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第二章15『劣等と最強』

  





「はぁ……はあっ」


 無傷なわけがなかった。


 パキパキピキピキ、と。まるで堅い殻に亀裂が走っていくような音がずっと鳴り響いている。

 音源の中心は、フェグルスの右手。最強の魔法を殴り飛ばして来た彼の右手の皮膚は、今や完全に剥がれ落ちてしまっていた。


 その内側から現れたのは、やはり人間のような肉でも骨でもない。

 得体の知れない『黒い何か』。


 ゾルゾルと、グルグルと、その『黒い何か』は右手の形を保ちながら凄い勢いで流動している。もしも知識のある者が見たら、それはまるで人間の体内を巡る血流のように思えたかもしれない。そんな『何か』が外殻を失ってなお、律儀に五指の輪郭を象りながら蠢いていた。


 人間の皮膚の内側に潜む、フェグルスという魔獣の『中身』。

 それを見て、彼は強く唇を噛む。


「まだ……!」


 震える腕を、震える足を、気力だけで持ち上げる。

 こんな所で、立ち止まっていられない。

 まだ頭の中が揺れている気もするが、それを無視して強引に立ち上がる。フラフラと覚束ない二本の足で地面を踏みしめ、顔を上げる。


「…………」


 壊れ果てた街が見える。

 最後の土壇場でフェグルスの放った咆哮は、見事にジェミニを打ち据えていた。しかしその絶大な衝撃にはこの街も耐える事ができなかったようだ。広範囲に渡る大地が不吉に波打っている。


 自らの引き起こした破壊を、目の前に突き付けられる恐怖に。

 再び震えそうになる右手を、


「くそ!!」


 左手で殴りつけ、無理やり鎮める。

 震えている場合ではない。罪悪感を相手にしている暇もない。

 アイツは絶対に、こんな生半可な状態で打ち勝てるような奴じゃ―――





「風情じャない」





 声が飛んだ。

 ()()()()()()()()()()()


「―――――っっっ!?」


 思考に空白が生じた瞬間、視界を覆うようにジェミニの顔面が迫っていた。

 それが分かった頃には全てが遅かった。

 直後にジェミニの取った行動は非常にシンプル。フェグルスの頭部を片手で掴み、それを思い切り振り下ろす。それだけだった。



 しかし。

 その一連の流れを、音速の二倍で行うとどうなるか。



 単純な動作に、魔法の力が加わる。

 それだけで爆発的な大音響が炸裂した。

 フェグルスの顔が地面に叩き付けられた直後、あまりの震動に辺り一面に転がる瓦礫や破片がわずかに浮いた。


「ぐっ!!」


 とんでもない威力に意識が揺れかけるが、硬直している暇はなかった。

 フェグルスは思考ではなく本能で体を動かした。

 自分の頭を掴むジェミニの手を強引に払い、飛び跳ねるようにして少年の顎へと拳を叩き込む。

 ゴンッ!! という鈍い感触が手首にまで伝わって来たが、


「…………」


 表情一つ変えないまま、ジロリとコチラを見返すどす黒い瞳があった。

 今度の今度こそ、フェグルスの背筋に冷たいものが走る。


(コイツ……!!)


 ダメージが通った様子もなければ、攻撃を受けて吹き飛ぶような事もない。


(攻撃が、効いてな―――)


 心の声さえ最後まで続かなかった。

 次の瞬間には、フェグルスの体は数百メートルも真上に吹き飛ばされていた。


「っっっ!?」


 認識が追い付かない。気付けば視界が回っていた。そうしている内に地面との距離がどんどん開いていき、フェグルスの体は上空三〇〇メートル地点で突然ガグンッ!! と上昇が止まる。

