第26話[パラダイス]
僕は今……楽園にいますっ!!
この前のGvでは念願だったレーサー紅白戦の出場を決めた。だがその一方で、鷹の失速によって、幹部の麦へ重い責任がのしかかる姿も目の当たりにしたのだった。
その週のメンテから、夏のイベントが始まったのだ。
今、僕がいる『イスアンダム島』は、ハワイやサイパンなど南の島をモチーフにした島である。
毎年行われる夏イベントの時に、イスアンダム島で解禁になるのが水着の『衣装装備』だ。
衣装装備は通常の装備とは別枠にあり、装着すると、通常装備よりも優先されて表示される。
基本的には効果が付いていない。
つまり、対人戦などにおいて装備を敵に知られたくない場合に、隠す目的で装着されるのだ。
だが、オシャレを楽しむために使われていることの方が多い。
(いやぁ~こころさんの水着姿はやっぱ最高だなぁ~。花音さんもポポちゃんも可愛いし。何より……アバターとは言え、ホークさんの水着姿が見れるなんてっ! 今回のイベント当たりだな!)
通年の水着衣装は他の衣装同様、装備に効果は付いていないのだが……。今回の水着には効果が付いてるのだ。イベント期間中のイスアンダム島だけにはなるが。
そのためか、普段は水着衣装など装備しないであろうホークさんのような人でも、今回は着用してる人がとても多いのだ。
そして……その幸せな光景が目の前で繰り広げられる中、僕は右をそろりと見た。
僕の右側には、黒光りのマッチョが際どい水着を着けて、ポーズを決めている。
彼は鷹の男性ダンサー『腹筋6LDKダーハル』さんだ。女性ダンサーばかりが目立つが、実は男性ダンサーもちゃんといるのだ。
しかも、アバターは色々と選べるはずなのだが、男性ダンサーは何故か黒光りマッチョが多い。もはや伝統に近い。
「ハハハハハハハッ!」
そんなダーハルさんが、白く輝く歯を見せながら僕に笑いかける。
(あっ……暑苦しい……)
僕は苦笑いしながら、今度は左側にそぉーっと顔を向けた。
すると真夏のバカンスにいるとは思えない、負のオーラがこちらにまで漂ってきた。
黒いマントを羽織り、フードを深く被って、青白い顔をした彼は、鷹のソーサラー『デス』さんだ。
(うっ……未だに、この人の雰囲気に慣れないな……)
デスさんは僕の視線に気付くと、不気味な笑みを向けてきた。僕はまた苦笑いして、前を向くのだった。
(なんなんだ、この状況……目の前は天国なのに……地獄に挟まれてる……)
僕がそんな事を考えていると、目の前にニヤニヤした水着姿のロマさんが来た。
「よぉ。なに座って見てんだよ。ムッツリめ」
(自分だってムッツリなくせに……)
僕はそう思ったけど口にはしなかった。
少しため息を吐いてから、ロマさんに向かって喋りだした。
「少し、心を休めてるんです。ここのとこ色々と続いたし」
「あぁ、そうだな。そんなに緊張したか?」
「しますよ! 僕みたいな一般プレイヤーが急に鷹の幹部会議なんて……」
──数日前
僕が自分のたまり場で爽真君と話をしていると、もの凄い速さで麦が駆け寄ってきた。
「あー! いたいた! 文ちゃん! ちょっと来て!」
「えっ!? いきなり何!?」
「いいからっ! とりあえず来てっ!」
そう言って、麦に無理やり引っ張られ、大図書館に連れて行かれた。
三階に着くと麦の足は止まり、僕は酔って吐きそうになっていた。
「麦ちゃん一体……うぷっ……なんで、こんなとこに?」
「ん? ホークさんが文ちゃん連れて来いって言うから!」
「えっ!? ホークさんが? なんで、わざわざ図書館なの?」
「鷹の幹部会議は、いつも図書館の個室でやんだよ!」
図書館は各階にテーブルが置いてあり、そこで本を読むことが可能なのだが、同じく各階に個室も用意されている。
ロックがかかるので、ゆっくりと本を楽しみたい人達が利用したり、聞かれたくない話をする時にも使われる。
ついでに個室にはモニターがあるので、動画を楽しめたりもする。
僕は、麦の爆弾発言にすごく驚いた。
「はっ!? 幹部会議!? えっ、ちょっ! どうゆうこと!?」
「あーっ! あそこの部屋だ!」
麦は僕の質問など気にもせず、奥にあった個室へと向かう。
(ちょっと待て待て! 幹部会議って! なんでいきなり僕が鷹の幹部会議に出なきゃいけないんだ! ……そういえば鷹の幹部って、ホークさんと麦ちゃん以外に誰がいるんだろ? ロマさんがこの前「俺ら幹部」って言ってたからロマさんはいるのかな……?)
