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第一章02『アイツは空から降ってきて』

 



 不平等ばかりなこんな世界でも、時間の流れる速さだけは平等らしい。


 金持ちも貧乏人も、強い奴も弱い奴も、皆等しく一秒は一秒だし、一日は一日。時計の針は誰の都合に合わせるでもなく、常に等速で回っている。


 魔獣だろうと人間だろうと、その現実だけは変わらない。


 だからこそ、いつまでも現実逃避してはいられないのだ。










        ***




 





「はああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 朝、九時五〇分。

 木造借家の二階の一室で、フェグルスはボロボロのソファーに腰を下ろして項垂れていた。


 朝っぱらから最悪だ。


 夢見が悪くて気分は地の底だし。

 空気を入れ替えようと窓を開けたらなぜか蜂の巣が出来てるし。

 冷蔵庫を開ければ牛乳パックに謎のブロッコリーが生えてるし。

 顔を洗おうと思って蛇口を捻れば、水道が壊れて水が出なくなってるし。

 ……ついでに、「そろそろ家賃を払わないとさすがに出て行ってもらうからな」という旨の手紙も玄関に挟まっている始末だし。


 一体何なんだ。狙い澄ましたかのように次から次へと。

 今日だけじゃない。昨日からずっとだ。


「どうにもならん……」


 立て続けに色んな事が起き過ぎて、フェグルスの心は完全にノックダウン。気持ちは沈み、一日のやる気も失せ、「このままどこかに消えてしまいたい」なんて願望が脳裏を過ったりもして―――


「……やめよ……」


 止まらないネガティブ思考を、それでもなんとか断ち切ろうとする。

 憂鬱になっても意味が無いのだ。気力が削がれるばかりで、いつまで経っても状況が改善されない。

 そして時の流れは残酷なほどに平等だ。思い悩んでいる間も時間は進み続けるし、気持ちが回復するまで待ってくれたりもしない。


 世界は、誰の都合もお構いなしに動く。

 だからこそ、その中に生きる自分だって、動き続けなければならないのだ。

 いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。


「……しゃあねえ」


 無いやる気を絞り出し、フェグルスは力なく立ち上がる。

 動きたくなくても、動かなければ何も始まらない。

 差し当たって、まず最初にやるべき事は―――


「次のバイト、見つけねえと」


 ―――生きるためには金がいる。

 ―――服を着るにも、家賃を払うにも、何をするにも例外なく。


 しかし、人間にとって普通の事でも、魔獣にとってはひどく難しい。

 特に現代、魔法が使えて当たり前の時代には、魔法も使えない奴を必要としてくれる場所なんて無いに等しい。


 人間のフリをして、人間に紛れて生きる化物。

 そんなイレギュラーが『当たり前』に生きるのは、どうしようもなく難しい。


「はぁーあ……ダメだこりゃ」


 外の空気でも吸って気分転換しないと、この後ろ向きな考えは抜けないような気がした。

 体を引きずるようにのそのそと、フェグルスは建付けの悪いガラス戸を開け、ベランダに出る。


「お」


 見上げてみれば、空は清々しいくらいの快晴だった。昨日の予報では『曇り』だったはずだが、良い意味で予報が外れたらしい。

 ボロい手すりに寄り掛かり、目を閉じる。


 ―――思えば、こんなにゆっくりするのも久しぶりかもしれない。


 清掃員として雇われていた時は、朝早くから街のあちこちを掃除していて慌ただしく、帰った頃にはクタクタで即就寝。ゆっくりする時間なんてほぼ無かった。

 しかし仕事を失い、フェグルスは代わりに、物を考える時間を得たのだった。

 ……考えれば考えるだけ、ネガティブ思考が加速するだけかもしれないが。


「やめだ。なるようにしかならねえ」


 独り言。あるいは自己暗示。そうやって自分に言い聞かせでもしなければやっていけない。

 背伸びをして、思い切り息を吸う。

 目蓋越しに、白く輝く太陽の熱を感じる。


 ……なるほど。今日も俺は、しっかり生きているらしい。

 生きているのなら、生きる者としての義務を果たさねば。

 まずは気持ちを切り替えて、仕事探しの覚悟を決め、フェグルスは目を閉じながら、電線にとまる小鳥のさえずりを静かに聴き―――




「あぶなぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!!!!!」




 ―――さえずりが、耳の中で爆発したのかと思った。


「は?」


 唐突に鳴り響いたその絶叫に、フェグルスは思わず両目をかっ開いていた。


 そして、『ソレ』を見た。

 己の頭上に迫って来た『ソレ』を。


 疑問を感じたのは一瞬。しかし理解はできなかった。

 視界に飛び込んで来た『ソレ』があまりに意味不明すぎて、頭の方が理解を拒んでいた。


 だって、普通はあり得ない。







 空から『女の子』が降って来た、なんて。





 

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