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第二章14『盛者必衰の理』

 






 知能も戦略も、間合いも場所も関係ない。

 己の力をただ振り回し、それを相手に叩きつけ合うだけの子供同士の拙い喧嘩。


 ただしその拙い喧嘩を、都市壊滅レベルにまで引き上げるとどうなるか。




「風情じャアないんだよ! この腐れクズ肉がァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」




 ゴォ!!!!!! と烈風が渦を巻いた。しかしその本質は風じゃない。その爆風を生み出した『斥力の渦』は、超至近距離からフェグルスへと突っ込んで行く。

 一方で。

 対峙するフェグルスは、迫り来る『斥力の渦』へ拳を叩き付けただけだった。



 直後、世界を丸ごと揺さ振るような轟音が炸裂する。



 物理法則そのものの奔流と、人間大の拳。一見不釣り合いに思えるその激突が、恐ろしいほどの衝撃波を発生させた。

 フェグルスとジェミニの足元がクレーター状に弾け飛び、割れた大地から粉塵が吹き上がる。

 そして、その激突に勝ったのはフェグルスの方だった。


「ごッッッ!?」


 重い爆音が鳴り響いた。

 フェグルスの拳が斥力をぶち破って、そのままジェミニの腹のど真ん中に深々と突き刺さったのだ。


 ジェミニの身体が信じられない角度に折れ曲がる。

 そう思った次の瞬間には、ジェミニの視界は高速で回っていた。


 吹き飛ばされたジェミニの体は、まるで水切りのように何度も地面をバウンドしながら数百メートルも転がっていく。四肢が引き千切れそうな勢いで回転し、骨が砕ける威力で地面に打ち付けられ、一〇メートル以上も体を擦り削られながら動きを止める。


「ォげッ……ぼ……」


 視界が揺れる。聴覚が乱れる。鼻と口は血の匂いと味しか感じず、触覚に至っては激痛以外の何も認識できない。

 五感を狂わせながらも、ジェミニは自分の身に何が起きたのかを理解した。

 理解した瞬間、彼の感情は一瞬で沸騰した。


「ぐ……ゥ、ゥゥゥゥゥゥゥうううううううううううううううううううううううううアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 血反吐をぶちまけ、ジェミニは全身を振り回すようにして起き上がり、


「調子に乗るなアアアアアアアアア!! よくもッ、オマエはァ! ボクにッ、こんな……こんな事をしてェ! 何が楽しいんだよォ!? ボクを誰だと思ッ」


 叫びは最後まで続かず、かくんっ、とジェミニの膝から力が抜ける。

 その瞬間をフェグルスは見逃さなかった。

 ズドンッ!! と、一瞬で距離を詰めたフェグルスの、それまでにない威力の拳がジェミニの顔面に突き刺さった。


「ォ?」


 腰の回転を利かせ、重心を載せた『本物』の一撃。

 その拳はジェミニの顔を的確に捉え、メキメキメキメキィ!! と骨の奥までめり込んで行く。

 ジェミニの痩せ細った体が、凄まじい速度で背中から地面に叩き付けられた。あまりに強烈過ぎたその勢いに、彼の体は三メートルほど真上にバウンドする。


「ェ」


 喉の奥から、潰れた鼻から、鮮血が滝のように溢れ出す。

 重く響く激痛が、ジェミニの思考を数秒だけ空白に染める。

 だがそれだけでは終わらない。

 フェグルスはさらなる追撃のために、大きく足を踏み出していた。


「ッッッ!?」


 突如、爆発的な『闘気』がジェミニの全身を貫いた。

 今まで戦闘の勘など働かせた事もなかった少年の、生物としての本能が大音量で警報を鳴らした。


「ぐ―――――ッッッ!!」


 咄嗟に魔法を発動する。

 その直後に来た。




 全神経と全体重を掛けて。

 フェグルスの拳が、飛び跳ねたジェミニの横っ面に亜音速で突き刺さる。




 直撃はしなかった。

 ジェミニの方が一瞬早く反応し、『斥力の鎧』を構築していたのだ。


 何もかもを『突き放す力』は彼の全身を丸ごと覆い、外界からの衝撃を完全に遮断した。

 どんな威力の攻撃が飛んで来ようが関係ない。それは、触れたものを一切合切例外なく弾き、突き放し、爆ぜ飛ばす迎撃鎧として機能する。


 即興とはいえ、この完成度。

 まさに頂点の座に相応しい世界最強の盾。





 そんなものお構いなしだった。

 ジェミニを覆う『斥力の鎧』ごと、フェグルスは強引に殴り飛ばす。





 魔法など何の役にも立たなかった。

 もはや『斥力の鎧』を貫通して、凄まじい衝撃がジェミニを貫く。直後に痩せ細った少年の体が、ボッ!!!!!! という衝撃波を撒き散らしながら彗星のような勢いで吹き飛んだ。