 ジェミニが、フェグルスの右足首を凄まじい力で握り締めていた。


「なん―――」


 言葉が終わる前に視界がブレる。

 ハンマー投げのような動きで、ジェミニがフェグルスの体を地上に向かってぶん投げたのだ。


 轟音が炸裂する。

 天と地の衝突だった。


 恐ろしい速度で地面に打ち付けられ、その衝撃にフェグルスの全身が軋む。彼の体は水切りの石のように地面を跳ねながら恐ろしい勢いで転がって行った。

 何十メートルも突き進んだところで、地面に突き刺さる大きめの瓦礫に背中からぶち当たった。


「がっ!?」


 全身から力が抜ける。思わず膝を折る。

 一瞬のうちに『狩られる側』に追い遣られ、フェグルスの思考はジェミニの猛攻に追い付けていなかった。


「この、野郎……っ!」


 慌てて顔を上げる。

 距離は一〇〇メートル程度。舞い上がる粉塵の中に、小柄な魔法使いの影がくっきりと浮き出ていた。


 が、次の瞬間。

 影が消失する。


「――――っ!?」


 真正面から来た。

 目に追えない速度で一直線に。

 本能が回避を選んでいた。フェグルスは無意識に体を横合いに倒し、ジェミニが突っ込んで来る軌道上から間一髪で逃れる。



 ッッッド!!!!!! という轟音が遅れて炸裂した。



 判断通り正面から突っ込んで来たジェミニが、フェグルスの肩を食いそびれて背後の瓦礫をぶち抜いた。それだけでは運動量を殺し切れず地面へ斜めから突き刺さる。隕石の着弾のように土の塊を舞い上げた。


「くそっ、なんだあいつ……!」


 さっきまでと全然違う。今のジェミニは狂ったように叫び散らす事もなければ、我武者羅に魔法を発動させるような乱雑さも無い。

 一つ一つの攻撃が、的確にフェグルスを追い詰めていく。


「……あぁ、やってやるよ!!」


 決心と共に立ち上がったフェグルスは、ジェミニの飛んで行った方角へと視線を向ける。しかし間違えていた。一瞬でもあの少年から目を離してはいけなかったのだ。


 気付いた時には、あるべき場所に誰もいなかった。

 思考が空白に染まった直後、だんっ!! と足を踏み込む音が響き渡った。

 ()()()()


「やろ……っ!?」


 相手の姿を見ないまま、振り向きざまに拳を飛ばす。

 そんなフェグルスに対して、ジェミニも拳で応じていた。


 拳と拳が、衝突する。


 肉体同士がぶつかり合った音とは思えない壮絶な大音響は、巨大な鐘を打ち鳴らした重低音のように地を這って街を駆け巡る。


「……っ!!」


 ゼロ距離から目視し、ようやくフェグルスはジェミニの攻撃の正体を知る。

 拳と拳は激突していなかった。二人の拳の間には、数ミリ程度の隙間があった。

 まるで、そこに『見えない層』でも存在しているかのように。


(こいつ……まさか)


『斥力の鎧』。

 弾く力をぶつけるのではなく、自分の体に纏う事で絶大な防御力を得る手法。

 しかし、その完成度が先程とは比べ物にならない。

 フェグルスの拳を喰らってなお、無傷は当然として、今度は吹き飛ぶような事もない。それほどの強度にまで鍛え上げられた代物で全身を覆っているのだ。



「足りないかなァ」



 終始口を閉ざしたままだったジェミニが、ようやく言葉を発した。

 小さな声音だったはずなのに、フェグルスはこれまでの聞いたジェミニの声の中で最も背筋が震えた。


「これだけやッて、まだ足りないのかよ……」


 ジェミニのもう片方の腕が、緩やかに動く。

 今度は拳ではない。

 大きく開いた掌を、フェグルスの顔面に突き付けた。


「っ!?」


 直感だった。

 嫌な気配を察知したフェグルスが横っ飛びに地面を蹴る。




 音すら消えた。

 直前までフェグルスのいた地点が、半月状に消し飛ばされた。




 破壊ではなく、消失。

 その一撃を見た瞬間、フェグルスの喉は干上がった。今まで奴の魔法を何度も受け止めて来たフェグルスでさえ、その一撃を真面に喰らえばどうなるのかは本人にも予想できなかった。


