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一夜 うしろ

この作品は全編通して「なんちゃって和風ファンタジー」です。雰囲気をなんとなーく楽しんでいただくご都合主義バンザイ作品になります。この世のありとあらゆるものと関係は一切ございません。

じりじりと照り付ける真夏の太陽が、グラウンドで運動している生徒を見下ろしている。教室は外よりは幾分かマシとはいえ、冷房が恋しくなる程度にはムシムシと暑い。

代り映えのしない毎日。彼女が欲しいだの、誰が誰と付き合い始めて、どこまでいっただの、そんな思春期にありがちなどうでも良い会話をしては、彼女が出来たばかりの友人を揶揄い、「腹が立つから」という謎な理由で飲み物を奢らせる。近くで見ていた女子にはまた馬鹿をやっていると白けた顔で見られていたけれど、たった三年間しかない貴重な高校生活、楽しまなければ損というもの。毎日の退屈な授業や、時折出される課題には閉口するが、そろそろバイトでもしてみようかと思う程度には、それなりに充実した毎日を送っている。


「なー、健介も何か食って帰ろうぜ」

「わりーけど、俺はパス」

「何だよ、最近付き合い悪くね」


友人に買い食いを誘ってみても、ここ暫くはスマホ片手に断られてばかりだ。面白くないと顔全体で表現して、じとりと友人を睨みつける。


「彼女と約束してんだ」

「お前もかよ!」

「涼介も作れば良いだろ」

「良いか、彼女ってのはな、作ろうと思って簡単に作れるようなもんじゃねぇの!」


はん、と鼻で笑う友人が、小さく震えたスマホに再び視線を落とす。何度か画面をタップして、荷物を持って立ち上がると、肩をぽんぽんと叩いて余裕たっぷりな顔で笑ってみせた。


「神頼みでもしてみれば良いんじゃねぇの」

「お前ほんっとムカつく!」


早く行けと殴り掛かる真似をして、涼介は教室をぐるりと見まわしてみる。仲の良い友人は皆帰るなり、部活に行くなりしてしまったようで、既に教室の中にはいなかった。今日は諦めて一人で帰るしかなさそうだ。

耳にイヤホンを嵌め、お気に入りの曲をスマホから流す。最近流行りの曲を聴きながら、いつも通り、変わり映えのしない道を歩く。


いつもと同じ学校の廊下。

いつもと同じ学校の校庭。

いつもと同じ通学路。

いつもと同じ風景。


何か面白い事が起きたら良いのに。

彼女が欲しいと騒いでみたって、恋愛に興味があるわけでは無い。友人たちに徐々に彼女持ちが増えたから、自分もその輪に入りたいだけ。誰か好きな女子がいるわけでもなく、積極的に出会いを求めているわけでもない。ただ何となく、彼女がいる高校生活とやらを経験してみたかった。

漫画やドラマで見るような、これぞ青春というような事がしてみたいだけ。あわよくば、色事を経験してみたいという欲も少しだけあるけれど。


高校生活ももう二年目。そろそろ夏休みも近い。夏休みには彼女とどこに遊びに行くだとか、そういうのも楽しそうだ。残念ながら今年もそんな楽し気な予定は無いのだが、夏休みの間だけどこかでバイトでもしてみれば、出会いの一つもあるだろうか。


「あっつ…」


思わずひとりでに口から出た言葉。じっとりと汗で張り付いたシャツが気持ち悪い。申し訳程度に吹く風はもやもやと暑く、涼しくなるどころかただ不快なだけだった。

まだ自宅までそれなりに歩かねばならないが、このままでは干からびてしまいそうだ。何処かに自販機でもコンビニでも、冷たいものを確保出来るような場所は無かっただろうか。ぼんやりといつも通る道を思い返してみても、暑さに浮かされた頭では、残念な事に思い浮かばなかった。

こうなったら見つけたらラッキー、見つからなければ大人しく家で麦茶でも飲もう。そう思い直すと、涼介はただ足を動かす事だけに集中する。


先程からぬるい風がざわざわと吹いている。もう少し涼しい風だったら良かったのに。無意識に唸る声に反応するように、一瞬ひやりと冷たい風が吹いたような気がした。

足元を冷やすような風。夏場の急な涼しい風は、夕立の前触れと相場は決まっている。洗濯物が濡れてしまうではないかと空を見上げるが、目立った雲は見当たらない。腹が立つほど清々しい青空だ。