 一筋の光と化したジェミニは、五〇〇メートル以上も後方の地面へ斜めに突っ込んでいく。隕石の着弾のように地面をまとめて爆散させる。街を縦に揺さ振る爆音が響き渡る。数十メートルも地面を抉り返し、派手に土や地盤を舞い上げて、辺り一面を粉塵で覆い尽くした。


 莫大な振動の余韻が尾を引く中、抉り返った大地の底から、今にも消えそうなほど小さい音が漏れ出した。


「……ィ……」


 悲鳴も出ない。

 喉の使い方どころか、肉体のあらゆる機能が死んだように作動しない。


「……ェ……ォォァ、ェ……」


 もがくだけのスペースもない地面の下で、ジェミニは必死に喉を鳴らす。

 ダメージは確かに深刻だったが、そもそも五体満足を保っている事自体がすでに奇跡だった。


 彼の命を繋ぎ止めたのは、肉体的な強靭さではない。

 ただの執念。


 フェグルスの拳を喰らい、脳を揺さ振られてなお、彼の狂的な精神力は最後まで魔法を途切れさせなかった。もしも『斥力の鎧』が途中で解除されていたら、ジェミニは吹き飛ばされる圧力だけで全身を引き千切られ、丸めた紙屑のような肉塊と化して地中深くに埋没していただろう。


「ひッ、ェぎ……!!」


 痛い。苦しい。―――痛い事を、苦しい事を、自覚してしまう。

 今まで魔法の力で全ての物事を都合の良いように進めて来た彼にとって、それは初めての経験だった。そもそも経験してはならないものだった。痛みなんて、苦しみなんて、この世界で最も尊い自分が受けていいものではない。そう思っていた。



 だからこれは、風情じゃない。



 正しくない。尊くない。何もかもが間違っている。唯一の正義である自分が地面の底で丸まっているなど、決してあってはならない。思い通りにならない現実を、認めてはならない。


 否定する。拒絶する。


 この清く美しく正しい自分を、蔑む者、嘲る者、笑う者、侮る者、見下す者、無視する者、粗末に扱う者、貶める者、いやしめる者、認めない者、否定する者、拒絶する者、痛めつける者、傷付ける者、受け入れない者、馬鹿にする者。




 その全てを。

 一人残らず。




「……ふざけるな」


 ボゴボゴボゴボゴボゴッ、という鈍い音が連続した。

 抉られた大地が奥底から持ち上げられ、地表が盛り上がる。まるでガスで泡立つ泥沼のように、次から次へと膨張していく。

 そして、


「ふざけるなァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 地上が爆ぜた。

 膨らみ切った風船が破裂するかのように、地面が内側から凄まじい力で跳ね上げられたのだ。

 半径二〇メートルのクレーター。その爆心地に君臨する世界最強の魔法使いは、土の雨をその身に浴びながら力の限り絶叫する。


「こんなものォ! 認めてたまるかァ!! ボクの心を搔き乱す大罪人め! 自分の醜さから目を背けて正しいボクを暴力で糾弾したつもりか!? そうやッて誰かを足の下に敷かなくちャ満足に生きてもいられないクズ肉のクセに! 風情を求めるボクを馬鹿にするだなんて分不相応にもほどがアるだろ!! 全くもッて風情じャないッ、興が削がれるじャアないかア!!」