いきなり大手ギルドのトップ達が集まる場所に呼ばれ、少しでも顔見知りがいることを祈りながら、麦の後ろに隠れて部屋へと入った。
部屋に入って、一番最初に目に入ったのは、壁に寄りかかったロマさんだった。その横には、見知らぬ騎士の人。
そして、部屋の中央に置いてある三人掛けのソファにはホークさんが座っていた。
その隣では、僕らに向けて手を振っているヴィンテージさんが、ゆったりと腰かけていた。
僕はそれを見て安心した。
(良かった……会ったこと無い人は一人だけだな。これなら、まだ……)
そう思っていると、ホークさんが僕らに話しかけてきた。
「来たか。あと一人だ。もう少し待ってくれ。紹介はそれからにしよう」
(えっ……まだいるの……)
僕らが部屋に到着してから三分後、部屋のドアが開いた。
開いたドアから現れたのは、すごくイケメンのファーマシストだった。
(イケメンだ……あのアバターすごく時間かけて作ったんだろうな。僕なんて、ほぼデフォルトなのに……)
このゲームは結構細かく顔や体型、髪型などのアバター設定が出来る。
本当はアバターをちゃんと作りたかったのだが、早くゲーム始めたいと妻に急かされ、結局ほぼデフォルト状態で始めてしまったのだ。
人を急かした本人はさくっと作っといて、それなりに可愛く出来てたのが、納得のいかないとこだが……。
結局のとこ、アバター作りというのは意外に重要なのだ。
本物ではないにしろ、ゲームの中で『その人』のイメージになってしまうわけだ。やはり、見た目がいいと扱いも良かったりするし。
僕がイケメンファーマシストを羨む目で見ていると、イケメンはホークさんに何か耳打ちをしてから、部屋を出て行ってしまった。
どうしたんだろう?と思っていると、ホークさんが口を開いた。
「そろそろ始めるか」
僕はさっきのイケメンが、部屋から出てしまったのに、始めちゃっていいのか気になって、麦に小声で聞いた。
「全員揃ってないのに、始めちゃっていいの?」
「文ちゃん何言ってるの! もう皆揃ったよ!」
「えっ!? さっきの人、部屋出て行っちゃったじゃん!」
「『はーちゃん』は幹部じゃないから! はーちゃんと一緒に入ってきた人が…………」
麦はそう言うと、誰もいないはずの僕の後ろを、そおっと指差し、ぼそっと呟いた。
「文ちゃんの後ろに……いるでしょ?」
僕が「はっ」として、後ろを振り返ると……誰もいなかったはずの僕の背後には、死神が不気味な笑みで立っていた……。
「ぎゃああああああああっ!」
僕は衝撃のあまり麦に飛び付いた。
「ぷっ! 文ちゃん落ち着いて! 良く見てっ! 生きてる人間だよっ!」
ぎゅっと閉じていた目をそおっと開きながら、勇気を振り絞って、もう一度死神の方に目をやると。
そこには真っ黒なローブに真っ黒なマントと全身真っ黒で、同じく真っ黒な長い前髪を垂らした男性のソーサラーが立っていた。
顔は青白く、精気が無いように見える。一瞬、鎌かと思ったのは、大きな杖であった。
「あっ……ははっ……もう、やだなぁ麦ちゃん! 驚かすような事しないでよ!」
僕はそう言って麦から下りると、男性ソーサラーに近寄り失礼を詫びた。
「なんか、すみませんでした……。普段こんなに驚く事とかないんですけど、昨日怖い映画みちゃったからかなっ! ははっ……」
すると、男性ソーサラーが不気味な笑みを浮かべながら、ボソっと何かを言った。……が、聞き取れなかった。
「…………ボソ」
「えっ……?」
聞き取れなくて僕が困っていると、麦が横から口を挟んできた。
「初めまして。私は鷹の幹部の『死神』です。皆からはデスと呼ばれています。貴方が麦飯さんのご主人ですね。噂はかねがね聞いておりましたが、噂のような尻尾や牙が無いので安心しました。(笑)……だって!」
(えっ……そんな長い話してたのか……。というか、どんな噂になってんだ)
「そ、そうなんですね。初めまして! 文月です。よろしくお願いします」
僕が挨拶をすると、デスさんは怖い笑顔で返してくれた。
(こ、こわい……)
そこへ、もう一人の初対面になる騎士が、こちらへ近寄ってきた。
金髪でツンツン頭のガタイの良い男性騎士は、僕にスッと手を差し出した。
「こっちも挨拶いいか? 初めまして。俺は副マスターのマイラーだ。俺が聞いたのは、どうしようもなくイカれた奴だったけど。まともそうで良かった!」
そう言って、笑いかけてくれたけど……僕は複雑だった。
(なんなんだ一体……鷹内部でどんな話になっているんだ……。きっと麦ちゃんの旦那ってだけで、噂に尾ひれ背びれがついてる状態なんだろうな……)
僕がそんなことを思いながら、マイラーさんの手を握り返していると、麦が悪びれもなく適当なことを言ってきた。
「へーっ! 文ちゃんに会った鷹の人たち、皆そんな風に思ってたんだねー!」
(きっと、今ここにいる全員が「お前のせいだ」と、麦ちゃんに対して思っている気がする……)
そこへ、椅子に腰かけたままのホークさんが声をかけてきた。
「紹介は終わったな。では幹部会議を始める」
なぜここに連れて来られたのか、なぜ変な噂が流れてるのか、状況が飲み込めないまま、鷹の幹部会議が始まったのだった。




