オープニング3『魔導都市』
「クビだ!」
「お前みたいな役立たずを助けようと思った俺が間違いだった!」
「もう二度とお前に仕事なんて頼まねえ!」
「お前のせいで俺にまで『執行部隊』から注意が来たんだぞ!」
「何が監督責任だ! これで俺の給料が下がったら全部お前のせいだからな!」
「給料!? 出すわけねえだろ!」
「なんだその顔! 文句でもあるのか!? 誰が雇ってやったと思ってるんだ!」
「魔法も使えないクズなんか信用した俺が馬鹿じゃないか!」
「誰の役にも立てねえならさっさと死んでろよ。その方が世のため人のためだ」
「土下座の一つでもしたらどうだ!? そんな簡単な事もできないのか!?」
「勝手に路頭に迷って泥水でもすすってろ!」
「こっちはクズのお守りまでしてる暇はねえんだよ!」
「一生ゴミ拾いでもしてろ!」
「二度と俺に顔を見せるな!」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
「―――――――――――――――――」
「*********!」
「××××××××××! ××××××××××××××××××××××!」
「##############!!」
「※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※―――――」
***
というわけで。
街の清掃に失敗……どころか、逆に街をメチャクチャにしてしまったフェグルスは、ようやく手にした職を失い、元の無職に戻ったのだった。
「はあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」
夕暮れの街を歩きつつ、フェグルスは長いため息をつく。
―――やっと稼げそうな仕事を見つけたのに……。
―――よりにもよって給料日の前日にクビになるのか……。
―――どうしてこんな事になったんだ……。
―――どうして……。
いくら嘆いても全てが遅い。
そもそも誰のせいでこうなったのかと言えば、さっさと『力』を使わずグダグダ逃げ回って被害を大きくした自分のせいなのだから、自業自得以外の何物でもなかった。
「無職、無一文……お似合いだ、そっちの方が、俺には……」
呟いて、俯いて、行き交う人の邪魔にならないよう道の端をトボトボ歩く。
道のど真ん中を歩く権利なんて、自分如きにあるわけがない。
世界一の魔法産業規模を誇る街、通称『魔導都市』と呼ばれる国際都市。
その大通りにて。
昼も夜も関係なく、常に人でごった返すこの大通りは、もちろん街一番の……いいや、今では世界で一番の繁華街とまで言われるようになった。
当然ながら―――
「おわ!?」
「うお!?」
―――視界に入る全員が、魔法使い。
「危ねえだろ! どこ見てんだ!」
「よそ見はそっちだろ!」
誰か二人が言い争う声に、なんだ喧嘩か? と道行く人々は声のする方に視線を向ける。
すると案の定、道すがらぶつかりそうになった二人の男が、睨みを利かせて文句を言い合っているらしかった。
一〇メートル上空で。
ホウキに腰を下ろした『重力魔法使い』と、大きな絨毯の上に乗った『風魔法使い』が、どちらかのよそ見で正面衝突しそうになったらしい。
「おいランプ割れてんだけど!? 何してくれてんだよお前!」
「絨毯で傷付くわけねえだろ! てめえが勝手にどっかぶつけたんだろ! ニョロニョロ下手くそな魔法使いやがって!」
「んだとこの……っ!」
地上の一〇メートル真上。車道をなぞるように整備された『空中車道』のど真ん中で、二人の魔法使いが喧嘩を起こしていた。おかげで彼らの後ろには、同じく空中車道を利用していた重力魔法使いや風魔法使い、『浮力魔法使い』達の渋滞が発生している。
だが、こんなのはいつもの光景だと言わんばかりに、通行人達はそれ以上気にする事をやめ、さっさと自分の用事に戻ってしまう。
一方その頃、大通りに並ぶ有名スイーツドリンク店の店先で。
「すいませーん! いちごアーモンドミルクフラペチーノひとつくださーい! 普通の! グランデで!」
「アタシはそれのバナナ。超ホット。一〇〇℃でお願いします」
「私もバナナ! トールで! あと超クール! 凍らせて!」
学校帰りの女子高生三人が、歩道に面した注文口に向かってそれぞれ自前の通信端末をかざしていた。
店の奥から「かしこまりましたー!」の声と共に、フワフワ浮遊して来た『ホログラム機器』が、女子三人の端末に表示された電子通貨コードを読み取って勝手に会計。五秒もしないうちに「お待たせしましたー!」と女性店員がやって来る。『大地魔法』で植物のツタを触手のように操作し、普通のドリンク、一〇〇℃のドリンク、マイナス温度のドリンクを手に触れずに持って来て、女子高生三人にそれぞれ渡す。
受け取った『念動魔法使い』の少女が、自分の端末を浮遊させて三人と一緒に自撮り。『氷魔法使い』の少女は一〇〇℃のドリンクを冷やしながら、『熱魔法使い』の少女は凍り付いたドリンクを良い具合に溶かしながら、「あま!」「あつ」「つめて!」と三者三様に飲み歩く。