気のせいだったかなと首を捻り、涼介は再び足を動かそうとした。だが、視界の端に禿げた塗装の鳥居を見つけると、先程の友人の軽口を思い出した。


「神頼み、ねえ」


縁結びの神様だとか、勉強関連の神様だとか、日本人は何かあると神頼みをしがちだと思う。例に漏れず自分も都合の良い日本人なので、クリスマスを楽しんだら初詣に行くような人間だし、高校受験をする時にはしっかり神社にお参りもした。効果があるかは別として、叶ったら良いな程度にお願いをするのも良いだろう。神社の隅に自販機でもあればラッキーだ。


風に揺れて擦れる木葉。木陰に佇む鳥居の前で一礼し、そっと足を進めると、先程まで歩いていた道よりも幾分か涼しいような気がした。木陰になっているおかげでそう感じるのかもしれないが、火照った体にはありがたい。


所々雑草の生えた石畳の参道。大きな神社ではないので、恐らく近所の住民が定期的に掃除をしているのかもしれないが、お世辞にも綺麗とは言えなかった。古くから住民の生活に根付いた神社とでも言えば良いのだろうか。きっと初詣の時期に少し賑わう程度だろう。


「自販機無い…よな」


境内をぐるりと見まわしても、ちょろちょろと水が流れる手水屋と、古い本殿くらいしかない。残念だと肩を落としながら、手水屋で手を洗う。ひんやりと冷たい水が心地よい。流石にこれは飲めないよなと思いながら、口元を清めた。つい飲みそうになったが、衛生的なものが気になってぐっと堪えた。


財布の中をごそごそと漁り、たまたま一枚だけ入っていた百円玉を賽銭箱に放り込む。確か二礼二拍手一礼…と口の中で呟きながら二度頭を下げ、パンパンと掌を合わせた。


「毎日毎日退屈なので、何か面白い事が起こりますように!あわよくば可愛い彼女が出来ますように!」


周囲に誰かいたら恥ずかしいが、幸い自分以外の人間がここにいる気配はない。欲丸出しの願い事を口に出しながら頼み込むと、最後にもう一度頭を下げて体を戻す。


「…何してんだ俺」


ぽつりと呟いたところで誰に届く筈も無いのだが、何となく恥ずかしくなって本殿に背を向けた。

ざわざわと木々が揺れる程の強い風。汗で濡れたシャツが冷たいと感じるような、冷たい風だった。


◆◆◆


明日から待ちに待った夏休み。山の様に出された課題は勘弁願いたいが、明日から暫くの間はゆっくりと朝寝坊が出来る。

毎日毎日朝六時には起きて、朝食の支度と並行して二人分の弁当を詰め、洗濯を干し、軽く掃除をし、身支度をして学校へ行く。幼い頃出て行った母の代わりにあれこれと家事をしているが、そのおかげで八時に家を出れば良いのに毎日大忙しだ。


世の中のお母さんって凄いよな。それは時折父親と話す事。友人が当たり前だと思っている生活は、当たり前ではないのだと涼介が真面目な顔をして言ってみたところで、彼らがそれを理解するのはまだ先なのだ。

父親は率先して家事をしようと努力してくれるが、息子を食わせる為に外で働いている。涼介はそれが分かっているから、家の事をする。互いに「いつもありがとう」と言い合える親子になれたと思う。父親は「もっと早くこういう事が言えたらな」とぼやく事もあったけれど、今更そんな事を言っても仕方がない。


「じゃあな涼介」

「おう、またな」


何を急にセンチメンタルな気分になっているんだろう。

軽く自嘲しながらスマホを見ると、お気に入りのスーパーの広告を開いたままだった事に気付く。あと十五分でタイムセール。今日は何としても限定二百パック、九十九円の卵を手に入れたい。15:30と表示されたスマホをスラックスのポケットにねじ込んで、リュックを引っ掴み、大急ぎで廊下を駆け抜け、いつもの通学路を走る。夕方とはいっても、真夏の夕方はまだまだ暑い。熱中症になりそうだと小さく舌打ちをして、絶対にアイスも一緒に買ってやろうと決めた。


ぜいぜいと息が上がる。顔から噴き出る汗が不愉快だ。張り付いたシャツが気持ち悪い。制服のスラックスも太ももに張り付いて嫌になる。アイスを買って、冷房を入れたらさっさとシャワーを浴びよう。出てから冷えた部屋でアイスを食べてやる。


