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第一章08『思えば初めてかもしれない』

 





 爆音が暴れ回っていた。

 見渡す限りの建築物を吹き飛ばしながら、その『巨体』は魔導都市の大通りを爆進する。






 大通りに並んだ商店や高層ビル群はもはや根元から抉るように削り取られ、地面を覆い隠すアスファルトは花吹雪のように宙を舞う。粉塵は一拍遅れて舞い上がり、砕けた破片は豪雨のように至る所に降り注いだ。


 その行進。その縦断。

 そこから発生するマグニチュード6レベルの激震が、街を縦に揺さ振っていた。


 目を覆いたくなるような破壊の嵐。とっくに住民の避難が完了していたのがせめてもの救いか。

 しかし『巨体』はそんな事情をいちいち考慮しない。

 絶叫を迸らせ、本能のままに暴れ回る。


「ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 全長は約一〇メートル。

 複数の体節に区切られたその体は、生物というより人間の背骨を彷彿とさせた。その体節からは何十本もの長い脚が伸びている。そして背骨のような体の先には、凶悪な顔面。これは人間のものではない。一〇個の赤い瞳と、乱杭歯のような口が付いている。


 蜘蛛と百足を組み合わせた、骨だけの魔獣。

 そんな化物が迫る。


 建築物を軒並み食い破り、乗り捨てられた数百という自動車を四方八方に吹き飛ばし、進行方向にある街の風景を丸ごと更地に塗り替えながら。





「なるほど、強敵だな」





 そんな地獄を、たった二言で評価する者がいた。


 膝下まで伸びた栗色の髪を、一本の三つ編みにまとめた少女だ。

 外見は意外に華奢。

 この街では有名な『魔法学校』の制服を着て、その上から軍服のような黒の衣装を羽織っている。


 そんな彼女を、異様たらしめているものがある。

 彼女の腰に括り付けられた、()()()()()()()()()()()()()()()


「推定警戒レベルはステージ4、相手にとって不足はなし。……さて、どこまでやれるか」


 少女は鞘からレイピアを引き抜くと、目の前に構えて鋭く深く息を吐く。

 彼女が立つのは、魔導都市一番の大通り。




 より具体的には。

 迫り来る魔獣の進行方向、その真正面。




「いざ」


 その一言と共に、レイピアを握る右手をゆっくり後ろに引く。

 ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち……と、射出寸前の弓の如く力を蓄える。


「『執行部隊』魔獣対策本部・第七討伐部隊長、ツクモ=アラン=シュヴァリエ」


 名乗る。

 そして。


「――――押して参る」


 宣言した瞬間だった。

 少女から放たれる殺気に、魔獣の方も気付いたようだった。


「ヒュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 魔導都市の大通りで、両者の眼光だけが一足先に激突した。