 起き上がる。顔を上げる。揺れる視界で世界を見た。

 グオオォォォォォォォォォォ!! という凄まじい音と共に、ジェミニの周囲は引力と斥力が暴れ回る。


「オマエらみたいな汚物共が! ボクを見下す筋合いなんて無いんだよォ!!」


 叫ぶのと同時、まるでバネを縮ませるみたいにジェミニは全身を低く落とす。

 そして彼の遥か遠くでは、襲い掛かる殺気を感じ取ったフェグルスが、大きく一歩、足を前に踏み出していた。


 特別な合図はいらない。

 片方が動いた時には、もう片方も動いていた。

 そんな二人が、真正面から衝突する。





 ゴッ!!!!!! と。

 球状の衝撃波が、どこまでもどこまでも広がっていった。





 空気がビリビリと震える。ほとんど壁のような厚みを持った衝撃波が、数キロメートル先の地面すら揺さ振った。

 まるで小惑星同士の衝突。その威力に街の方が耐え切れなかった。爆発的に膨張したエネルギーが周囲に伝播し、爆風が四方八方に撒き散らされ、津波のように地上が豪快に波を打つ。


「ォえ!?」


 それでも分散し切れなかった余波が、ジェミニを一直線に打ち据える。

 食いしばった歯の隙間から鮮血が噴き出した。

 だが、邪悪な意思はまだ消えない。


「こ、の……煩わしいんだよ! 虫ケラがァ!!」


 お互い、反動を殺し切れずに数メートル後方へ押しやられた。その隙を突き、ジェミニは間髪入れずに魔法を叩き込む。


 矢継ぎ早に、休む暇もなく。


 相手を押し潰すような斥力の鉄槌を。相手を真っ二つに引き千切るような引力の壁を。削ぎ落すような斥力のギロチンを。グルグルに捻って捩じ切るような引力のミキサーを。蜂の巣にするような斥力の豪雨を。全身を圧縮して掌サイズにするような引力の塊を。


「飛び散れよ!! ボクを馬鹿にする腐れクズ肉め!!」


 ドガガガガガガガガガガががががががががががががががががががががががががががががががががッッッ!! と、世界を削り取る大音響が炸裂する。


 大前提として、ゾディアックが常人の近くを持ち合わせていると思うのは間違いだ。彼らの魔法は、速度、威力、音響、あらゆる物理現象において人間の許容レベルを遥かに超える。ならばその魔法を振るう本人の五感も、引っ張られるように向上していくのはもはや道理。


 だからこそ、音速すらも越えかねない猛攻の行く末をジェミニは視認できた。

 視認できたからこそ、彼は思わず息を呑み、全身に滲む嫌な汗すら干上がった。




 世界最強の魔法。

 その全てを、フェグルスは素手で一つ残らず破壊する。




 拳で殴り、掌で叩き潰し、裏拳のように弾き飛ばす。

 鉄槌が砕ける。壁がへし折られる。ギロチンが粉砕される。ミキサーが木端微塵に爆ぜる。豪雨が薙ぎ払われる。塊が簡単に踏み潰される。


 轟音が連続した。

 ジェミニの魔法は、一つたりとも届いていなかった。


「な……こんな、ちがッ、違うだろ! アり得ないだろおおおおおおおお!!」


 ドッ!! という轟音が鳴り響いた。

 もはや何の小細工も無く、この上なく純粋に、ジェミニは咄嗟にただの『斥力』を放っていた。

 フェグルスを殺すためというよりは、ただただ遠ざけるために。

 なのに。



 ズン……ッッッ!!!!!! と地上が震えるような力強さで、フェグルスはその場に踏ん張った。



 たったそれだけで、ジェミニの放った『斥力』が打ち負けた。

 フェグルス本人はその場に留まったまま、周囲の大地だけがとんでもない爆音を上げて消し飛んだ。


「は?」


 意味が分からなかった。

 この世界に存在する形あるもの全ては、どう足掻いても物理法則に逆らえない。地球からの引力に縛られ、空気抵抗に邪魔をされ、衝撃を与えられれば吹き飛び、胸倉を掴まれれば引き寄せられる。そういう『ルール』だ。この世界で生きる上での最低条件だ。