楽しみを作ったところで、ざわりと木々が揺れる音がした。背中に走る嫌な寒気。誰かに見られているような、気分の良くない何か。思わず足を止めたが、周りを見回してみても誰もいない。正確には、同じ学校の生徒がちらほらいたり、遊んでいる小学生たちの声がするのだが、涼介に興味を示しているような人間は見当たらなかった。


気のせい。


そう思い直し、足を進めようと前を向き直して後悔した。

顔を隠すように、習字用の半紙に何か顔のような模様を描いたものを付けた人が、自分の顔を覗き込むように立っていた。顔と顔がくっついてしまいそうな距離。

人間はあまりにも驚くと声の一つも出ないという事を初めて知った。


ひくり。


喉が鳴った。引き攣ったような声が漏れかけた。声にならない叫び声が響くなんて事はない。ひやりと冷たい何かが口元を覆い、目の前が暗くなる。

まるで酷い車酔いをしたような、吐きそうで吐けない気分の悪さ。今自分が立っているのか、座っているのかも分からない。

ぐらりぐらりと揺れる頭。吐きそうな感覚を、真っ暗な視界の中目をキツく閉じて耐えた。


ざわざわと木々が揺れる音だけがする。くらくらと揺れる頭が幾分かマシになり、涼介は恐る恐る目を開けた。


「…なんだ、ここ」


先程まで見慣れた通学路にいた筈だ。真夏の夕方、まだまだ明るい時間帯だった。それがどうだ。今いるのは、鬱蒼と木々が生い茂り、薄暗い森の中だ。ひんやりと冷たい空気に思わず身震いし、周囲をまじまじと観察するが、自分が今どこにいて、どうしてここにいるのか分からない。

近所にこんな森があっただろうか。それよりさっきのあの半紙人間は何だ。何がどうして見知らぬ森の中なんぞにいるんだ。


ぐるぐると考えてみたところで、何ひとつ解決はしない。ポケットに押し込んでいたスマホを見てみると、時間は16:03と表示されている。タイムセール開始時間に間に合わなかった事に肩を落とし、もう一度辺りを見回してみる。


上を見上げてみても、木々がわさわさと枝を伸ばし、隙間から僅かに青空が覗くだけ。地面は日の光が届かないせいか、苔が生えていた。


何度思い返してみても、こんな森に憶えはなかった。


「GPS使えるのかここ…」


スマホのナビ機能を使う事を想いつき、画面を操作する。位置情報を読み込もうとしているのか、画面の中央にはくるくると円が回るが、いつまで経っても読み込みは終わらない。苛々と眉間に皺が寄り、数分経つ頃には流石に諦めが付いた。


ただの時計となり果てたスマホをもう一度ポケットに押し込むと、涼介は仕方なくその場から歩き出す。

関東の片田舎、こんなに木々が鬱蒼と生えた森に憶えは無いが、歩いていればそのうち電波が入る場所に辿り着けるだろう。どうしてこんな森にいるのかは分からないが、今はとにかくこの森から出たかった。こんな場所にいつまでもいたら、あっという間に全身虫刺されまみれになりそうだ。


「くっそー…これ絶対卵売り切れるじゃねぇか…」


ぶつくさと文句を言いながら歩き続けるが、どうにも周囲の景色が変わる気がしない。変わっているのだろうが、同じような景色ばかりなのだ。どこまで行っても変わらない、深い森。不思議と虫の声すらしない、木々が風で擦れる音だけが響く世界。


ぞくりと背中が寒くなった気がした。


「だあれ」


小さな声。びくりと大きく肩を揺らし、涼介は勢いよく後ろを振り向く。また先程の半紙人間だったらどうしよう。眼前に突然顔を突き出されたら誰相手でも驚くのに、わけの分からない半紙を張り付けた人間相手では余計に驚くと言うものだ。


「…ん?」


誰もいない。聞こえた声は気のせいだったのか。きょろきょろと視線をうろつかせてみても、何処にも声の主は見当たらない。気のせいだったのかともう一度歩き出そうとしたところで、もう一度同じ声がした。