「自分の都合を押し付けるだけ押し付けて、他人の気持ちも押し退けたまま踏み潰して、それで満足か? なァオマエ、何様のつもりでボクの前に立ッてるんだよ」


 ゆらり、とジェミニの体が揺れる。

 直後、彼の姿がまたしても消えた。

 物理法則も追い付けない速度で、世界最強の魔法使いがフェグルスへと突っ込んで行く。




 そして、超高速で二体の化物が真正面から激突した。

 衝撃波じみた轟音の炸裂と共に、景色そのものが木端微塵に砕け散る。




 二つの影は、音はおろか光すら追い越しかねない速度で大地を駆け抜けた。一〇も一〇〇もぶつかり合い、余波の爆音を何千何万と鳴り響かせる。

 傍からすれば、一発の音響が街の中を木霊しているように感じただろう。

 だが実際に起きているその現象。

 一撃一撃の拮抗は容赦なく街を引き裂き、薙ぎ払い、景色をまとめて吹き飛ばす。あまりの速度に、粉塵ですら激突から一歩遅れて舞い上がる。それはもはや生きた衝撃波の暴走だった。


 ぶつかり合うのは、一匹の魔獣と一人の魔法使い。

 たったそれだけの衝突が、大都市一つは更地にできる暴力の嵐を巻き起こす。


「どうして」


 無限にも思える応酬が展開する中で。

 ジェミニが再び、口を開く。


「どうしてボクがこんな目に遭うんだよ。ボクをなんだと思ッてるんだ。ボクはゾディアックだ。誰よりも優れてる。ただ欲する風情を探し求めるためだけに。この力を手に入れて。ようやく手にできそうなんだ。すぐそこまで。最高の風情が。後ちョッとで。後一歩。一歩を踏み出せば手が届く。そこまで。ここまで。ようやく、ここまでッ、来れたのに! 全部! 全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部!!」


 ボッ!!!!!! という得体の知れない爆発が巻き起こった。

 爆心地はジェミニ。

 彼は斥力を操る魔法でもって、空気そのものを全力で押し出したのだ。


「全部!!!!!! オマエが奪ッたんだろォがア!!!!!!」


 空気と空気が、擦れ合う。

 本来なら意識もしないほど小さな『空気の摩擦』を、一瞬で幾千倍にも膨れ上がらせる。

 エネルギーが一気に『熱』へと転じた。恐ろしい威力の摩擦熱に、地面がオレンジ色に赤熱していく。


「幸福だッたんだ! 満たされていたはずだ! それが、どうして、こんなッ……ボクが求めていた最高の風情が! どうしてえ!!」


「ふざけるな!!」


 声が突き刺さる。

 熱波も爆風も何もかもを引き裂いて、その向こうからフェグルスが拳を握って突っ込んで来る。


「何が幸福だ、何が風情だ! 許されない事をしたのは、貶めてきたのは! 人の命を馬鹿にしたのも! 嘲笑ったのも! 全部お前の事だろ!!」


「図に乗るなよクズ肉がア!!」


 フェグルスの声など丸ごと無視し、ジェミニは無我夢中で魔法を解き放った。

 衝撃が空間一帯に走り抜ける。

 斥力をぶち破ったフェグルスの拳が、直接ジェミニに叩き込まれた。高圧縮した『斥力の鎧』を纏ってなお、その一撃は防げなかった。


「ごェ――――ッ!?」


 全身がバラバラになりそうだった。

 内臓が変な音を立てる。頭も豪快に揺さぶられて脳震盪を起こす。ジェミニは大量の血と吐瀉物を吐き出した。


「ぎッ!! え、ェ、ェェェええええええええええええええええええええええアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 それでも諦めない。