すると今度は道の真ん中。
「あ!」
女子高生とは別の所から、驚いたような声が響く。
どうやら買い物帰りの主婦二人が、世間話をしながら歩いていたようで、
「どうしたの?」
「今ウチの子が公園で転んで怪我して……あちゃー、膝から血が……」
「あら、ちょっと急ぎましょうか。わたし救急箱持ってるし」
『物体の大きさを自由に変えられる』主婦友達が、掌サイズの救急箱を出してみせる。そして、遠く離れた我が子の様子を見た『千里眼使い』の主婦が「ごめんねー」と言いながら、二人は急ぎ足で人波をかき分けて行く。
場所は変わり、街の広場。
大型車の荷台にネックレスや指輪を並べた、移動販売式のアクセサリーショップにて。
「ここ現金使えます?」
「できますよー。どれにしますー?」
「このネックレスで。あと青色でお願いします」
「はーい」
おそらくは『電気系統』の魔法使いゆえに普通の電子端末を持てない男が、財布を取り出して現金払い。一方アクセサリー屋の女性は、『錬金魔法』で黄色のネックレスを青に変色させる。
これがこの街の、そしてこの世界の当たり前の光景。
車を運転する『炎魔法使い』が車内でタバコを吸っているかと思えば、『怪力魔法使い』の引く人力車がそれを追い抜き。
先程の重力魔法使いと風魔法使いのいざこざを、どちらかの友達なのだろう『氷魔法使い』が、凍らせた空気の足場を作って二人をなだめ。
聞こえ過ぎないようヘッドフォンを当てた『音魔法使い』と、見え過ぎないように目隠しを巻いている『透視魔法使い』が道端で仲良く談笑し。
あれは多分、『幻視魔法使い』だろう。相手に都合のいいルックスに幻視させているのか、男がたくさんの女子達を侍らせて街を歩いていた。
そんな景色の中で、たった一人。
「……はぁ……」
ろくに魔法を使えず、見事に無職で無一文で、安っぽい服を着て、見るだけで気が滅入るような不幸顔をぶら下げているのが、今のフェグルスだった。
『――――にかけて曇りが続きますが、次第に晴れてくるでしょう。明後日以降はしばらく、晴れ間が続く模様です』
魔導都市の上空を浮遊している『ホログラムテレビ』は、明日以降の天気予報を伝えているらしかった。
各所のスピーカーから、お天気キャスターの女性の声が降って来る。
『それに伴い、明後日は非常に乾燥した空気となり、「空中歩道」を利用する氷魔法使いの不意な落下事故が予想されます。細心の注意を払った上で、魔法を使用するようお願いします』
『……ありがとうございます。続いては、今週の魔獣の発生数です。ここしばらく、世界各地で比較的穏やかだった魔獣の発生頻度は、魔導都市を中心に、先週から右肩上がり。このような上昇傾向は異例との事で』
「…………」
『―――の可能性があるとして、「執行部隊」魔獣対策本部・アルベルト本部長は、「我々の責務の徹底はもちろんの事、世界中の皆様にも、より一層の用心をお願いしたい」と語っており……』
「……はぁ……」
場違いだ。
半分くらい本音。やっぱりここは自分がいるべき場所ではないと思った。
魔法が使えて当然の世界。魔法が全ての価値基準になった時代。
その表側が、こうして街を歩く善良な一般市民達。
そして日の当たらない裏側が、自分だ。
「ダメだ……」
正体を隠し、人間のフリをしてこの街に住み始めてから、かれこれ一〇年。
無能としての生活は慣れているはずなのに……今日は少し、この光景にも疲れてしまった。
少年の足はそのまま真っすぐ、街の外れまで進んで行く。
***
世間から見捨てられたみたいに、しんと静まり返る街の外れ。
そこにポツンと建つ、木造借家の二階の一室にフェグルスはいた。
「はあ……つかれたあああぁぁぁ……」
ボロボロのソファーに、背中から倒れ込む。
数日前にゴミ捨て場から無断で拾ってきた代物だったが、思いの外に感触はフカフカ。今ではお気に入りのベッドだった。
―――この借家とは、かれこれ一〇年の付き合いになる。
魔法が使えないゆえに、学校にも通えず、金も稼げず、どうしようか悩んでいた時、たまたま街の外れに迷い込み、運良く見つけたのがこの借家だった。
今の時代には珍しいくらいボロボロなのに加え、大家のおばさんの慈悲もあり、家賃は安め。支払いの滞納も三ヶ月まで待ってもらえる。……まあ色々小言は言われるが。
ただそれでも、今の社会に行き場のないフェグルスには、絶好の住居だった。
「……どぉーすっかなぁ、これから……」
呟きながら目を閉じる。
バイトもバイトで疲れたが、それ以上に今日は異常事態が多過ぎた。魔獣に追われ世界最強に追われ、挙句に唯一の収入源であるバイトをクビにされ……本当に何なんだ、今日は。
仕事を失い、金も無く、明日からどうやって生きようかの目途も立たない。
でも、明日の事まで考える気力など残っていない。
心も体も、もうクタクタだ。
「……どうすっかな……」
ボソリと呟いたまま、意識がどんどん落ちていく。
ふと、緊張の糸がプツンと途切れた。
眠る。