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六夜 理


「すまないが、管轄外だ」


報告書の束を全て読み終えた百目鬼が、眉間をぐりぐりと抑えながら呻く。てっきり此処で元の世界に帰る算段が付くと思っていた涼介は、あんぐりと口を開けて呆けるしかない。


「そもそも眞白!貴様報告書に記載したという事は、うちの管轄じゃない事くらい分かっていただろうが!」

「そう言われてものう…お前さんからの指示は、禁足地に入り込んだ蟲の駆除と餌の回収。その後報告書と共に餌を此処に連れてくる。そういう指示をしたのはお前さんで、わしはそれに従ったまでの事」


悪びれもしない眞白は、至極楽しそうに口元を歪めて笑う。弧を描くように歪んだ目は、金色の瞳が鈍く光っているように見えた。


「わしはきちんと指示に従ったぞ?」

「狐め…」

「わし狐じゃもーん」


額に青筋を浮かべた百目鬼が、大きく息を吸い込んで一気に吐き出す。涼介の隣で煎餅を齧っていた眞白が、面倒くさそうな顔で言葉を続けた。


「まあそういう事なんでの。すまんが陸番への目通りを」

「お前なら自分でどうとでも出来るだろう…」

「今のわしはただの犬じゃよ」


狐じゃないのかと突っ込んだらどうなるだろう。流石に今の雰囲気で口を開く気にはなれず、涼介は大人しく手に持ったままの湯飲みを見つめ続けた。

まだやいやいと怒る百目鬼に、眞白は面白がるように飄々とした態度で躱していく。きっとこの二人はいつもこうなのだろう。喧嘩をする程なんとやら、だろうか。


「あの…良いですか」

「何だい?」

「管轄外って事は、俺まだ帰れないんでしょうか」

「すまないな。蟲に連れ込まれたなら此処で対応するんだが、君はそうじゃないようだから」


申し訳なさそうに眉尻を下げた百目鬼に詫びられたところで、帰れないという事実に変わりはない。

喚いても良いだろうか。いつになったら帰れるのだろう。

母が出て行ってから男手一人で育ててくれる父はきっと心配している。いきなり訳の分からないところに連れて来られて、怖い思いをして、勝手にそう思っていただけとは言え、帰れると思っていたのに帰れもせずに。

思わずぐったりと力が抜け、ソファーの背凭れに体を預けた。


「もうやだ…なんだこれ本当に意味が分からない」


じわりと目元が熱くなる。鼻の奥がツンとして、今度こそ子供の様に泣き喚いてしまいたい。良い歳なんだからと必死で耐えてはいるものの、己の常識からかけ離れすぎたこの世界でのストレスが限界値を迎えそうだ。


「あー…まあ落ち着いて。此処が管轄外というだけで、君は陸番地の管轄なんだ。これから手続きをして、眞白と一緒に行くと良い」


唸り出した涼介を宥めるように、百目鬼が声を掛ける。たらい回しじゃないかと怒っても許されるだろうか。だが、百目鬼は困ったようにお菓子を差し出しながら涼介の機嫌を取ろうと必死だ。そんな人に、どうにかしろなんて喚けなかった。


「幽世って何から始まって、ここまで殆ど話分かんないし。でもサクサク話進んでいくから俺置いてけぼりだし」

「何だ、説明してないのか」

「幽世が何かは簡単に説明したんじゃがな」


元居た世界と薄い膜を介して並行して存在する世界。

そう言われても、本来此方にいる筈のない存在である自分が幽世にいるのか分からない。霊力というやつがあるのなら話は違うのかもしれないが、そもそも異世界に移動できるという時点で非科学的すぎて付いていけない。


「別世界だって言ってるのに、眞白さんはやけに俺がいた世界の話が分かるっていうか…やたら俺に合わせて説明してくれるっていうか…」

「そりゃ、わしは現世にも行くからの」


しれっと言いのける眞白が、ばりばりと音を立てながら煎餅を頬張る。何枚食べているんだと呆れてくるが、眞白は気にする様子もなく指に付いた欠片を行儀悪くぺろりと舐める。


「幽世側の者も、そう簡単に現世に行けるわけでは無い。俺が知る限り、神々とその遣い以外で現世に行けるのは眞白だけだ」

「限られた人だけの特権…みたいな事ですか」

「膜を超えられるだけの霊力がある者が行き来出来る。眞白はかつて神の遣いをしていたのでな。今でも時折遊びに出ている」


だからやけに涼介に分かりやすい話をしてくれるのかと、漸く納得した。それよりも、眞白が現世に行けるのならば、眞白が膜とやらを越える時に連れて行ってくれれば良い。そう考え着いたのを見透かしているのか、百目鬼が涼介よりも先に口を開いた。


「元々現世と現世は一つの世界だった。だが妖たちが人間を襲う為、人間達は世界を二つに分けたんだ」


突然始まった御伽噺。真面目な顔していきなりなんだと言いたかったが、涼介は何となく口を挟まずに百目鬼の言葉を待つ。


「二つに分けられた世界の間に張られた膜は、所謂結界だな。神々やごく一部の妖、人間…超えられるだけの霊力を持つ者が、互いの世界を行き来出来るようになっているが、霊力が足りない連中は触れる事さえ叶わない」

「細かい歴史はまあ色々あるんじゃが、簡単に言うと百目鬼の話の通り。お前さんは霊力が無いから結界は越えられん。本来は越えられる者に帰してもらう」


百目鬼の言葉を奪った眞白が、にんまりと笑う。細い切れ長の目が、楽しそうに笑った。


「待って。その結界を越えられない筈の俺が、どうして幽世にいるんですか?」

「神隠しにあったからじゃよ」


それは昨日聞いた。だが眞白は蟲がどうとか言っていた。蟲に食われる為に連れて来られたのが神隠しだと。だが蟲は、霊力を持つ人間を食う為に連れてきて食うんじゃないのか。霊力を持たない涼介が此方に来られる意味が分からない。


「でも蟲潰しちゃいましたよね?ていうか蟲って何なんですか?」


いよいよ話が分からないぞと混乱しているが、百目鬼は根気よく話を続けてくれた。


「蟲とは非常に不安定な存在の怨霊以上妖未満の存在。不安定な存在故か、時々膜を越えるやつがいるんだ」


詳しい生態はよく分からないが、低級の妖を食い、多少力を付けた者が現世に渡って霊力の強い人間を攫ってくる、という事がたまにあるらしい。

だが、霊力が欠片も無いと言われている自分が何故此処にいるのかが理解出来なかった。


「恐らく眞白は、現世における神隠しは蟲に攫われてきたとかなんとか言ったんじゃないか?」

「そうです」

「普段此処での管轄になる話はそれで合っている。だが、今回の君のように、神によって此方に連れて来られるということが極々稀にあるんだ」


百目鬼が大きく溜息を吐いて、涼介の顔をじっと見つめる。


「君は、正真正銘神に攫われたんだよ」


やったな、レアじゃよと遠くで眞白が揶揄うような声がする。


「素直に帰してもらえる事を、祈っているよ」


同情するような顔で、百目鬼が優しく声を掛けてくれる。

同情するなら帰らせてくれ。神頼みなんてするんじゃなかった。元の世界に戻っても、二度と神社には足を踏み入れるものか。天井を睨みつけながら、涼介は両手で顔を覆った。


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