 狂気に染まった心は、決して揺らがない。


「馬鹿にするなア!! ボクが慈悲をかけてなければとッくに粉々になッてただけの小物がッ! オマエと! ボクとじャ! 何もかもが違うんだよ!! 同じ世界に立ッてると思うなよ!? ボクの『物語』にいるのはボクだけだ!! 不完全な欠陥品が! さッさと死ねよ!! ボクの風情の邪魔をするなんてェ!! こんなの! 許されるわけがないだろォ!!」


「お前なんかに許してもらう気もねえ」


 たった一言。

 フェグルスのその声に、ジェミニの喉が引き攣った。


「お前も俺も同じだ。クズも、欠陥品も、不完全なのも全部。自分の都合を押し付けて、他人の気持ちを踏み躙ってんのは、俺もお前も一緒だ」


 もはや『力』の強弱など関係なかった。

 ただの言葉が、ジェミニのちっぽけ過ぎるプライドをへし折りにかかる。


「満たされてないのはどっちだ。そうやっていちいち言葉にしなきゃ真面に自分を正当化できないくせに!」


 次々と、ジェミニの核心を突いていく。

 こうして敵対しているだけで核心へ迫れるほど、ジェミニという魔法使いは、救いようがなく底が浅い。


 それに何より。

 フェグルス自身が『そう』であるからこそ、痛いほどによくわかる。


「風情なんてどこにもねえ! お前の周りにあるのは何の関係もない人たちの死体だけだ! 誰かの事を見下して、殺した命まで嘲笑って! 他人を馬鹿にする事しかできねえなら―――」


 大きく一歩を踏み込んだ。

 迫り来る魔法を一つ残らず弾き飛ばしながら、フェグルスは叫ぶ。




「お前はそうやって一人だけで!! 一生劣等感に苦しんでろ!!」




 直後、ドッ!! という爆音が響き渡った。

 破壊を撒き散らす音響ではない。

 ジェミニが魔法の力を爆発させて、後方へ大きく距離を取った音だ。


「……ッッッ!! 馬鹿にッ! するなよォ!! クズ肉がア!!!!!!」


 叫ぶ。

 直後、ズンッ!!!!!! という大陸そのものを揺り動かす震動が街を覆う。

 ジェミニを中心に、圧縮された引力と斥力が集結していく現象だった。


「もういい分かッた、いいさ、認めるよ。オマエらみたいな羽虫に慈悲を掛けたのが間違いだッた! このボクを馬鹿にした事! 後悔させてやるからなア!!」


 景色が歪む。

 漂うような空間の歪みは小さく小さく凝縮され、一つの形状に整えられていく。


 それは『槍』のような形をしていた。


 突き放し、砕き割り、叩き潰す斥力。

 引き寄せ、巻き込み、押し潰す引力。

 その全てを濃縮した力の奔流。

 その塊が、真正面からフェグルスを捉える。




 操術魔法:『森羅聖誕』//地縛――――――《神力創世(つくよみ)




 一度ティーネに対して放たれ、そしてフェグルスによって打ち砕かれたあの魔法が、再び一切の容赦もなく放たれる。

 あの時よりも強烈に、あの時よりも鋭利に、あの時よりも無慈悲に。

 フェグルスが吹き飛ばした時のものとは比べ物にならないほどの大きさの魔法を、ジェミニは容赦なく発動させる。


「さア! ゲームオーバーだクズ肉共ォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 そんな叫びと共に、ジェミニは『槍』を投げ放った。

 直後だった。


 空気が吹き飛ぶ。

 空間が圧搾される。


 凄まじい速度で射出された『槍』は、空気を引き千切りながら一直線にフェグルスへと突っ込んで行った。

 破壊の標的はフェグルスだけじゃない。その『槍』はジェミニの手を離れた瞬間から爆発的に体積を膨らませ、いっそ『竜巻』とも呼べる巨大な力の渦となって四方八方全方位の大地を食い破りながら突き進む。


