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第三章07『黒』

 





「いつでも、どこでも」




 絶望に沈んだ『彼』の声は、




「オレサマの邪魔をするのは、風情のねェクソ虫ばかり……」




 聞く者も一緒に絶望へ引き摺り込むような引力で響き渡る。




「クソ虫ッてのァいくらすり潰してもウジャウジャと、蛆みてェに湧いて出てオレサマの邪魔をする。どォりで万事が上手くいかねェわけだ」


 表面的な恐怖とは質も次元も全く異なる。

 素直に戦慄する余裕も無いような、この場でさっさと生存を諦めてしまいたくなるような、そんな異質な絶望が場を支配していた。


「テメエだ……なァ? 蛆虫」


 何千キロメートル先まで焼き尽くすような、強く輝く『ジェミニ』の双眸。

 それが、勢い良くアクアリウスの方を向く。


「どんな御大層な目的がアッて邪魔しに来やがッたかと思ッてしばらく観察してりャア、なんだそりャ? やる事なす事その過程、どれをとッても風情じャねェ。何様だテメエ。風情のねェ都合で、オレサマの邪魔をする気か? ア?」


 返答によっては……というか、どんな返答でも最後には殺してやると言わんばかりだった。

 それほどの憤怒。

 むしろ、今すぐ手を下さないのがおかしいと思えるほどの。


 それに対してだ。


 常人ならそれだけで発狂しかねない圧迫感を正面からぶつけられながら、白い少女は、極めてシンプルな対応をした。




「そこを退きなさい『ジェミニ』。私は『貴方』に用はない」




 あれだけの殺気を放つ『ジェミニ』に向かって、ひどくぞんざいに、『彼』の言葉など丸ごと無視して、吐き捨てるように言葉を放ったのだ。

 気色の悪い笑顔を、そのままに。


「私はただ、あそこの彼と繋がりたいだけ。『貴方』の入り込む余地は無い」


「グチャグチャ喚くなよ蛆虫が」


「繋がりを邪魔されると不愉快になってしまうわ」


「なんで、邪魔を、したのか、訊いてんだよ、オレサマは」


「『貴方』は私を不愉快にさせるのね。良くないわぁ……それはとても良くない」


「丁寧に答えろ。答えた後に殺してやる」


「殺すだなんて、ひどい事を言うのね。恨みや怒りは確かに繋がりの一つではあるけれど、とても悲しいわ。それは負の連鎖に繋がってしまう」


「テメエがどんだけ風情がねェのかにャア興味がねェしどォーでもいい」


「切り捨てるなんて愚の極みよ。私達はより良い世界のために、より純粋な繋がりを求めなくちゃ」


「重要なのは、重要なのはだ……テメエがオレサマの邪魔をしたッて事だ、なァ」


 会話が、ただの一つも噛み合っていなかった。

 ひたすら自分の言葉を押し通そうとする『ジェミニ』と、その言葉に含まれる意図を汲み取れないアクアリウス。そして、なぜ会話ができないのかを疑問に思う事もなく、そもそも噛み合ってない事にすら気付けない二人。


 同じ言語で、同じ種族で、同じ世界に生きていながら、真面に言葉を交わす事もできないのか。

 決定的に、何かが狂っている。

 あるいは、全てが狂っているのか。


「後一瞬で、全部まとめて消し飛ばせた。テメエが邪魔さえしなけりャア……」


 空気が震えているようだった。


「どいつもこいつもわかッてない。わかッてない頭で踏ん反り返ッて、口を開けば偉そうに……。風情のねェクソ虫が、どんな理由でオレサマの邪魔をする」


「邪魔をしているのは『貴方』の方でしょう? 私の道を塞ぎ、私の繋がりを阻害しようとしている。さあ、退きなさい。私は繋がらなければいけないの」


「そんなに繋がりてェなら繋げてやる。テメエが、どんな理由と過程がアッてオレサマの邪魔をしたのか、しッかり聞いて納得した後に、テメエらまとめて塵にして、アの世で存分に繋げてやる」


「それは看過できない。私の目的はあそこの彼よ。彼は私の目的に大きく貢献してくれる重要なピース、回収する前に殺されると困ってしまうわ」


「テメエが困ろうが飛び散ろうが知らねェが、つまりそれは、オレサマの邪魔をするッて事だよな。オレサマを、また絶望させるッて事だよな。……それは風情じャねェよなァ」


「『貴方』の絶望にも風情にも私は興味がない。けれど、私は繋がりを紡いでいかなくてはいけないの」


 そう言って、アクアリウスは両手を広げる。


「繋がりは幸福を生む。そう、全ては幸せのために。愛、友情、信頼、共存。支配や服従とは比べ物にならない、誰もが繋がる『真なる共生』。……繋がるの。繋がらなければならないの。私が、繋げなければならないの。その足掛かりをようやく見つけたのよ」


 笑みが、軋む。

 言葉が、震える。


「全生命が一つに繋がり、幸福になれる道がそこにある。連綿、連続、連結、連鎖。命と想いと幸福の連鎖。繋がりによって幸福に満たされる世界。嗚呼……震えてしまうほどに、素晴らしいっ」