「だあれ、だあれ」

「あの、何処にいるんでしょうか」


声がするのなら、何処かに人がいる。誰かの私有地だったのかもしれない。勝手に人が入ってきたから、そこにいるのは誰かと問うているのか。


「うしろ」

「え…」


ぐちゃりと、何か湿ったような音がする。鼻を突きさすような刺激臭。本能的に振り返ってはいけないと思った。


「うしろ、うしろ」

「っ…」


走った。反射的に、絶対に振り向くまいと首を動かさずに、その場から逃げ出した。

やばい、やばい、やばい。

何がいるのか分からないけれど、生存本能が振り向くなと言っている。

平和な世の中しか知らない平成生まれ、令和の高校生に生存本能があったのかと自嘲する自分がいながらも、身体は必死で足を動かし続ける。


「うしろ、うしろ、うしろ」

「くっそ何なんだよ本当に!」


肺が痛む。今自分がどこを走っているかなんて考える余裕はない。そもそも何処なのかすら分かっていないのだから、考えるだけ無駄だ。今はどうにかして、後ろにいる何かから逃げる事だけを考えるしかない。


「う、わ…!」


足元が苔むしていると滑る。それを生まれて初めて知った。勢いよく転んだ涼介が起き上がると同時に、背中にずるりと何かが乗った。


「うしろ」

「ひ…っ」


耳元で囁く声。嫌な刺激臭。頭の何処かは冷静さを保っているようで、この嫌な刺激臭が腐敗臭である事に気付いた。ついこの間収集日を守らなかったどこぞの住人のおかげで、回収ボックスの中で可燃ごみが腐っていたからだ。


ぬるりとした何かが、涼介の頬を撫でる。恐怖で身体を動かす事も出来ず、ただ前を見据える事しか出来なかった。


「だあれ、うしろ、だあれ」

「なぁんじゃ、蟲が入り込んどったか」


間延びした声。背中に乗った何かが、もぞりと動く気配がした。また後ろに誰かいるのか。今度は何だ。なんでも良いからこの訳の分からない状況から助けてほしい。


「いかんのう。どこぞの結界が綻びおったか」

「だあれ、だあれ」

「管理人じゃよ。雇われのな」


管理人。自らをそう言った男の声が、ゆっくりと此方に近づいてきた。酷い匂いだと鼻を摘まんだのか、鼻声で臭い臭いと文句を言う。


「駄目じゃろ、人間なんぞ連れてきて」

「あ、あの!何方か存じませんが助けてください!」

「なぁんじゃ、息があったか」


助けを求める声への返事がそれかと文句を言いたくなったが、この際助かるかもしれないのなら何でもする。助けてくれともがきながら、首を無理に動かして背後を見ようとした。


「ひっ…」


ずるずるとした何か。人の形をしているようだが、真っ黒で顔が何処なのか判別することも出来ない。そんな何かが背中に乗っている。間延びした声の男がどんな人物なのかは、姿が見えないので何も分からなかった。ただ、恐怖が倍増しただけだ。

逃げたい、逃げなくては。それだけを考えて、じたばたと暴れてみる。


「生きの良い童じゃな。暴れんでも助けてやるから安心せい」


助けてやるという言葉に安堵した瞬間、背中から重みが消えた。そして、傍に生えていた木の方から鈍い衝撃音。びちゃりと何か飛び散ったのが視界の端に映ったような気がしたが、怖くて見る事は出来なかった。


「アオよぉ、もうちぃと加減出来んのか?」

「すんません」


もう一人いた。それに漸く気付けた程、もう一人の男は喋らず、静かだった。恐る恐る声の方へ顔を向けると、やけに美形の男と、大柄な男が此方を見ていた。


「うーん…?童、お前さん何故此処に来た?」

「はい?」

「霊力なんぞ欠片も持っておらんな。何故蟲に追われた。縁も結ばれておらんし…」


ぶつぶつと呟きながら首を捻る美形の男は、まじまじと涼介を観察する。霊力だの縁だの、漫画でしか聞かないような言葉を呟いて、男は何度も首を傾げていた。


「アオ、その蟲は誰とも繋がっておらん。潰して良いぞ」

「はい」

「童、腸に慣れておらぬのなら、目を閉じておくことを勧めるぞ」


そういうのはもう少し早くに言うか、大柄な男の動きを止めてから言ってほしかった。美形の言葉が終わるよりも先に、黒い人型の何かは大柄な男の拳でぐちゃりと潰されていく。血液だとか内臓だとか、そういうものが飛び出るようなことは無かったが、人が殴り潰されていると脳が認識してしまったのだろう。胃の中身を地面にぶちまけて、涼介はフッと意識を飛ばした。


「アオ、もうちぃと待ってやれなんだか」

「すんません」


何処か遠くで、そんな声が聞こえた気がした。



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