 だというのに、目の前の男(フェグルス)は。

 ただ純粋に踏ん張っただけで、物理法則(ルール)を丸ごと無視した。



「な、ん……」


 ジェミニは思わず後ろに下がろうとする。

 しかしフェグルスがそれを許さなかった。

 拳を握り、ジェミニを見据え、引力も斥力もお構いなしにぶち抜く力でもって一歩を踏み出す。

 その得体の知れない強靭さに、ジェミニの恐怖心が震えた。


「何なんだよ! オマエはァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 体裁なんて考えない。

 ジェミニは叫びながら、もう一度『斥力の鎧』を全身に纏わせる。

 直後に拳が飛んで来た。




 魔導都市そのものが、地盤ごと数メートルだけズレる。




『斥力の鎧』は木端微塵に消し飛んだ。

 フェグルスの拳が当たった瞬間……いや、その直前にはすでに。拳が飛んで来るという『圧力』だけで、ジェミニの魔法は跡形も無く砕け散っていた。

 振るわれた拳の余波が、生身に直撃する。


「ぼッ……ォ……!?」


 鼻と目と口から鮮血が噴き出した。

 内臓を掻き混ぜられる感触が、直に伝わる。

 そして、


「ッッッ!?」


 目の前のフェグルスが、再び拳を握っているのが見えた。

 また拳が来る。休む暇もなく。ジェミニは瞬時にそう判断したが、しかし防御に転じるだけの余裕は、肉体的にも精神的にも時間的にも残っていなかった。


(ふざけるな……このボクが、こんなッ、ところでェ―――ッ!!)


 何も守ってくれるものはない。今まで猛威を振るっていた魔法ですら、もはや彼を守る盾にはなり得ない。

 今、二人の間を隔てるものなど、何もない。


 ダンッ!! とフェグルスが強烈な一歩を踏み出した。その一歩だけで周囲の地面が数センチほど陥没する。

 何にも妨げられる事はない。

 フェグルスの拳が、真っすぐ、一直線に。

 またしてもジェミニの顔面へと吸い込まれていく。




 ……はずだった。

 その直前だった。




「――――っ!?」


 結果から言うと、フェグルスの拳は届かなかった。ジェミニが限界を無視して魔法を発動させたから、ではない。問題はむしろフェグルスの方にあった。

 拳を握り、それを少年へと叩き込もうとした直後に、『それ』は起きていた。


 一瞬の出来事だった。


 今まで目を逸らしていたもの。今まで目を背けていたもの。今まで必死に蓋をして閉じ込めていたはずの『感覚』が、一斉に息を吹き返す。

 記憶の奥で、何かが垣間見えた。

 体の奥で、何かが疼いた。

 次の瞬間。



 フェグルスの全身に、『記憶』が駆けずり回る。

『あの時』の感覚が。



 人の肉体を引き裂く感覚が、人の骨を叩き割る感覚が、人の臓腑を握り潰す感覚が、人の体を木端微塵に爆ぜ散らす感覚が、人から溢れる血肉の温度が、人から放たれる悲鳴の音が、人を傷付ける感覚が、人を砕く感覚が、人を潰す感覚が、人を引き千切る感覚が、人を殺す感覚が。




 よりにもよって、この最悪のタイミングで。

 全てが一気に蘇った。




「がぶっ! うっ……!」


 ガグンッ! とフェグルスの膝が唐突に折れる。

 一瞬にして全身を駆け巡った『あの時』の感覚は、フェグルスの体から一切の力を毟り取った。

 立つ事すらままならない。半ば倒れるように膝をつき、フェグルスは胸の奥からせり上がって来るモノをそのまま吐き出す。汚らしい吐瀉物が、勢いよく噴き出した。


「ぇげええ!? ぁ、が!」


 記憶の底に押し込めていたはずの感覚が、一つ残らず溢れ出す。

 嫌悪感、不快感―――そんな言葉では表現できない程の、拒絶感。

 幼かった頃の恐怖が、『あの時』のままの力量でフェグルスの心を握り潰す。

 ……これは別に、突然の出来事ではない。前兆ならいくらでもあった。

 だって、フェグルスという魔獣はそもそも。



 力を振るおうとしただけで恐怖に震えていたではないか。



 結局、彼を最後まで苦しめていたのは、他でもない自分自身だった。

 ティーネという少女とまるで同じ。自縄自縛の自傷でしかなかった。

 そして、


「――――きひッ」


 ジェミニが、その隙を狙わないはずがない。


「アははははははははははははははははははははははははははははははははアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 チャンスを得た。勝機をもぎ取った。追い風が吹いた。