 己の目的は、全人類にとっても極めて崇高な使命であると信じて疑わない声で。


「だから『ジェミニ』、もう一度言うわ―――そこを退きなさい。私の繋がりを、全世界の幸福への道を、邪魔しないでちょうだい」


 そしてその想いを、当然のように相手も理解してくれるだろうと思い込んでいる様子で、意味不明な信念を力説するアクアリウス。

 その異常。その異質。その異様。その異端。

 どうしようもないほどに捻じ曲がっている、極めて異色な思考回路。

 その全てを―――


「風情じャねェ」


 ―――『ジェミニ』は、一言で切り捨てた。


「テメエの求めるものも、そこに至る過程も、何もかもが薄ッぺらい。薄くて軽くて白々しい。……絶望的に、風情がねェ」


「あら、そう」


 おそらく、この時が初めてかもしれなかった。

 狂的に『繋がり』を求め続けたはずのアクアリウスが、たったの二言で理解を放棄したのは。

 真面な意思疎通もなく、言葉の応酬も成立しない。

 そんな奴らに、最初から、和解の道などあるはずもなかった。


「……『貴方』と殺し合う事は、私の目的には含まれていないのだけれど」


「殺し合う? 誰と誰が。そうやッてまたオレサマの手を煩わせる気か。クソ虫が、いつもオレサマの邪魔をしやがる」


「そこを退きなさい。『貴方』と繋がるつもりは毛頭ない」


「クソがオレサマに意見をするなよ。気色悪ぃ」


 もう互いに互いを見てすらいなかった。


 完全に興味を失ったのか、『ジェミニ』はアクアリウスから視線を外し、舌打ちしながらどこか虚空を眺め。

 アクアリウスは一瞬たりとも、遠くに倒れるフェグルスから目を離さない。


 それ以上言葉を交わす素振りもなく、二人は沈黙する。

 先に動きを見せたのは、白い少女の方だった。

 彼女は凶悪な笑みをさらに歪ませて、





「やっぱり『貴方』は楽しくないわね」


「テメエ少しうるせェな」





 言葉はやはり、何一つ噛み合っていなかった。

 その直後。




 ゴッッッ!!!!!! と。

 二人の間にある空間全てを、数万数億という異様な爆発が覆い尽くした。




 原理不明の攻撃を何百何千と炸裂させる『ジェミニ』と、それを打ち消すように何千何万と空間を凍て付かせるアクアリウス。彼らはその幾千億にも達する殺意の応酬を、人間の認識範囲を超えた速度で叩きつけ合う。

 総体として、たった一度の攻撃に見えてしまう程の連撃。

 数の概念を無視した爆発の壁が二人の最強の隙間を完全に埋めていく。



 それが、そのまま。

 ドォ!!!!!! という勢いと共に、破壊の余波が全方位へと広がった。



 最強二柱の攻防は、もはや二人の間だけでは消化し切れなかった。

 まさにコップから水が溢れるように、『ジェミニ』とアクアリウスの激突が生み出した異様な爆発は、津波のように怒涛の勢いで四方八方へと拡散する。

『ジェミニ』の周囲へ。

 アクアリウスの周囲へ。

 魔導都市の大通りへ。


 ティーネと、フェグルスの許へ。


「――――っ!?」


 迫り来る破壊の壁に、反射的に目を閉じる余裕も無かった。

 何かが来た。そう思った時には一切合切全てが遅かった。


 逃げ場のない、防ぎようのない爆発の嵐が、そのままティーネ達を飲み干した。


 おそらく『ジェミニ』とアクアリウスには、己が何を巻き込んだのかの自覚も無いだろう。すでに彼らの意識の中には、それぞれが敵視する『邪魔な存在』を叩き潰して殺害する事しか残っていない。周囲にもたらす被害など、自分以外の世界など、心底どうでもいいと言わんばかりに。


 個として振るわれる極限の力の形。

 それが分かりやすい爆撃と化して全方角へと解き放たれ、あっという間に大通りを丸ごと粉微塵に変えていく。

 そうでなければおかしかった。

 にも拘わらず。





 唐突だった。

『ジェミニ』でもアクアリウスでもない、()()()()()が放たれた。






 どこからともなく放たれた第三の破壊は、押し寄せる『ジェミニ』とアクアリウスの余波の壁を、真正面から二つに引き裂いたのだ。

 二人の間を埋め尽くしていた爆撃の壁も。

 そこから溢れ出した爆破の津波も。

 何もかもを、強烈な爆風と衝撃波で一つ残らず掻き消していく。




 第三の破壊は、どこから、誰によって放たれたのか。




 その謎めいた現象に、世界最強の二人は目の前の敵を叩き潰す事も忘れ、呆然と目を見開いていた。


 二人の足元に、そのまま地上を真っ二つに割るような亀裂が走る。

 視界が豪快に傾いて、地盤ごと街が縦にズレる。

 吹き抜ける爆風が猛烈な空気摩擦を生み出して世界がオレンジ色に赤熱する。

 しかし、彼らはそんな細事に驚いたのではない。


「アァ?」


「あら」


 響きは違えど、同じ意味を持つ声だった。

 絶大な風圧を叩き付けられ、本来なら人体の原型など保っていられるはずもない環境に()()()()()二人は。


 ほぼ同時に、同じ方角へ視線を向ける。

 そこに、立っていたのは―――――




















      ***




















 そして、それと同じように。

 ティーネもまた、信じられない光景を目にしていた。


 最初に抱いたのは純粋な疑問だ。あっさり吹き飛ばされるはずの自分の体に傷一つ付いていない。それどころか、襲って来るはずの攻撃が一切届いていなかった。


 ティーネ自身が防いだわけでもない。そんな力などどこにもない。


 だから、少女を守ったのは。

 荒れ狂う破壊の奔流の前に立ちはだかったのは。



「……フェグルス?」



 ティーネの目の前に、立っていたのは。

 一匹の――――




「……え?」




 そこにいたのは、一匹の。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()







 

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