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第二章07『天地』

 



「操術魔法:『森羅聖誕』//地縛――――――《斥力拡散(まんげつ)》」




 魔法名の解放と同時だった。


 ゴッ!! という謎の爆音と共に、ジェミニの体が一瞬にして上空数百メートルに到達した。

 ジェミニは舞でも踊るかように両手を大きく広げ、遥か高空で綺麗な弧を描く。

 そして、次の瞬間。


「//地縛――――――《引力終点(しんげつ)》」





 落ちた。

 隕石とも見紛う速度で、垂直に。





 もはや天と地の衝突だった。

 着弾の瞬間、信じられない振動が街全体を駆け抜けて大地が縦に揺さ振られた。それこそ本物の隕石でも衝突したかのように、大地が恐ろしい勢いで爆散する。

 だが、それだけで終わるはずがない。


「――――――《斥力拡散》」


 そんな声の直後、ゴッ!!!!!! という爆音が生じる。

 気付いた時には、またしてもジェミニの体は上空数百メートルに到達していた。

 彼はいちいち正確な着弾ポイントなど見定めない。ただ適当に目に付いた場所を目標にする。


「――――――《引力終点》」


 ジェミニは先程と同様、一直線に街の大通りへと突撃して行った。

 空気を震わせる轟音。そして大地を揺るがす衝撃。全方位へ津波のように押し寄せる砂利と瓦礫の砲撃と、莫大な余波による烈風を撒き散らし、


「次ィ」


 余波が完全に治まる前に、再び上空へ飛翔する。

 そして、またもや着弾。轟音と衝撃波が炸裂する。


「次ィ」


 舞い上がる粉塵を内側から突き破るように再び上昇し、そしてまた落ちる。

 上昇し、落ちて、上昇し、落ちて。


「次、次」


 轟音、衝撃、上昇、着弾。

 轟音、衝撃、上昇、着弾。

 轟音、衝撃、上昇、着弾、轟音、衝撃、上昇、着弾。

 轟音衝撃上昇着弾轟音衝撃上昇着弾轟音衝撃上昇着弾轟音衝撃上昇着弾轟音衝撃上昇着弾上昇着弾上昇着弾上昇着弾上昇着弾上昇着弾上昇着弾上昇着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾。


「次、次、次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次次ィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」




 まるで隕石の豪雨だった。

 頭のおかしくなりそうな破壊の連続が、次から次へと降り注ぐ。




「くそぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 子供のように叫ぶしかなかった。

 完全に気紛れの猛威。ジェミニがどこに着弾するか分からない以上、フェグルスはとにかく滅茶苦茶に走り回る事しかできなかった。

 運よくジェミニの着弾ポイントから逃れても、着弾点から放たれる砂利と瓦礫の散弾は絶えず炸裂している。


 圧倒的。


 巨大都市の一部が、砂で作った模型のように呆気なく吹き飛ばされる。

 大地が爆散する。何本もの粉塵の柱が立ち昇る。猛烈な速度で吹き荒れる衝撃波が地上の全てを呑み込んでいく。

 そんな破壊の渦の中で、


「アァ実に!! 風情じャアないかア!!」


 声と共に、ズンッ!! と突き刺さるような勢いでジェミニが地面に降り立つ。

 いつの間にか、流星群のような猛威は止まっていた。

 しかし安心はできない。

 ……これは単に、攻撃方法が切り替わっただけだ。


「なん、だ……!?」


 次の『異常』に気付き、フェグルスは目を見開いた。


 およそ八〇回にも及ぶ垂直落下によって舞い上がる砂利や瓦礫、コンクリや鉄骨の破片、粉々になったアスファルトや自動車の部品。それが重力に従って下に落ちる事なく、空中でピタリと静止している。

 一体、何が始まろうとしているのか―――


「見惚れてる余裕がアるのかい?」


 それが判明する前に、ジェミニの声が届く。


「駄目だなァ、そんなの逃亡者として相応しくない。もッと無様に逃げ惑え! ボクを貶める極悪人共ォ!!」


 ジェミニが全力で吼えた、その時だった。

 宙を漂う無数の瓦礫が、破片が、部品の群れが、まるでマシンガンから連射される弾丸のように、フェグルスに向けて一斉に放たれたのだ。


 起きた現象だけを見れば、実に簡素で簡単なもの。


 では仮に、その瓦礫や破片が強烈極まる『斥力』によって、一個一個が凄まじい勢いで射出されたらどうなるのか。






 トップスピードを叩き出した弾丸は、軽く音速を越えた。





 世界そのものが爆発したような轟音が炸裂する。

 数千発もの瓦礫や破片は大通りの至る所に着弾し、ズドォ!!!!!! と見渡す限りの景色を根こそぎ消し飛ばした。その強烈な速度と圧力は大地を豪快に爆散させ、倒壊を免れていた建築物を一瞬で木端微塵にする。

 フェグルスは、転びそうになるぐらい身を低くしてその砲撃を回避していた。


「――――っ!! あ、の野郎ぉ……っ!!」


 絶望的過ぎる破壊力に背筋を凍らせつつ、それでもフェグルスは恐怖を無視して走り続ける。ただ真っすぐ、ひたすら一直線に。

 そんな努力など丸ごと嘲笑うみたいに、


「アァなんて粗末な光景なんだ! 形アる物は全て滅びる! 命アる者はいつか散る! まさに無常、諸行無常ォ!! 全ては風の前の塵に等しきィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 叫びながら、ジェミニは右腕を勢いよく振るう。

 ボッッッ!! と、その腕の動きに合わせて空気が斜めに引き裂かれた。

 振り回すように体を右へ傾けたフェグルスのすぐ脇の空間を、『見えない刃』が容赦なく裁断していく。


「ぐっ!?」


 何かが掠めた、という緊張感だけで胸が締め付けられる。

 どれだけ逃げても恐怖を振り切れなかった。

 そもそも奴の魔法には、距離や間合いといった概念が丸ごと存在しないのだ。



 一メートルも一〇〇キロメートルも、奴にとってはゼロに等しい。

 障害物など無意味。

 発動すれば必ず届く―――もはやそういう次元。



(むちゃくちゃだ……っ!!)