 絶大な斥力と引力が、三六〇度に炸裂する。

 その『槍』の直線上にある全てが砕け散る。




 そんな破壊の嵐を前にして、なおもフェグルスは右手に拳を作る。




 逃げられない。立ち向かうしかない。

 自分がやるしかない。


 恐怖はまだある。『力』を振るうのはまだ怖い。それを人に向けて振るうのはもっと怖い。嫌な記憶が何度もフラッシュバックして、自分が犯してしまった罪の意識に、心も体も潰れてしまいそうになる。

 逃げ出したい。目を逸らしたい。

 だけど、


「お前は……」


 その恐怖を、躊躇いを、しっかり自覚してなおフェグルスは強く拳を握り締めた。

 恐怖も躊躇いも塗り潰すほど強烈な『怒り』が、今になって腹の底から噴火のような勢いでせり上がって来た。



 許せなかった。

 目の前の魔法使いだけは、絶対に許してはいけないと思った。



 この街で、この大通りで、アイツは一体どれだけの人を殺した? どれだけの命を踏み躙った? どれだけの人生を奪った? どれだけの未来を握り潰した?

 許されるわけがない。許されていいわけがない。

 その罪は、誰からも許されてはいけないものだ。


 それはジェミニに対する想いというよりも、自分に対する想いだったのかもしれない。


 殺したのなら、踏み躙ったのなら、奪ったのなら、握り潰したのなら、その分、いやそれ以上に、殺した者は、踏み躙った者は、奪った者は、握り潰した者は、一生をかけて苦しみ続けなければいけないのだ。


 償いなんて無い。やり直す事なんてできない。犯した罪は罪のまま、死ぬまでずっと背負い続けなければならない。一人で背負い、一人で抱え、一人で苦しみ、一人で糾弾され続けなければならないのだ。


 そして、許される時なんて、永遠に来ない。

 死ぬまでずっと。……あるいは、死んだ後もずっと。

 誰かの命を奪うとは、それくらい重い事なのだと―――人の命はそれだけ重いものなのだと、フェグルスは心から信じていた。

 




 なのに、アイツは。





 殺し、踏み躙り、奪い、握り潰したくせに、自分は何も悪い事をしていないみたいに振る舞って、自分のした事に一切目を向けようともせず、挙句の果てに、その人たちをゴミだのクズだのと罵り、嘲り、見下し、貶め、馬鹿にした。


 ふざけるな。

 ここには誰一人として、馬鹿にされていい人間なんていなかった。



 ――――八百屋のオヤジは存在を認めてくれた。

 魔法も使えない役立たずにも仕事をくれた。厳しくしてくれた。報酬をくれた。フェグルスという存在を、真っ正面から認めて、受け入れてくれた。



 ――――あの男子生徒は、謝りに来てくれた。

 水をかけた事を謝りに来てくれた。たとえ誰かにそうしろと命令された事とはいえ、それでも彼は自分のした事をしっかり認めて、コチラに目を向けてくれた。



 ――――それだけじゃない。

 ここにいる人たちは皆、立派に生きている人たちだった。

 明日から始まるお祭りを楽しみに待つ人。お祭りを成功させるために汗水たらして準備をしていた人。お祭りも何も関係なく、今日という日を普通に楽しんでいた人だっていたはずだ。



 なのに。

 なのに……!





『うむ。また明日』





 ――――『彼女』は、俺を助けてくれた。


 見下された奴のために怒り、濡れていたらハンカチを貸して、困っていたら手を差し伸べ、助けてくれるような少女だった。

 誰からも相手にされないような奴にまで、優しく目を掛けてくれるような美しい人間だった。


 そんな人間まで。

 ようやく……ようやく友達になれるかもしれないと思えた人間まで。

 コイツは。


「お前は……!!」


 立派に生きる人を。

 真剣に生きる人たちを。

 誰かを支え、誰かに支えられ、誰かを敬い、誰かから尊敬される人たちを。

 そんな人たちを。

 その命を。



「お前っ!! だけはあ!!!!!!」



 許してはいけなかった。

 怒りは限界を超えた。

 吼えて、目を剥いて、荒れ狂う激情のままに大きく足を踏み出して。

 フェグルスは。




 全力で拳を放った。








 

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