 今ここで、確実に殺す。


「死ねよ!! ボクを貶める異常者がア!!」


 加減も容赦も無かった。

 フェグルスの真上から、地盤ごと叩き割るように『斥力を塊』を振り下ろした。

 周辺一〇〇メートルの地面が一斉に砕ける轟音が炸裂する。


「がっあ!?」


 大地もろともフェグルスの体が押し潰された。

 人間の体なら一瞬で地面の染みと化していたはずの一撃を、それでも彼は五体満足のまま耐え抜く。


「いい気味だよ! これがッ、これこそが! アるべき形なんだよォ!!」


 ジェミニが、今度はもっと強い勢いで腕を振り下ろす。

 地上が縦に揺さ振られた。

 フェグルスの体がさらに沈み込み、その勢いで周囲の地盤が凄まじい勢いで捲れ上がる。


「アははははは! アははははははははははアアアアアアアアアアアア!! どうしたの、どうしてるのッ、どうしちャッたのォ!? ほら! ほら! ほらァ!! 立ち上がッてみよろ腐れクズ肉が!! さッきまでの威勢はどこに行ッたア!?」


 ドン! ゴッ!! ズズン……ッッッ!!!!!! と。

 次々と降り注いで来る衝撃に、フェグルスの肉体は悲鳴を上げる。

 もう真面に立つ事もできなくなっていた。両手と両膝をつきながら、彼は必死にジェミニの猛攻に耐え忍ぶ。

 地面に走る大量の亀裂が、一撃ごとに幅と数を広げていく。


「これで分かッたかなァ!? ボクを悪者にして、ボクに罪をなすり付けて! ボクの風情を邪魔して喜んでるクズ肉にはこれがお似合いの末路だ! 人を貶めて馬鹿にして嘲笑ッて侮辱するよォな欠陥だらけの出来損ないが!! 偉そうな顔してボクの前に二本足で立つなんておこがましいと思わないのかなア!!」


 ジェミニは頭上で両手を組み、それを思い切り振り下ろした。

 その動きをなぞるかのように。




 地球の重力ごと巻き込んだ斥力と引力が、フェグルスを圧迫した。




「がっっっ!?」


 その濃縮された一撃は、フェグルスでさえも耐え切れなかった。

 今までなんとか両手と両膝をついて耐え忍んできたフェグルスは、その魔法にはついに、本当の意味で地面に這いつくばるしかなかった。

 その光景に、ジェミニの感情はついに振り切った。


「いいザマじャないか! 気分はどうだ!? んん!? オマエらが! 散々! ボクに! 対して! やッてきた事を! 今度はオマエらが! オマエら!! 自身が!! 味わうんだよォ!!」


 両腕を広げ、大空を仰ぎ、力の限りジェミニは叫んだ。


「最大級の真理を! 最高級の『物語』を! 最上級の風情をォ!! この世界で誰よりも、満たされ、完成され、真理を理解するボクが!! 集まる、ボクに、中へ入ッて満ちて! 愛が、風情が、世界が、得た、わかッた! 理解したア!!」


 ドッ!! という音響と共に、爆風が彼の頭上に集結していく。


「ボクは今! 新たに一つ! さらなる風情を手に入れたア!!」


 凝縮されたエネルギーは、その面積をみるみる内に拡大させていく。

 ジェミニの頭上の一点から、さらに均等に全方位へ。

 そのままフェグルスも、そのずっと後方にいるティーネも含める広範囲を覆う。


 全てを、叩き潰す。

 自分の前に立ち塞がる身の程知らずのクズ肉も、自分に楯突く常識知らずの実験動物も。

 そんなクズばかりが集まる、『この街』も。

 みんな、まとめて。


「潰そう」


 それがいい。


「壊そう」


 最高だ。


「砕こう」


 これ以上の幸福が、どこにある。


「アァ、これが全ての結末だ。これが! 他人の幸福を踏み躙った罪人共の最期だ! 今までボクから奪ッてきた分、ボクがキミたちから奪うんだッ!! これほどまで風情に溢れた結末があッたかい!? 無いよ! 無いじャアないかア!! 思い知れクズ肉共! 今まで自分がどれだけボクの幸福を奪ッて蹴散らして邪魔してきたのかを一つ残らず思い知






「うっせえんだよクソ野郎ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」






 次の瞬間。

 フェグルスの口から放たれた咆哮が、純粋な衝撃波と化した。


「ア?」


 その衝撃波は、音速の四倍という速度でジェミニへと激突する。

 少年の体が、狂った勢いで二キロメートル以上もノーバウンドで吹き飛んだ。




 


 


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