 少女と魔獣、たった一人とたった一体が放つには強大過ぎる殺意の波だった。


 あからさまに足を速め、都市全体を揺さ振るような咆哮を上げる魔獣。

 それでもなお冷静に息を整え、ひたすら待ち構える少女。

 直後だった。

 二つの存在が、最短距離で激突した。




累衝(るいしょう)魔法:『最果テヲ踏ミ滅スル時ヲ知ル』//斬撃――――《八〇〇倍》」




 次の瞬間。

 ドッ!!!!!! という爆音が、世界を端から端まで一直線に貫いた。










      ***










 誰もが魔法を使える時代にはなったが、それでも『魔法専門』の役職となると、義務教育程度の知識・技術だけでは実力不足となる。


 たとえば、魔法を用いて芸術作品を手がける創作家。

 たとえば、『魔法道具』を開発する研究員。

 たとえば、魔法の秘密やさらなる応用法を探索する魔法学者。

 たとえば、魔獣討伐を生業とする精鋭魔法使い集団『執行部隊』。


 こういった役職には、より専門的かつ実用的な知識・技術が不可欠になる。そのための専門学校が、世界各地に設立された『魔法学校』となる。

 中でも。

 世界中から入学希望者が集まる超名門校が、魔導都市に存在する。



 魔法教育機関『聖プリエステラ魔法学園』。



 魔法の最先端が集う場所。

 そして、魔導都市の象徴。

 そんな場所で―――――――




「なんで魔法も使えない奴がここにいるんだよ。出てけよ」


 そんな罵倒が。

 次々と。


「ちょっと! 近付かないでよ! 汚れるじゃん!」


「このゴミ捨てといてー」


「お前みたいな役立たずの給料も俺らの授業料から払われるとか、最悪かよ」


「ちっ」


「なんでアナタみたいなのがここにいるのよ? 理解できないのだけど」


「なんでこんなの雇うわけ? 普通に魔法使い雇ってよ。ここ魔法使いのための場所だし」


「お前がいるせいでこの学校の格が落ちたらどうすんだよ。責任取れんの?」


「当たり前みたいにここにいるなよ。この校舎に足を踏み入れる罪悪感とかないわけ?」


「誰だよお前を雇おうとか思った奴」


「邪魔、どけ」


「はあ? 最悪なんですけど」


「魔法が使えないとか普通に努力不足だろ? 自分のせいじゃん」


「親がかわいそー」


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


「―――――――――――――――――」


「*********」


「××××××××××××××××××××××××××××××××××××」


「##############」


「※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※……」









      ***










 女の子が降って来た日から、もう二日が経とうとしていた。


「へぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」


 吐いた事のない種類のため息をこぼし、項垂れるフェグルスは掃除用具を肩に担ぎ、聖プリエステラ魔法学園の中庭をトボトボ歩く。



 魔法学園の清掃作業員。

 それが、フェグルスの見つけた新しいアルバイトだった。

 ちょうど知り合いが魔法学園と太めのパイプがあり、そのツテを伝って、雇ってもらったのだ。



 ……で、噂が広まるのは早かった。

「うちの学校に魔法が使えない奴が来るらしい」と、誰が最初に言い出したのかは分からないが、その話は瞬く間に広がり、フェグルスが魔法学園を訪れた一日目には、すでに全校生徒に名前まで知れ渡っている状態だった。


 そして結果はご覧の通り。

 すれ違うたびに小言を言われ、跳ねのけられ、罵倒され、勝手に親が可哀想にされているのだった。


「はぁーあ……」


 ため息をつく権利すら、本当は、自分にはないのだ。

 専門的に魔法について学習・研究する学校に、魔法も使えない奴が自ら足を踏み入れたのだ。そりゃあそうなるだろうという当然の待遇を、当然のように受けているだけだ。


 こうなる事を承知の上でこの仕事を請けておいて、勝手に憂鬱になるなんて図々し過ぎるだろう。


「なーんも気にならん。無だ、無」


 庭園を横切るフェグルスを、昼休みのお弁当を食べている生徒達が遠巻きに見て、何かコソコソ耳打ちし合っている。嫌そうに顔をしかめ、言葉にせずとも分かる「なんでお前みたいなのがここにいるの?」オーラをびんびんに放ちまくっている。