 これが世界最強の魔法。

 日常で目にする『生活に寄り添う道具』としての魔法じゃない。発想一つで簡単に物理法則を歪めてしまえる、『危険な技術』としての側面、それをとことん尖らせて、ついには単独で都市一つを滅ぼせるレベルにまで達した魔法。



 そんな魔法を振るう者。

 世界最強の魔法使い、ゾディアック。



「ひッ、きひひッ、ひはははははははは! アァァァァァァァははははははははははははははははははははははは!!」


 本物の災厄が、物理的な形を得てフェグルスへと押し寄せた。

 右から、左から、上空から、地中から、斜めから、背後から、正面から、全方位から。

 瓦礫の砲撃が、粉塵の斬撃が、破壊の打撃が、見えない力の奔流が。


 斥力と引力が、縦横無尽に暴れ回る。


 舗装された道路が破裂する。そびえ立つ建築物が頼りなくぐらつく。ガラスが散る。空気が揺さ振られる。ただ標的二人を抹殺するためだけに、街が地獄に作り変えられる。


 ここまでされて未だにフェグルスとティーネが生きていられたのは、なにも彼らが幸運だったからではないだろう。

 徹底的に遊ばれているのだ。

 籠の中で人間にいじくり回される虫のように。


「気を抜いちャ駄ァァァァァァァァァァァ目ェェえええええええええええ!!」


 ジェミニの掌が、遥か遠くを逃げ惑うフェグルスの方へと向けられた。

 何かが射出された。


 ヂッ!!!!!! と、走るフェグルスの頬を何かが掠めた。


 見えない『斥力の砲弾』はフェグルスの頭のすぐ脇を通過すると、彼の二、三〇メートル前方の風景を丸ごと爆散させる。

 大地も建物も見境なく、見える風景全てが粉々に吹き飛んだ。


「っっっ!?」


 その事実を認識するかしないかのタイミングで、今度は爆散したアスファルトの破片が凄い勢いでコチラに突っ込んで来る。

 真正面から、ティーネもろとも貫くように。


「くっ!!」


 賢く避けている暇など無かった。フェグルスは意図的に足を払い、転がるように背中から地面に倒れる。すぐ真上を破片の散弾が突き抜けたのを見て、喉の干上がるような緊張感を覚えた。

 遠くから、退屈そうな声が響いて来る。


「少しは立ち向かッたりしないのかなァ。つくづくオマエらは風情がない」


 フェグルスからは見えない距離の先で、ジェミニは掌をわずかに揺らす。

 軌道を修正したのだ。


「―――――――!!」


 もうなりふり構っていられない。ティーネを抱えて逃げたのでは間に合わない。

 そしておそらく次は無い。

 直撃を、免れない。


「くそ!!」


 フェグルスは急いで立ち上がると、抱えていたティーネを躊躇いながらも地面に寝かせ、押し迫る猛威から彼女を守る盾のように立ちはだかる。

 直後の出来事だった。




 フェグルスの全身に、『見えない力』が叩き付けられた。




 咄嗟に両手で顔を庇った瞬間、ドッ!!!!!! という衝撃が肉体を貫いた。

 あまりの威力に足が地面からフワリと離れる。と思った直後、フェグルスの体が少女を越えて、馬鹿みたいな勢いで吹き飛ばされた。

 何十メートルも横に縦に回転しながら地面を抉り、ようやく動きを止める。


「げぼ!? ごほがは!! あがっ……ひゅ―――」


 これまで生きてきた一七年の中で、最も強烈な痛みだった。

 魔獣としての自分の体が、どれだけ頑丈に出来ているのかはフェグルス本人にも分からない。ただ、あの後輩(りゅうひめりん)の魔法を片腕一本で受け止められるぐらいには丈夫な作りなのだろうと、ぼんやり自覚していた。


 それでもなお、この衝撃。

 フェグルスは立ち上がる事も忘れて、うつ伏せになった体を引き摺るように顔を上げる。

 ティーネとの距離が、大きく開いてしまっていた。


「……っ!! こ、の……!」


 腕に力を込めて、地面に押し当てる。そのまま立ち上がろうとした時だった。

 たんっ、という軽い音が、地面を伝ってフェグルスの耳に届く。

 ジェミニの足が、リズムを刻むみたいに小さく地面を叩いたのだ。

 次の瞬間。





 ()()()()()()

 粉塵を巻き上げながら襲い掛かって来たのは、もはや地面そのものだった。





 目に見える範囲の大地が、地中深くの地盤もろとも勢い良くちゃぶ台返しのように引っ繰り返されたのだ。

 そのまま本をパタンと閉じてしまうみたいに、地面と地面が二つ折りにされる。


「な……」


 莫大な恐怖が降って来る。

 最大の絶望が落ちて来る。


 逃げられるわけがなかった。

 地を這うアリがどれだけ逃げ回ろうとも、街一つを消し飛ばす小惑星の激突からは逃れられないのと同じ。

 つまり。













 直後、どうしようもない質量が叩き落された。

 フェグルスとティーネを巻き込む形で、大通りが容赦なく押し潰される。






 

 


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