による危急存亡の秋を迎えていた。
宇宙聖遺物を用いた兵器開発を進めるにあたって、人体実験のモルモットを欲していた時の総統「シュバルツッヒ」は、ノーフカロタの状況に目をつけると、時の王「デンモルト」に対し「ノーフカロタの実権を譲渡すれば無償で食糧を供給し、いかなる状況下においても安全を保証する」と提案。
つまるところ、アルツフォネア帝国はノーフカロタの状況を踏まえ、隣国の好で血を流さず国を譲渡されてやろうという提案だった。
宇宙聖遺物を獲得したアルツフォネア帝国に対し、勝算のないことを理解していたデンモルトは、提案に望みがないと理解していながらも「国民を見殺しにはできない」という理由で承諾。
そして間もなく、その選択が後世にまで続く「呪い」になる事をデンモルトはまだ知らなかった。