「俺は無……俺は石……俺は木……」


 それに、結局は『今さら』だ。

 魔法が使えない事への蔑み、見下し、嘲り……それは今までだって、ずっと受けてきた。今さら何を気にするという。



『そんなん知らない』



「…………」


 不意に、フェグルスの脳裏をなぜか、二日前の記憶が過った。

 空から少女が降って来たあの日。


『こんなん不可抗力だろ! 空から降って来る方がおかしいんだよ、普通はな! こんな馬鹿げた天変地異、魔法も使えない俺にどうしろってんだ!』


『そんなん知らない。関係ない。あんたが加害者で、あたしが被害者。あたしはあんたに正当な罰則を要求してる。それだけよ』


 あの時はあまりに彼女が傍若無人で、それこそ月並みにはムカついていて、全く意識していなかったが……思えば初めてかもしれない。

 魔法が使えないという事実を、馬鹿にするでも、嘲笑うでもなく、「知らない」の一言で片付けた奴は。


「……なんだったんだあいつ」


 時間が経てば経つほどに、フェグルスの中で存在感を増していく少女の姿。

 そして考えれば考えるほど、妙な点ばかりに気が付いていく。



『ま、魔法使いごときが……よ、よくもあたしに、ここここっ、こんな、恥を、かかっ、かかせて、くれたわね……』


『魔法使いなんて全員死ねばいいって思ってるけど』


『あんたは魔法使いじゃないみたいだし』



 なんとなく、気にはなっていた。あの少女の口から出る『魔法使い』という言葉には、どことなく他人事の響きがあったのだ。

 魔法使いという枠組みから、自分だけを除外しているような……。

 そもそも全人類が魔法使いになった現代で、逐一他人を『魔法使い』と呼ぶ事自体が極めて稀なシチュエーションなのだ。

 だが、あの少女は……。


『あんたら全員殺してやらぁぁあ!!』


「…………」


 追われていて、殺されかけていて、傷だらけで。

 空から降って来て、凶器を持っていて、魔法使いなんて全員死ねばいいとまで言い張った彼女は。

 本当に、何者――――


「ぶっ」


 思考は最後まで続かなかった。

 突然、頭から冷や水でも浴びせられたような衝撃が、フェグルスを襲ったからだった。




 ……ような、というか、本当に頭から水をぶっかけられていた。




 校舎脇をぼんやり歩いていたのが悪かった。自分をよく思わない人達が集まる場所で、注意力散漫で歩いていたら、そりゃあ校舎二階の窓から水をぶっかけられて当然だった。

 水の滴らせ、フェグルスは手で顔を拭う。直後に頭上から「あははははははははは!」と馬鹿にしたような笑い声が降って来た。一人じゃない。三人ぐらいいる。


 もはやソイツらの顔を拝んでやる気にもならなかった。

 怒っているわけじゃない。

 割と本気で、「お似合いだ」と思っていた。



 似合っている。本当に。



 自分みたいに血にまみれた化物が、そもそも清掃員なんておこがましかったのだ。汚れた奴が汚れを拭こうとしても、余計に汚れるだけじゃないか。

 とすると……もしかしたら自分に水をぶっかけた連中は、むしろ親切だったのかもしれない。

 世界で最も汚れたこの体に、水をぶっかけ、洗ってくれたのだから。

 まあなんて慈悲深いのだろう――――なんて。


「……はは……」


 体は湿っているのに、笑いは乾いていた。

 こういう目に遭うとやっぱり思う。『運命』ってやつは上手く出来ているのだ。罪を犯した者には、それ相応の罰が降り注ぐように出来ている。


 何をしても上手くいかず、失敗ばかりで信頼を失い、仕事はクビになり、金も稼げず、なじられ、罵倒を浴びせられ、嘲笑われ、水まで浴びせられ、



「――――こら!! そこで何をしている!!」



 そして、ただ水浸しで突っ立っているだけで、怒鳴られるのだ。

 本当にいい気味だ。自分にはピッタリの末路だ。

 これでいい。これで。

 本当に、これで……。






「貴様ら!! 他人様を頭の上から嘲り笑うとは何事だ!! 恥を知れ!!」






 予想外だった言葉に、フェグルスは咄嗟に顔を上げた。

 声の主は、すぐ真横に立っていた。


 たくましい言葉遣いからは想像しがたいほどに、体は細い。一方でその佇まいからは息を呑むような気高さが放たれていた。

 凛とした雰囲気。突き刺すような眼光。サマになる立ち姿。―――全てが彫刻のようだった。



 何より目を惹くのが、腰に括り付けられた一本の『レイピア』。



 学校にそんなものを持ち込んでいいのか? という当然の疑問は、なぜか浮かんでこなかった。

 それほどまでに、この『少女』が。

 レイピアを腰に付けている姿が、すさまじく似合っていて……。


「卑怯者共! 今すぐ降りて来い! 貴様らのその腐った性根、私が手ずから叩き直してくれる!!」


 言うや否やだった。三つ編みの少女はレイピアを鞘から引き抜くと、フェグルスに水を浴びせた男子生徒達にその切先を突き付けてみせた。


 校舎の窓から身を乗り出していた男子達は、レイピアにビビったのか、あるいは少女を恐れたのか、「ヤバ」「逃げろ逃げろ!」「んだよアイツ……」と口々に言って、あっという間に姿を消した。


「顔は覚えたからな!! ……まったく」


 それこそレイピアで突き刺すような鋭い声。少女は鼻息を荒げながらレイピアを鞘に納めると、今度はフェグルスの方を振り向き、


「大丈夫か? そんなわけがないか」


 水浸しのフェグルスを見て、「これはひどいな」と呟いた少女は、


「今はこんなものしか持っていないが、使ってくれ」


 制服のポケットからハンカチを取り出し、それを半ば押し付けるようにフェグルスに差し出した。


「我が校の馬鹿共が迷惑をかけた。本当にすまない」


「…………」


 謝られてしまった。謝られるほどの事はされていないのに。

 むしろ謝るべきは、罪人の分際でこんな所に足を踏み入れた自分の方だとさえ思っていたのに。


 差し出された綺麗なハンカチを前に、しかしフェグルスをそれを素直に受け取る事ができず、


「……えー……と」


 少女の顔をチラッと伺う。

 その視線に何を思ったのか、少女は一瞬「?」と首を傾げ……だがすぐに「ああ」と納得したみたいに頷いて、


「大丈夫だ。私は気にしない」


 短い返答は、いまいち要領を得なかった。

 何を気にしないのだろう。他人にハンカチを使わせる事? それともフェグルスが魔法を使えない事?

 ……この際、どっちでもいいのかもしれない。

 どっちにしたって、言うべき事は同じだった。


「あ……ありがとう」


「礼には及ばん。当然の義務だ」


 魔法も使えない役立たずにハンカチを貸す事を『当然の義務』だと言い放った少女は、やっぱり凛々しく、真っすぐ鋭く、そして優しく微笑んだ。








 思えば初めてかもしれない。

 初対面の人間から、こんなに親切にされたのは。





 

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